残さずすべて。

霧谷

✳✳✳

──見目の整えられた料理は目にも楽しい。彩りに重きを置かれたものは世にいう『映える』一品となり、更に話題が話題を呼んでいく。一枚の写真が顔も知らぬ他人との話のきっかけになるかもしれないわけだ。店に立ち寄った時に女性がスマートフォンを構える気持ちは分からなくもない。先に言ったそれに加え、単純に綺麗なものを完成された形のまま残しておきたいという願いだろう。分からなくもない。ただ。


「俺の料理まで写真に撮ることはねえだろ!?」


彼女は俺の作った不格好な料理までも写真に収めようとする。卵の破れたオムライスや少し焦げた回鍋肉など指折り挙げてもキリが無い。果ては具材が不揃いなカレーすらも写真に撮って、それはそれは幸せそうに眺めるのだ。何度消してくれと乞うてもやめない。


一度許可を貰ってから見せてくれた彼女のフォルダは店で撮った美麗な写真と俺の格好悪い料理でまさに闇鍋状態だ。綺麗な写真だけ残しておけばいいものを。俺の言葉には全く耳を傾けようとしないから困ったものだ、普段は素直な彼女だから尚のこと不思議でたまらない。なぜここだけは頑固なのか。


今日は表面の焦げた卵焼きの写真を撮ろうとしていたので、さすがに恥ずかしさが勝り声を荒げた次第になる。



「……?」


俺の大きな声を聞いた彼女は不思議そうな顔をしている。すっとぼけているわけでも、からかっているわけでもない。心の底から不思議そうな顔をしている。


「いや、さ。お前はよく『綺麗だな〜!』って言って店で料理の写真を撮ってんじゃん。写真に残すんならああいうのだけで良くねえ?なにも俺のものまで写真に残すことはねーだろ」


俺は声を荒げてしまったことに僅かばかりの申し訳無さを覚えては、不格好な卵焼きを人差し指で指し示して説明を付け加えた。卵焼きに意志があったのならば『自分だってなりたくなってこうなったわけじゃない』と言っていたことだろう。そこもまた申し訳無くなる、ひとえに俺の技術不足だ。


「……」


彼女は俺の言葉を受けて長い睫毛を伏せ静かに考え込んでいる。もしや悄気げさせてしまっただろうか?焦り気味に顔を覗き込もうとすると、口元に小さな笑みが浮かんでいることに気づいた。



「……?」


俺は首を傾げる。今のくだりで笑うところがあっただろうか、いや、無いはずだ。疑問が頭を巡る。


やがて彼女はゆっくりと血色のいい唇を開いた。



「料理の写真を撮ってた理由は綺麗だからだけじゃないよ。君と一緒に食べてたからなのもある。


食べる前のワクワク感と、向かい側で幸せそうにしてる君の顔を見てるのが好きなんだ。だからその記念も兼ねて撮ってたんだよ。ほら、人の写真を許可なく撮るのは失礼だけど料理なら写真として残しておけるでしょ?


君の料理を撮るのも同じ。食べる前のワクワク感と向かい側で『喜んでくれるかな』ってそわそわしてる君の顔を見てるのが好きで、写真を撮ってたんだ。誰かのために何かを作るってのはすごーく勇気が要ることだから、その勇気を食べておしまいにするのは悲しいなぁと思って。



どっちも大切な思い出には変わりない。なのに『綺麗な部分』だけ切り取るのは失礼でしょ」




彼女はここでひといき。そして、言葉を続けた。




「──ねえ、早く食べようよ。せっかく作ってくれたのに冷めちゃうよー……。




それに私、すっごくおなかが空いた!」

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残さずすべて。 霧谷 @168-nHHT

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