第2話
息がしづらいのだ。後先は長くない。
そう思っていたが、まさか
こんなすぐにその時が訪れるとは。
呼吸をするにも一苦労である。
視界がもうこれほどしかない。
ここにいるのは誰だ、
誰かがそこにいてくれている。
この人生の中で思い残したこと、
それはなんだ、
咄嗟に思い出したことは、
喧嘩をしたまま亡くなった妻のことだ。
あのことは本当に悪いことをした。
そう悔やみ続けてもう何年も経った。
謝っても謝りきれないのだ。
照れを隠していたのか、怒りの矛先を
全て妻にぶつけてしまっていたのだ。
大好きだったのだ。愛していたのだ。
彼女に対して全てを頼ってしまっていたのだ。
私は定年退職した後に、
夢である珈琲屋を開くことができた。
妻の手伝いを借りてこの店を
建てることができた。
長年の夢だ。裕福ではないが、
それなりにはより良い暮らしを予想していた。しかし、思ったよりも現実は厳しく、
色々な場面で妻に当たる場面が多かった。
情けないと思っている。表面上では見せず、
隠れてたところで当たってしまっていた。
それでも妻は嫌な顔も見せず、
真摯に向き合ってくれていたのだ。
私が作る珈琲を信じて。
そんな彼女はそれから3年後、命を落とした。
脳梗塞でそのまま命の火が消えた。
私は呆然と妻の前で涙を流せなかった。
これからの店、どうしようかと。
私は真っ先に店のことを
考えてしまっていたのだ。
どうしていこう、どうにかできるか、
それが次第に、妻のいない日々を
どう生きていくか
へと変わっていった。
私は決断した。
犠牲になるものは大きいが、
妻と交わした生涯やり遂げるということ。
私は直向きに毎日、珈琲を淹れ続けた。
自宅の近くに人気の珈琲屋が出来たが、
それにも負けず、自分なりに頑張ってきた。
それが仇となり、私はある日倒れてしまった。
余命は残り僅かだという。
あの店、どうして行こうか。
もう店に立つことはできないのか。
その最中、一人息子が見舞いに来た。
彼は珈琲屋を継ぐと言った。
最初はもちろん反対した。
私が退院した頃から毎日息子は店に立った。
その為に会社も辞めてきたそう。
無謀な挑戦だと思ったが、そうではなかった。
様になるまでは早かった。
私は確信した。
その為に私はこの店を建てたのだと。
私は朦朧とする気持ちの中、
そこにいるのは息子であると感じた。
目の前が黒くなる。
耳だけは聞こえているようだ。
「父ちゃん、俺さ、あの店
しっかりやってくからよ。
たまには珈琲呑みこいよ。
そっちは母さんをよろしく頼んだよ」
黄泉にひとつ持っていけるなら 雛形 絢尊 @kensonhina
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