第2話 静観者の算段

惨劇の起こっている間、王宮の別室では三人の男女が集まっていた。剣聖レオン、賢者ミリアーナ、圣女セリーヌ。かつて勇者とともに魔王討伐の旅を共にした面々だ。


「……始まったわね」


ミリアーナが小さな水晶球から視線を外し、ため息をついた。球体には、玉座の間の光景が映っていた。


「あの男が、大人しく縛につくわけがない」レオンが窓辺に立ち、遠くを見つめながら短く言った。


「でも……ここまでとは」セリーヌは胸の前で手を組み、悲しげな表情を浮かべた。「もっと穏便に……なんとかならなかったのでしょうか?」


「それは不可能よ、セリーヌ」ミリアーナの声は冷静だった。「オルドラス王がここまで愚かな選択をするとは思わなかったが、一度『死刑』を宣告した以上、翔太くんが黙っているはずがない。彼を地下牢に繋いだところで、いつかは脱出する。それよりは……これでけりがついたと言える」


三人はこの陰謀を事前に察知していた。だからこそ、今日の儀式を巧妙に回避した。レオンは武闘会の審査員として、ミリアーナは魔法実験中として、セリーヌは辺境の疫病対策として――それぞれ口実を作って出席しなかった。


「彼を止められなかったという非難は避けられない」レオンが唸るように言った。


「ええ、でも『力不足』で済ませられるわ」ミリアーナは細い指で机を叩いた。「問題はこれからよ。王と重臣の大半を失った王国は、大混乱に陥る。我々が動かねばならない」


セリーヌは不安げに尋ねた。「どうするつもりなの、ミリアーナさん?」


「暫定評議会を発足させるのよ。生き残った廷臣たちを説得し、国政が停滞しないようにしなければ」ミリアーナの目には冷たい光が宿っていた。「レオンさんの武力、セリーヌさんの人望、そして私の知恵。これらを活用して、新体制を築いていくしかない」


「……翔太は、どうなる?」レオンが振り返らずに聞いた。


一瞬、沈黙が流れた。


「彼は……もうこの王国には関わらないだろう」ミリアーナは少しだけ声を詰まらせた。「あの性格だ。借りは返したと思っている。これからは自分のために生きるはずよ」


「そう……ですね」セリーヌは俯いた。「彼は、ずっと重荷を背負いすぎていました。少し、休むのもいいかもしれません」


三人の間には複雑な空気が流れた。戦友を見捨てたという後悔ではない。生き残るための選択として最善だと信じている。しかし、あの激しい決別に、少なからぬ衝撃を受けているのは事実だった。


「ともかく」ミリアーナは立ち上がった。「我々の戦いはこれからよ。これは玉座の間での戦いとはまた別の、汚い戦いになるでしょう」


レオンは無言で頷き、セリーヌは祈るように目を閉じた。三人はそれぞれの思惑を胸に、新しい権力闘争の舞台へと足を踏み入れるのだった。


第三章 自由への旅立ち


翔太が王宮を出ると、そこはまだ祝祭の喧騒に包まれていた。市民たちは中での惨劇を知らない。彼らにとって今日は、戦争が終わった吉日だ。


(そうだな、戦争は終わった……俺にとっての)


人混みをかき分け、王都の門に向かって歩く。もうこの国に用はない。


「翔太さん!」


呼び止める声がした。振り返ると、若い女魔道士のリナが立っていた。かつて世話になったギルドの少女だ。


「ほ、本当に凱旋されたんですね! よかった!」


彼女は純粋に喜んでいる。玉座の間のことは何も知らない。


「ああ、ただもう、ここには用はないんだけどな」


「え? でも……祝勝会とか……」


「いらねいよ」翔太はきっぱりと言った。「俺はもう、勇者なんかじゃない」


「で、では……どこへ?」


「さあな。どこでもいい。二十年も、ほとんど戦場だった。この世界の平和な部分を、ゆっくり見て回ろうと思っている」


そう言って背を向けようとした時、リナが必死に叫んだ。


「私も一緒に連れて行ってください!」


翔太は眉をひそめた。「お前はここに居場所があるだろう。ついて来てもいいことは何もない」


「でも! 翔太さんは私の恩人です! それに……一人で旅するなんて、きっと退屈しますよ!」


翔太は思わず吹き出した。しかし、彼女の純真な思いは、少しだけ心を動かした。


「……勝手にするがいい。だが、邪魔をしたら容赦なく置いて行くぞ」


「は、はい! ありがとうございます!」


こうして、元勇者と若い魔道士の旅が始まった。目的地は定めていない。かつての戦場を訪ね、美味い飯を食べ、漫然と世界を見て回る。


王都を離れ、平原を歩いていると、翔太は空を見上げた。雲一つない青空が広がっている。


(……まあ、これも悪くないな)


傍らでリナがはしゃいでいる。確かに、一人よりは退屈はしなさそうだ。


魔王を倒し、腐りきった王権をぶち壊した。これでようやく、本当の意味で自由になった。


地平線の向こうに、新しい街の影が見え始めた。


「よし、あの街で一休みするか。腹が減った」


「はい! 名物料理を調べてきましたよ!」


リナの笑顔に、翔太は少しだけ口元を緩めた。


これが、彼の新しい人生の始まりだった。長い使命から解放され、ようやく巡り会えた、自由な旅路の始まり。

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魔王殺しの俺を追放しようとした王様を玉座ごとぶった切った 鏡花水月 @jinghuashuiyue

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