黄泉にひとつ持っていけるなら

雛形 絢尊

第1話

無人島に持って行くとしたら何を持っていく

などという質問は

人生においていくつもあった。

それは場所、人、時期によって

変わるものであり、

例えて言えばサバイバルナイフ。

ありとあらゆるタイミングで

使うことができる。

この道具を挙げる人は、多く見られるだろう。

あとはどうだろう。

ライターであるとか、

実用的なものがほとんどだ。

あなたなら何を持って行く?

言い換えれば

この世を去る時に何を持って逝く?




病室では静かな景色とそれなりの人の会話。

誰がいるのだろうか。

おそらく妻はいる。

話そうにも体がいうことを聞かない。

私は仰向けになったまま、

カーテンレールを目で追っていた。

もしだ、もし今日が私の寿命だったなら

棺桶に何を入れてもらおう。

そんなことを考えた。

熱燗の酒?いいね。

書斎にある表彰状?いいね。

学生時代の仲間内の写真?いいね。

孫が描いてくれた私の似顔絵、いいね。

私がただ一人を選ぶとしたら

やはり妻になるのだろうか。

孫、息子と娘、それよりも大事にすべきは

妻であろう。そんなことを考えているうちに、

とても嬉しい気持ちに駆り巡らされた。

思い出そう、そんな気持ちを。


あれは夏の出来事だった。

彼女は2つ下の後輩で、

私との出会いはカメラだった。

お互いが写真部の部員で、何度か目があった。

それがきっかけで私たちは

そういった目線で目配せをするようになった。

私たちは横浜の大桟橋で写真を構えていた。

絶好の天気であった。

その日の夕日は人生における景色の中でも

類い稀ない絶景だった。

その景色を見て、彼女が振り返る。

私は勇気を出して彼女に思いを告げた。

断られた。私はひどく落ち込んだのを

覚えている。

それから若干ながらの距離が生まれ、

私たちは向き合い方を図っていた。

私は懲りずに、もう一度、

キャンパス内で告白をした。

次は頷いてくれた。

なぜ断ったのかと言うと、

私の本気度を確かめていたのだという。

私たちは笑顔で写真を撮った。

今でこそスマートフォンで自撮り、ではなく、

レンズの伸びたカメラでパシャリと。

そして私は卒業し、

12年の月日を経て賞を受賞した。

やがて結婚もして子供も産まれた。

いくつもいくつも表彰状をもらった。

わけではない。

ただひたすらに写真を撮り続け、

同年代の友人は立派に働き、

対する私は夜勤のアルバイトを

眠る間もなくし続け、

仕事が終わると写真を撮りに出かけた。

子供の相手も、妻の相手もそんなに

多くはできなかった。

そうして成し遂げたのは表彰一枚。

たったの一枚だが、

全人生を纏め上げても

その景色は今までもを凌駕していた。


さて、私はもう長くない。

何を持っていこうか。

ただ一つだけだ。

一つだけ持っていけるとすれば

表彰状か?あの日の写真か?

ずっと使ってきたカメラか?

何を選んだのか?

何をあの世に持っていったのか?

それは読んでいる人にお任せする。

声だけがずっと聞こえている。

最後に見た景色の中には

あの日と同じ夕日が見えました。

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