【特別増量試し読み】ガールズ&パンツァー 最終章(上)

MF文庫J編集部

【特別増量試し読み】ガールズ&パンツァー 最終章(上)

【お知らせ】

2024年12月25日『ガルパン最終章』ノベライズ刊行決定!!!


【書誌情報】

ガールズ&パンツァー 最終章(上)

著者:鈴木貴昭

本文イラスト:野上武志

原作:ガールズ&パンツァー 最終章 製作委員会

協力:株式会社アクタス

株式会社KADOKAWA刊


↓特別増量試し読みはこちら↓

※制作途中のため、刊行される本と内容が一部異なる場合があります。

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序章


学校からやや離れた昔懐かしい落ち着いた空気の喫茶店のこぢんまりとした店内には、白いシートの椅子と木の机がいくつか並んでおり、私たちの定位置である奥の四人掛けの席からカウンターに注文をお願いする。

「いつもの」

「はいはい、今日は食事はどうします?」

しょっちゅう通っている間に顔なじみとなった女将さんが愛想よく聞いてきた。いつもなら特製カレーを頼みたいところだけど、今日はやることがあるから、断っておく。

「今日はいいです」

目の前では、私の大事な友人であるかーしまこと大洗女子学園生徒会広報・河嶋桃が、頭にねじり鉢巻きをして眉をひそめてラジオに耳を当てている。

周りの目もあるんだからもう少し格好には気を遣った方がいいと思うんだけど、本人が気に入っているから仕方ない。


「かーしまー、結果出た?」

「お待ちください……あ、はい、聖グロリアーナ、サンダース、黒森峰、プラウダは強いですね。それとアンツィオも……えーーっと、知波単も意外に高いです」

「まあその辺りは上位常連ですね」

同じく友人で、大切な右腕でもある生徒会副会長・小山柚子が渋い顔でコーヒーを口に運ぶ。

「あ、出ました……学園艦人気投票結果、今年もわが大洗女子学園は最下位でした」

「そっかー、またダメだったか」

大洗女子学園はこの所、ずーーーーっと中学生の進学したい学園艦人気ランキングで最下位を突っ走っている。しかもダントツの最下位だ。

「会長、まだ諦めてはいけません。次はどんな学園艦おこし作戦にしましょうか」

今回の知名度アップ作戦もあまり効果はなかった。

「こやまー、資料見せて」

「はい、こちらに」

小山が綺麗にまとめられた資料を差し出してくる。

資料を見なくても分かっていたが、改めて確認すると、わが大洗女子学園の状況は非常に良くない。少子化への対策が叫ばれる昨今、定員割れの学園艦も増えてきて、予算削減の観点からも統廃合して総数を減らせとの意見が文科省から出ているのは知っている。最盛期に比べて子供の数が半分以下に減っているから、学園艦の数を半分にしてもいいだろうという極論や、統合すると同時に旧式化した艦をより小型で効率的なものに交代させて予算の削減を図るなんて意見も聞こえてくる。

そうなると当然、人気最下位のわが校がやり玉に挙がるのは目に見えている。地域性とか学園艦の特色とか個性とは関係なく、だ。

ため息をつくと、ねじり鉢巻きのかーしまが両腕を振り回して身を乗り出してきた。

「ですが、わが校には雄大な自然と美味しい海産物や農作物、自由な校風があります!」

「それだけじゃ、売りにならないんだよ。そこにドラマがない」

「ドラマ、ですか?」

「そう。例えばアンツィオだったら美食やファッションに加えて、膨大なローマの歴史が背後に控えている。自由な校風だったら、アメリカンなサンダースの方がイメージとしてそれっぽい。雄大な自然だったら、それこそ自然にあふれたというか自然の中に埋もれている学園艦の継続がある。でも、他の学校にあるのはそれだけじゃないんだ」

「それがドラマですか?」

「そう。そもそもうちの学校は独立系であるが故に、背景となる国がない」

「国がバックに付いていない所でも、地元の歴史を売りにしている所もありますよね」

小山が首を傾げながら聞いてきたので、うちの一番の売りを答えておいた。

「昔はうちも時代劇とかで人気あったんだけどね~」

「でもそれって、水戸のご老公御一行が漫遊して行った場所だけが人気になって、あんまり関係なかったような……」

「そうなんだよー、海水浴も学園艦は周りが全部海だから、艦内に人工海岸があるサンダースの方が人気になってるし、サーフィンとかも聖グロリアーナの方がおしゃれだって」

ラーメンブームの時はご当地ラーメンを作ったり、全国の学園艦でも有数の水産物の養殖施設を作って結構な成果を上げたりもしたんだけど、どれもこれも長期の人気には繋がらなかった。

結局、資料を見ると、現在人気のある学園艦は戦車道をやっている所ばっかりだ。

学校の魅力を戦車道の試合から生まれるドラマを通じて、全国にアピールしている。

歴史のバックが無いなら、新しいドラマを自分たちの手で作り出す必要がある。

それまで無名の弱小校が、野球やサッカーのような人気のあるスポーツで強豪たちを打ち破り、知名度を上げるのは珍しいことじゃない。

女子学生の中で今一番人気があって、ドラマを作りやすいのは戦車道だ。

黒森峰女学園は圧倒的強者かつ常勝将軍として君臨し、入学すれば誰でも勝利を体験できる。

プラウダ高校は強者に挑み、戦車道に革命をもたらそうとする果敢な挑戦者。

聖グロリアーナ女学院はお嬢様学校の美学とロマンに満ちていて、サンダース大学付属高校は豊富な物量と自由な校風といった明確なイメージが戦車道を通じて発信されている。

他の学校だって、たとえアンツィオ高校のような一回戦敗退常連校であっても、戦車道に参戦している所は、大体ドラマを持っている。ドラマに憧れ、ドラマを追体験したくて入学を志望する学生はとても多いと聞く。

「だから、私たちはドラマを自分たちの手で作るしかない。恐らく近いうちに文科省から廃校の発表があるはずだから、その前に」


そして、西住ちゃんが転校してきたことで、ドラマは動き始めた。




第一章


高校三年生の秋ともなれば、考えることは将来のことが大部分だ。進学組、就職組、家事手伝い、中には自分探しだか何とかで旅に出るような、人とは違う道を選ぶ者もいて、とにかく百人百様で、自分の選んだ選択肢が正しかったのか、今からでも他の道を選んだ方がいいのか、もしくは流されるままに惰性で選んだ道に乗っかるのか、不安と希望が交互に訪れる毎日だ。

自分自身も成績的には近所の大学なら余裕で受かると言われており、担任からはもっと上を目指せとせっつかれているが、いざ受験会場に向かう途中で大量の荷物を持って困っているおばあさんに出会うんじゃないかとか、自家製干し芋を作っている所に大雨が降ってきたらとか、くだらない不安が連日押し寄せてくる。

周りに言われるでもなく結構図太い自覚がある私ですらそんな状態なんだから、もっとストレスに弱いかーし まこと前生徒会広報の友人・河嶋桃が現実から必死で目をそらそうとしているのを責めるのも難しい。

その彼女は、もう生徒会を引退したのに、連日生徒会室奥の作戦室にこもって、鬼気迫る表情でレーダースクリーンに張り付いている。赤ランプに照らされた室内には、多数のモニタと各種観測機器が並び、艦内各所のセンサーや監視カメラ、測定器からのデータをリアルタイムで受け取って、通常時は浸水の有無、有毒ガスが発生していないか、温度や湿度や空気の循環に異常がないか、電力や水などの供給は安定しているか、行きつけの喫茶店の席の空き具合や、スーパーの特売品があとどれだけ残っているか、食堂の限定ランチの残りがいくつあるかまで表示される。

だが現在モニタに出ているのは、居住甲板上を走行中のGround何とかかんとかシステム、通称Goliathから送られてくる地中レーダーからの反応だ。通常は、艦内構造に欠損や異常な空洞などができていないか確認するための機器だけど、今回は別な用途に使用されている。

というか、ここ数日はずっとそれにかかりきりで、付き合わされているオペレーター役の生徒たちも大変だ。まあその子たちは全員成績も優秀で、推薦も貰えるし、不安な教科があると前副会長・小山柚子――彼女は私よりも勉強を教えるのが遥かに上手だ――が教えてくれるという特典まで付いているので、喜んで手伝ってくれているんだけど。

「どこだ……どこにあるんだ」

血走った目でモニタを見つめるかーしまの口から焦りがこぼれる。これでもう一週間、オペレーターの子たちを拘束できるのも今日までなので、焦るのも仕方ない。

ん、今モニタのレーダー波形に僅かな違和感があったけど……。

「グリッドG5レベル4にアンノウン。以後アンノウンをタンゴ1と呼称する」

グリッドG5って、探索地域のかなり端の方だから、逆から探していたら、すぐに見つかっていたかもしれないな。やっぱりかーしまは運が悪い。

今反応したポニーテールの子、彼女はオペレーターの中でも優秀なだけあって、いち早く変化に気が付いて報告を行う。ペアの子が直ちに、該当グリッドのデータを照合している。

「タンゴ1、サイズから戦車の可能性大」

待ち望んでいた報告を聞いた瞬間、かーしまがガッツポーズを見せた。

「よし、やった!」

おめでとうと声を掛けようかと思ったが、ノックもなしに突然生徒会室との間の扉が開いてぞろぞろと人が入ってきた。ウサギさんチームの一年生たちか、どうしたんだろう。

「やっちゃいましたね!」

「超やばいじゃないですか!」

「すっごいピンチですよね~」

「ご愁傷さまです」

「元気出してくださいねー」

ここは一般生徒立ち入り禁止だと言おうかと思ったが、口々にかーしまに慰めの言葉を掛けているので、様子を見ることにする。その方が面白そうだし。

「あぁ? ……何の話だ?」

突然の闖入者にかーしまもぽかんとしているが、ウサギさんチームのリーダー格である澤梓から手にしていた紙を渡されると、妙な悲鳴を上げた。

「んん? がっ⁉」

何ごとかと覗いてみると、そこにはセンセーショナルな内容が書かれていた。

『大洗女子学園初の不名誉 前生徒会広報河嶋桃さん、留年決定か?』

新聞部発行の号外には、ゴシップ記事と飛ばし記事ばかりで正しいのは日付だけとまで言われる大洗スポーツ並みの煽り文句が躍っている。

ふと、突然号外に影が落ちてきたので顔を上げると、窓の外にも電光表示で同じ文字がデカデカと浮かんでいた。広報用飛行船を飛ばすなんて、戦車道全国大会で優勝した時並みの扱いじゃないか。

しかも、新聞部だけじゃなく放送部までが号外を配っている。

作戦室の全チャンネル流しっぱなしのテレビから、艦内放送を選んで音量を上げる。

『号外~号外~!』

『河嶋さん留年疑惑をどう思われますか? 河嶋さんに希望はあるでしょうか?』

テレビに映っているのは放送部の王大河か。そこら辺にいた生徒を取っ捕まえてインタビューをしているみたいだ。突然マイクを向けられた一年生らしき生徒が困惑している。

『わかりません』

『留年とかって、戦車道やっていたら通常の三倍の単位貰えるんじゃなかったっけ?』

『えー、じゃあ河嶋先輩って、それでも足りないぐらい単位落としてたの?』

テレビからちょっと辛辣な言葉が飛び交うのが聞こえてくる。これはそろそろかーしまが大噴火するんじゃないかな。

「勝手なことを言うな~~~!」

ほら、爆発した。

今更だが、私は大洗女子学園前生徒会長、角谷杏。


さてさて、新しい生徒会長さんはこの状況をどんな風に捌くんだろうね、楽しみだ。

「会長、いえ杏、ほっといていいの?」

小山が心配そうに耳打ちしてくるけど、この程度、廃校に比べたら気にするほどじゃないと答えておく。

「そうかもしれないけど……ほら、桃ちゃんのメンタルだと受験に影響しそうで」

「今から努力するにしても限界があるし、だったら他の手立ても考えておかないとね」

戦車探しも現実逃避の一環であるけど、もう一つ理由がある。

せっかくだから、現生徒会と相談してみようか。


って、生徒会室にかーしまと一緒に入った瞬間、他の戦車道メンバーが押し寄せてきた。

「河嶋先輩はどうなるんですか⁉」

「一緒に卒業、できるぴよ?」

「留年ってどういうことですか!」

全員口々に聞いてくるので、何を言っているのか分からない。多分かーしまが卒業できるのかどうかを聞いているんだろうけど。ちょっと違う言葉も聞こえているのが不穏だ。

西住ちゃんと武部ちゃんが慌てて何とかしようとしているから、これは高みの見物かな。

「みなさん、落ち着いてください」

ワタワタしつつも西住ちゃんが抑えようとするが、あまり効果がない。戦車に乗ってスイッチが入れば毅然とした態度で周囲を従えているのにねえ。

「こういう時は最悪の事態を想定しつつ、楽観的に構えましょう」

西住ちゃん、それは高度な柔軟性で何とやらってやつかな。最初は強く当たって、流れで行き当たってばったりするという、あんまり解決法にならないパターンだ。

「みんな、心配しないで。真相がわかったら、わたしたちが教えてあげるから!」

西住ちゃんでは埒が明かないと見た武部ちゃんが、方針をハッキリと打ち出した。とたんに騒がしかった生徒会室が静かになって、待てば情報が入ると理解したみんなが退出していった。

いいね、いいね、武部ちゃんはコミュニケーション能力も高いし、かーしまとは違った形の広報としてやっていけそうじゃない?


「何なんだ、この記事はーー!」


あ、また切れた。

この騒動の間もどっしりと構えている五十鈴ちゃんは大物だね。

まあ、ソファで寝ている冷泉ちゃんの方がもっと大物かもしれないけど。

「その椅子、いいでしょ?」

「あ、はい。すみません、どうぞ」

五十鈴ちゃんの座りっぷりが良かったので声を掛けたら、皮肉と取ったのか、慌てて会長席から立ち上がった。いやいや、そんなつもりないからね。

「座ってていいよ~。もう五十鈴ちゃんが生徒会長なんだからさ」

「はい。角谷会長に恥じないようがんばります」

五十鈴ちゃんは生真面目だね~もっと肩の力を抜くのを覚えないと。生徒会長なんてのは、普段は昼行灯なぐらいで、他のメンバーに仕事は任せて大事な所で決断するだけでいいんだからさ。

あ、こっちの気持ちを読み取ったのか、小山が後継者である秋山ちゃんに声を掛けた。

「秋山さんも副会長としてサポートよろしくね」

そうそう、実務は大体副会長がやるんだし。必要な情報は作戦室のオペレーターの子たちが集めてくれるので、それを基に各委員会から上がって来る報告をまとめてくれればいいだけだから。

「了解であります!」

挙手の礼をしながら元気よく応えた秋山ちゃんは、誰かに頼られるのが嬉しいんだろうね。見えない尻尾が振られているような感じがする。この子はちょっと偏ってはいるけど情報を集めて分析する能力には長けているし、補佐役である副会長に適任だね。

やっぱりこのチームを生徒会に推して正解だった。

全員が良いバランスだ……って、肝心の西住ちゃんには役職無いんだっけ。

あの性格なら、下手に役職付けるよりも戦車道に専念してもらった方が絶対にいいよね。

「河嶋先輩、学校にもう一年いるんだったら、広報はゆっくり引継ぎやりましょうよ~」

武部ちゃんがニコニコしながらかーしまに話しかけている。

「留年なんかしない!」

あーあ、やっぱり地雷踏み抜いた。

「あ、じゃあその記事は……」

「入れる大学がないだけだ!」

そんなに胸を張ってどや顔で言う内容じゃないから、小山が苦笑しつつフォローを入れる。

「それが留年するって噂になったみたい」

「ほれ」

私は隠し持っていた一枚の紙をテーブルの上に乗せる。

後でみんなに説明してもらうためにも、現実を共有しておく必要があるからね。

何の紙か理解したかーしまが、ひどく慌てている。

「ああー、会長、それ私の判定! 何で持ってらっしゃるんですか!」

「前・会長」

「あ、はい。じゃなくて!」

置いたのはこの間の全国模試の判定結果だ。全員が興味津々で集まってきて、覗き込む。

君たちはこんな風にならないように、今から頑張っておくように……ああ、いや、多分全員余裕で推薦貰えるんじゃないかな。今年は廃校の可能性もあって推薦枠が少なかったけど、来年は間違いなく増えると思うし、こんな所もかーしまは運が悪いね。

「なになに、国立鮟鱇大学、『記念に受けてみるのもいいんじゃないでしょうか』……?」

「コンニャク水産大学、納豆国際大学、髭釜大学も同じ判定なんですね……」

「国立岩牡蠣大学って、もはや顔文字しか書いてないじゃないですか!」

「荻窪桃井大学の『ご冗談を』なんて判定初めて見ました」

「大子町大学もひどいですね」

「って、州立ブロンクス大って大洗に最近サテライトキャンパスができてたけど、あれって本当に稼働しているんですか?」

各人が判定を見て口々に辛辣な言葉を吐くのに、ソファのかーしまが項垂れた。

「くっ……」

「鮟大とかコン水はともかく、納国大でこの判定ですか?」

五十鈴ちゃんが厳しい言葉を口に乗せるが、分かってる分かってる、みなまで言わなくても分かってるって。近所で比較的入りやすいと言われている大学が軒並みD判定どころか、それ以下ってまぁ普通は驚くよ。

だから行ける大学がないって言ったでしょ?

「あ、でも一応コン水なら一科目は合格ラインに達しているから、もうちょっと頑張れば、ひょっとしたら」

武部ちゃん、そのもうちょっとはね、凄く遠いんだよ。

そのことを知っている小山が、見かねて口を開いた。

「杏も私も多分志望の国立大に受かると思うんだけど、桃ちゃんはどこもちょっと厳しくて……」

「留年でなく浪人か」

さっきまで寝ていた冷泉ちゃんも興味があるのか、覗き込んで一言で切って捨てた。

「……これは厳しいとかじゃないような」

かーしまがむきになって反論する。

「みんな、大げさに言ってるだけだ!」

「大丈夫ですよ。大モルトケだってパットンだって、決して学業が優秀なわけではなかったですから。大モルトケなんて幼年学校で軍人に向いていないと評価されて、パットンもウェストポイントで数学を再履修してますし。まあ、大モルトケは文学を愛好しすぎたのが理由で、パットンは実技は超優秀だったんですが」

秋山ちゃん、全然フォローになってないからね。パットンは戦車の名前になってるから何となく分かるけど、ダイモルトケって誰、どこで切るの、ダイモ・ルトケ? 大菩薩峠の親戚かなんか?

さすがにそこまで言われるとかーしまがソファから飛び上がった。

「うるさい! まだ落ちると決まったわけじゃない!」

本格的に切れる前に、この辺りで勉強が進んでいない種明かしをしておこうか。

「だったら戦車探してないで、勉強したらどうだ~?」

それを聞いて新生徒会全員の目の色が変わった。

「「「「「戦車?」」」」」

「桃ちゃん、卒業する前に何とか戦車を見つけようとがんばってるの」

すかさず小山もフォローしてくれる。

「戦車?」

西住ちゃんがよっぽど驚いたのか、もう一度聞き返してきた。大事なことだからね。

「まだ戦車があるんですか⁉」

秋山ちゃんが予想通り一番喰い付きが良くて、目がキラッキラしてるよ。

「新たに戦車が見つかってな。どうやら大洗には売れ残った戦車がまだあったんだ」

かーしまが全員に説明する。

過去の戦車道に関する資料を見ると、うちの学校には実に雑多な戦車があったらしい。

今使っているのですら、ドイツ4輌(うちのチームは厳密にはチェコだけど)、日本2輌、フランス1輌、アメリカ1輌と結構バラバラだ。昔は他にもルノーFTやM3スチュアート軽戦車なんかもあったっぽいけど、安くて手軽なためか、大体売れてしまった。

過去にあった戦車を調べると、それなりに作っていたイギリス、イタリア、ロシア辺りのが全くない。ロシアやイタリアは何となく分かるけど、イギリスがないのが結構意外だった。

でも、資料調査や聞き込みの結果、過去には確かにイギリス戦車もあったんだよ。

地元の人が見せてくれた大量の古写真に、今とは全然違う戦車が写っていたんだ。

どうやら、戦車道を始めた初期も初期に、豆戦車も含めて雑多なのを何輌か入手したみたいなんだけど、売買記録も残ってないし、どこに行ったのか分からないんだよね。

それに気が付いてかーしまが探し始めた、ってわけ。

「でも何で戦車探してるんだ?」

冷泉ちゃんが当たり前の疑問を口にするけど、気になるよね、やっぱり。

「今年度は二十年ぶりに冬季無限軌道杯が復活するからね~」

ポスターを見せると、秋山ちゃんがハッとした顔をして早口で説明を始めた。

「無限軌道杯って、昔、戦車道連盟ができたのを記念して始まったんですけど、ずっと中止されてましたからね。プロリーグ発足や世界大会を見据えて、また開催されるそうです」

「その無限軌道杯までに何とか新しい戦車を見つけたい。私に残せるものは、それくらいしかないからな。もう二度と廃校などという憂き目にあわないよう、大洗の戦車道を盤石なものにしたいんだ」

かーしまが戦車を探していた真の理由を、想いと共に新生徒会メンバーへと伝えた。

そう、夏の大会で優勝しただけでは、まぐれと思われてしまうかもしれない。その後も文科省から難癖を付けられて強制的に廃校にされかけるぐらいだったし。せっかく、ずーーーっと求めていたドラマ、それがやっと手に入ったんだ。ドラマを追体験したいと学園艦を訪れる人間が増えてくれれば、もし生徒がそれほど増えなかったとしても、学園艦の活性化が可能となるかも。

今学園艦で養殖している海産物や、特産品の干し芋だって、大洗ブランドとして欲しがる人たちが増えるかもしれない。観光で大人気のアンツィオほどじゃなくていいから、そこまでは贅沢言わなくても、ちょっとご飯食べに来るぐらいの人が増えてくれたら。

補助金に頼らなくても学園艦が健全運営できるようになる目だってゼロじゃない。

いや、そうなって欲しい。

なら、廃校の心配もなくなるはず……きっと。

だから、無限軌道杯に参加して勝利する。

大洗女子学園の戦車道は本物で、今後も続けていく気があって、そこには見続けたい、応援したいと思うようなドラマがあるんだと世界中に知らせたいんだ。

結果としてかーしまも推薦とかで進学できるかも……できたらいいなあ……。


おっといけない、現実逃避してしまった。

いい感じにかーしまの言葉に西住ちゃんたちが感じ入っているので、この雰囲気でみんなに説明に行ってもらって、自分たちから無限軌道杯に参加したいと思わせれば、ここは勝ちだね。

タイミングを逃しちゃダメだ。

「というわけだ、他のメンバーにも説明してきてくれ」

「はい!」


 ×  ×  ×


さっきまでの熱気がウソのように引いた生徒会室、今ここにいるのは私と小山だけだ。

「そろそろ着いた頃かな?」

「はい」

小山が返事と共に艦内カメラの表示を切り替えると、戦車倉庫前の広場が映し出された。

「おーおー、全員集まってるねぇ」

倉庫前の新生徒会に向かって、各チームが戸惑ったような顔付きで並んでいる。

「結局、戦車道中心の生徒会になっちゃいましたが、指導力は十分ありそうですね」

おっ、小山のお墨付きも出たね。安心安心。

「うちの学校は西住ちゃんたちのお陰で廃校を免れたからね。他の生徒たちも恩義を感じてるだろうし、よっぽど変なことをしない限りは大丈夫じゃない?」

だが、小山が小さく眉をしかめた。

「むしろ後継者が心配です」

ああ、うん、そこは心配だ。

西住ちゃんたちが卒業した後は、どうなるのか。せっかく始まった戦車道を続ける人員が集まるのか、常勝まではいかなくても、ある程度勝てるようなチームを維持できるのか。

そして、大洗に行けば戦車道未経験でも何とかなるかも、何か楽しそうだから受験してみようと思う人が増えてくれるのかどうか。

本当は私たちが心配することじゃないかもしれないけど、なんでもいいから未来に繋がる流れを作っておきたい。

多分どこの学校も、この時期の最大の悩みは後継者育成じゃないかな。急な無限軌道杯の復活も、育成をしやすくするための連盟の思惑かもしれない。これまでは夏の大会が終わったら三年生は試合終了だったけど、無限軌道杯に参加すれば、下級生中心の新体制をバックアップできるし、逆にやり残したことを実際に参加して直接伝えるのだってできる。

幸いうちの学校は、あんこう、アヒルさん、カバさん、ウサギさんの四チームは来年もメンバーが揃っているから比較的安心だけど、他はメンバー割れするから新人来てくれないかなあ。

普通の学校はこれだけ戦車道で活躍すれば、希望者が大幅に増えるもんだろうけど、なぜかうちは全然来ない。不思議だねえ。文化祭と体育祭を合わせた学園祭でも、戦車道アピールを散々やって、新人募集したけど……いやまぁ、あれを見たら一般生徒は引いちゃうか。

選択授業なので途中で変更するのが難しいのが理由かもしれないから、対策も考えておかないとダメかな。

いや、自分たちでじゃなく、ここは来年の生徒会の課題として考えさせてみようか。

少なくともこの無限軌道杯で活躍して、来年の新入生候補にアピールしつつ、在校生の発掘も考えないと。どうしようもなくなったら、風紀委員や生徒会支援メンバーを駆り出すのもあるけど、やり方を間違えると学園艦が立ち行かなくなるしねえ。

それ以前に、下手に頭数だけ集めても、肝心の戦車が足りないからどうしようもない。少なくとも、公式大会一回戦の定数を満たすようにはなりたいなあ。

今流行りのクラウドファンディングでどこかから戦車を買ってくるか、せめてスクラップでもあれば……うちの自動車部だったらフルレストアできるだろうし。

戦車が山ほどあるサンダースとか、軽戦車で良いから頼んだら貸してくれないかな。


そんなことを思っているうちに西住ちゃんの説明が終わったっぽい。

アヒルさんチームが真っ先に喰い付いて、磯辺ちゃんと近藤ちゃんが頷いている。

『そうだったんですか……』

『私たちのためにひそかに動いてくれてたんですね……』

最後尾では相変わらずカバさんチームが謎の会話で盛り上がっている。

『まるで真田の戸石城攻めみたいだな』

『カエサルのファルサロスの戦いのようだ』

『江戸城無血開城ぜよ』

『いや、グラン・サッソ襲撃』

『『『それだ!』』』

何となくどれも大きく状況を動かすような戦闘のことだったと思うんだけど……えーっと、戸石城は大河ドラマで見たから分かる。元々真田の城だったのが村上義清に奪われて、武田晴信、後の信玄が攻略しようとしたけど大敗して戸石崩れとまで言われたんだ。それで武田の配下になっていた真田幸隆がこっそりと潜入、奪い返したんだっけ。

んで、次は……。

「ファルサロス、もしくはファルサルスはカエサルがルビコン川を越えて権力を握ろうとした時、抵抗する元老院側と衝突して打ち破った戦いですね」

「ありがと」

こっちが首を傾げたのを見て、そつなく小山が助け舟を出してくれる。

江戸城無血開城は、これもドラマや小説でもよく見るから言うまでもないけど、幕末に勝海舟と西郷隆盛が交渉して江戸城を新政府軍に明け渡して、江戸が火の海になるのを防いだんだ。

で……。

「グラン・サッソはイタリア首相だったムッソリーニが失脚して幽閉されたホテルをドイツの降下猟兵が強襲して奪還した作戦ですね。確かに電撃的かつ極秘裏に行ったという点ではそれっぽいかもしれません」

「ん~そうするとかーしまは大洗でもっとも危険な女、ってこと?」

これはグラン・サッソ襲撃を実行したオットー・スコルツェニーが後に評された言葉だけど、それよりはこの作戦をモデルとした『鷲は舞い降りた』の主人公クルト・シュタイナを指した『頭が良くて、勇気があって、冷静で卓越した、ロマンティックな愚か者だ』の最後の『ロマンティックな愚か者』の方がちょっと似てるかな。まあ、それは私たち三人全員そうなんだけどさ。

小山が、ちょっと首を傾げつつ聞いてくる。

「前の『頭が良くて、勇気があって、冷静で卓越した』の部分はどうなんですか?」

「勇気はあるよ、間違いなく」

「冷静さは……」

まあ、あんまり突っ込まないであげるのがかーしまのためでしょ。

モニタに視線を戻すと、アリクイさんチームがしょんぼりしている。

『でも一人だけパーティーから消えるのは、気の毒だにゃー』

『転職失敗してお役御免みたいもも』

ねこにゃーとももがーの二人は来年もいるけど、アリクイさんチームからは一人卒業するからどうするんだろう。ゲーム仲間とかいるのかな。

それとも最近だと筋トレ仲間なんだろうか。最近受験で運動不足だって言ったら、ゲーム機でやるフィットネス勧められたっけ。運動とかしたくないんだけどな。

『河嶋さんは三年間ずっと無遅刻無欠席の皆勤賞なのに』

カモさんチームこと、風紀委員たちは人数合わせのために無理やり入ってもらったけど、いい仕事をしてくれた。来年はどうなるかな、他の風紀委員が入るのかどうか、ちょっと分からない。

あそこも人数はいるけど、最近は落ち着いたとはいえ一時期は仕事が忙しかったから。

昔は戦車道倉庫から持ち出した戦車で暴走する生徒もいて、風紀委員は凄い大変だったらしいし。

『卒業も入学も一緒に祝いたいぴよ』

アリクイさんの卒業する側、日吉ちゃんことぴよたん、いやぴよたんこと日吉ちゃんか、あの子はどこに進学するんだっけか。県外だったような気がするけど、学園艦降りちゃうとなかなか会うのは難しくなるだろうね。でもゲームの上で会えればそれでいいのかな、ちょっと分かんない。

『ああ、一緒にチェッカーを受けたい。あの89年の雨のアデレードのように、後方からでも、粘り強く頑張れば他が脱落してチャンスが狙えるかもしれない』

『うん、フロントローが2台とも1コーナーで消えてトップ4が全員リタイヤする可能性だってある。一周足りない燃料でも頑張れば表彰台だって狙えるはず』

『そうそう、データが全てじゃない。自分をもっと信じて戦えばきっと勝てる!』

レオポンさんチームの卒業組が妙に盛り上がっているけど、ここから三人抜けるのは痛いなあ。

どんな車輌でも資料と資材さえあれば一晩で完璧に直して、いや理論値以上を叩き出させるようにする自動車部の驚異的な整備能力があったから、わが校はここまで戦い続けられたんだ。

他の戦車道をやっている学校なら、乗員よりも多い整備班がバックアップしてくれることが珍しくない。黒森峰なんて掛け持ちとはいえ、一車輌につき18人前後でメンテナンスを行っているって西住ちゃんから聞いた時は、羨ましかったなあ。黒森峰もそうだけど強豪校はどこも整備科まであるぐらいだもんね。サンダースなんて、それだけじゃなくて機械科や戦車工学科とか、支援学科が多くて実に羨ましい。

まあ、アンツィオなんかは食事や芸術関係の方が充実し過ぎて逆に整備能力が不足して、せっかくの重戦車も宝の持ち腐れになっていたけど。あ、チョビのとこ、確か修理できないで放置されている戦車あったよね、あれ自動車部がいる間に貸してくれないかな。新しい戦車入ったら、直した状態で返すって条件で。

とにかく、自動車部の補強も来年の大きな課題の一つだね。ホシノちゃんとかナカジマちゃんとか後輩多そうだし、誰か紹介してくれないかな。ナカジマちゃんは実家方面に帰っちゃうかもしれないけど、ホシノちゃんは地元だから中学部の方に知り合いがいないか確認しておこう。あと、うちの工学科、ちょっと得意なジャンルが違うけどアピールしておいた方がいいな。

『何とかできないかな……』

いいぞ、河西ちゃん。その気持ちが聞きたかったんだ。

ホシノちゃん、下総大の赤本見てるじゃん。これは気が付いてくれるんじゃない?

『そういえば会長や副会長が志望してる国立下総大はAO入試があるらしい』

そう、それだよ。下総大は比較的近いのもあるけど、個性的で変わった学部があることが有名で、入試も独自性を打ち出している。それもあって一部の学部ではアドミッション・オフィス入試、所謂AO入試……なんか総合型選抜だかなんだかになったんだっけ、要するに一芸入試があるんだ。

ほら、よくスポーツが優秀な選手を引っ張るのに使われたりしてるのを見るあれだ。

『AO入試?』

阪口ちゃんがキョトンとしている。まあ、一年生たちはまだ受験は先のことだと思ってるだろうから、仕方ないか。

『何か一芸があれば、入学できるの』

でも、説明してるのは同じ一年の佐々木ちゃんか。彼女たちはバレー部だから、先輩たちがAO入試で進学しているのを見ているのかもしれない。わが校のバレー部も優秀な人間がいる割には定員まで集まらなかったからね。

どっちかというと、うちは運動部よりもブラスバンドとか文科系の方が目立っていたし。

『えーっ!』

『おーっ!』

『だからAO入試っていうんだ』

『なるほど』

ウサギさんチームが盛り上がっているけど、そこ、納得しない。

『違うよ!』

ほら、澤ちゃんが突っ込んだ。

『あ、じゃあ、戦車道でも入れるのかな』

武部ちゃんは鋭いね。上手いこと誘導してくれている。

『あっ! 入れるかも……お姉ちゃんも、戦車特待生としてニーダーザクセン大学へ留学が決まって。今、ドイツに行ってるの』

さすが西住姉、西住流後継者であり、高校生で国際強化選手入りしてるだけある。戦車道の本場ドイツに留学とはね。まぁ、元々黒森峰はドイツとの付き合いが長いし、毎年優秀な選手をドイツに送っているとは聞いてるけど、特待生になるのはその中でも特に優秀じゃないと無理らしい。

その上、この時期に既に行っているとなると、先方の期待度がとても高いんじゃない?

『確か大学選抜のメグミ、アズミ、ルミさんたちもスポーツ特待生で入学したはずです!』

秋山ちゃん、戦車道となるとさすが詳しいね。お姉さん、花丸あげちゃうよ。

ここのところ、戦車道がある大学は積極的に特待生を集めている。夏に優勝したから、結構うちにもあちこちの大学からスカウトが来ていたくらいだ。優勝の立役者であるあんこうチームに今から唾を付けておきたいってことなんだろうけど、他の子たちにも結構興味を持っていたようだ。自動車部の子たちなんかはどこからでも引く手あまただったんじゃないかな。

問題は、残念ながらかーしまがスカウトに全然引っ掛からなかったってことなんだよね。

どこかが指名してくれれば、多少は違ったんだろうけど……。

『それでいきましょう。冬季大会で河嶋先輩を隊長にして、優勝するんです』

五十鈴ちゃんが、新生徒会長らしくピシッと方向性を打ち出してくれた。

いやー、やっぱりこっちから「進学できなそうだから、無限軌道杯に出てかーしま隊長にして優勝して!」なんて言えないじゃない。そんなこと言ったら、かーしまもへそ曲げて「いいです、私は実家の手伝いをしますから」って言いかねないし。

だから煽るだけ煽って、西住ちゃんたち自身が危機感を持って解決策を考えるように仕向けたんだけど……ゴメンね、みんな。多分来年からはこんな面倒にならないよう、あれこれ片付けていくから。推薦枠も増えるように根回ししておくよ。

「会長、悪い顔してますよ」

おっと、小山に突っ込まれた。

「ヤバい資料は破棄しておいてね」

「裏から手を回す必要がなくなって安心しました」

「まあねぇ、やっぱり勝負は正々堂々やらないとね」

どの口が偉そうに言うんだって突っ込まれそうだけど、学園艦廃艦にまつわる負の遺産は全部私たちの代で片付けちゃうつもりだから。


『いいですね!』

お、ウサギさんチームが真っ先に喰い付いた。

『わたしたち、先輩のためにがんばります!』

『えいえいおーっ!』

『よしマッチポイント阻止だ!』

『ノックアウト方式での予選脱落阻止!』

『キャラロスト阻止!』

よしよし各チームとも盛り上がってる、盛り上がってる。

……って、慎重派が難しい顔しているな。やはり慎重派筆頭は冷泉ちゃんか。普段眠そうにしている割には、鋭い時は圧倒的に鋭い。頭も切れるしね。

『……河嶋先輩が隊長』

『一抹の不安はあるが……』

そこに乗ってくるのはやっぱりカバさんチームか。

ただ、まああの子たちならイイ感じに話がそれていってうやむやになるんじゃないかな。

『西住隊長の助言をすべて受け入れればいける、そうトレビゾンド帝国アレクシオス一世のように』

『いや、ここは足利義昭だろう』

『大内義長の方がそれらしいぜよ』

『傀儡隊長というわけだな、そうサロ共和国のように』

『『『それだ!』』』

ほら、話がそれた。

『西住さん、今回は副隊長として、先輩を立ててがんばりなさいよ!』

『あ、はい』

そど子こと園みどり子のフォローで、西住ちゃんがなし崩しに受け入れたみたい。お手柄だ。

『えーっと皆さん、河嶋先輩の留年阻止……じゃなくて、えーと……先輩が無事、大学生になれるよう、がんばりましょう』

西住ちゃんの締まるようで全然締まらない号令で、全員が一丸となった。

『おーっ』

『留年!』

『阻止!』

『留年!』

『阻止!』

留年阻止のシュプレヒコールが沸き上がる。

何か間違っているような気がするけど、この流れはもう誰も止められないね。

『やめろ~! 留年じゃない! やめろ~』

かーしま、諦めなさい。


さて、新生徒会が帰ってくる前にお茶の準備でもしておこうか。主に小山が。

「もー、杏はいつもそうなんだから」

小山が文句を言いながら、嬉しそうに紅茶を用意する。わが友ながら面倒見がいいのはありがたいけど、生活能力がない相手に引っ掛かりそうで、ちょっと心配だったりもする。


お湯が沸く頃、生徒会室の扉が開いた。

「おっ、ちょうどいい所に。お茶飲む?」

「あっはい、頂きます」

くたびれた顔の西住ちゃんが、ソファに座り込んだ。


  ×  ×  ×


「大体こんな感じです」

説明が終わると、ほっと一息ついてみつだんごを口に運ぶ五十鈴ちゃん。まあ、監視カメラで全部見てたんだけどさ。消耗してお腹が空いたのか、西住ちゃんも意外と食べている。でも、五十鈴ちゃんには全然敵わない。近所に二つあるみつだんごの店両方から買っておいて良かったよ、まさか一パックが一瞬で無くなるなんてね。

「桃ちゃんが隊長⁉」

小山が驚いた演技をしてくれて助かる。

「はい」

「申し訳ない……」

五十鈴ちゃんに、冷や汗を流しながらかーしまが頭を下げた。

「すまないね~かーしまのために」

「じゃあ無限軌道杯に間に合うよう、早速、戦車を探しに……」

かーしまが責任を感じたのか、慌てて立ち上がるが、武部ちゃんが止めてくれた。

「わたしたちが探しますから」

「河嶋先輩は受験の特訓をしていてください」

五十鈴ちゃんが当然のツッコミを入れる。

違うんだ、今更焦ってもなかなか厳しいんだよ。

「で、戦車がどこにあるか見当はついてるんですか?」

秋山ちゃんが嬉しそうに聞いてくる。本当に戦車好きだねえ、君は。

「反応があったのは、船底の方だが……大丈夫か? 危ないぞ?」

秋山ちゃんの喰い付きの良さにかーしまがやや押され気味だが真剣な顔で答えている。

ああ、うん、あそこはね、とても危ないんだ。

思わず遠い目をしてしまった。

「そど子が案内してくれるそうだ」

冷泉ちゃんがいつの間にか大体の位置を聞いていたようで、艦内に一番詳しい風紀委員長、いや前・風紀委員長だね、に話を付けていた。

書類挟みを持ったそど子が踵を鳴らして入ってきて、気を付けをする。あのポーズどっかで見たことあるんだけどなあ、何だったかなあ。無駄な悪あがきをするなと言われても、何があってもへこたれない、不屈の人々を描いたようなアレに出てきたキャラっぽい。

「何か必要な物はありますか?」

「危険だと聞いたので、色々用意した方がよければちょっとお時間をください」

「大丈夫よ、この私が案内するんだから! さあ、行くわよ!」

西住ちゃんと秋山ちゃんの質問に、そど子が自信満々で答えると、そのまま先陣を切って出て行った。さて、それじゃ我々も作戦室へ行こうか。


 ×  ×  ×


作戦室のモニタにはノイズ混じりの映像が映っている。

「艦底部のカメラは映りが悪いんだよねぇ」

何かあっても、艦内放送でこっちから声を掛けるわけにもいかないし、というか艦艇部はカメラ同様に生徒会の放送システムが使えない所が多い。小山も渋い顔をしている。

「メンテにも行けませんし、新しい小型カメラを買う予算もありませんしね」

「船舶科の子たちも命が懸かっているから、保安部品は丁寧に扱ってくれているけどさ」

船舶科は学園艦の保守点検はしっかりやるから、多少変なことをしても多目に見るというか、むしろ生活は自由にさせてガス抜きをしておかないと、ただでさえ環境が悪いんだから反乱とかが起きたら始末に負えない。

今まではかーしまが何とかしていたけど、ここで生徒会も代替わりしたんだと船舶科の子たちにもちゃんと教えておかないとね。いい顔合わせになるでしょ、きっと。


そど子たちを追い掛けているカメラを切り替えても、どこも似たような造りの飾り気のない通路が映っている。フロア番号が無いと今どこにいるのか迷ってしまいそうだ。というか、実際迷う。

おっと、カメラに人影がよぎった。

『こんにちはー』

水産科の生徒たちか。

この辺りは水産科のテリトリーで、他の生徒や業者も来るのできちんと整備されている。

『ぜんぜん危なくないじゃない』

事前に脅かされていたのと大違いで、武部ちゃんが口を尖らせた。

『わかってないわね、この辺りはまだ学園艦の上の方』

そど子の説明をよそに、興味津々で水槽を覗き込むのは秋山ちゃんだ。

『この周りのは何ですか?』

『これはみんな養殖用水槽よ。学食や艦内の水産物はだいたいここで育てているの』

『あ、航海中の補給はどうしてるのかと思ったら、ここで作ってたんですね』

『え、船の上から釣ってるんじゃないの?』

『そんなわけないじゃない! 甲板から海面までどれだけ距離あると思ってんのよ!』

武部ちゃんのボケにそど子が突っ込む。まあ、水産科の生徒たちも艦内ドックから漁船出して遠洋漁業に行くこともあるけど、さすがに甲板からの釣りは実用的じゃない。

秋山ちゃんが覗いている水槽、あれは大洗学園艦名物だ。

あんこう、しらす、はまぐり、岩ガキ、シジミ、クロカジキ、ヒラメ、カレイ、イワシ、サバなどの養殖場が広がっている。特にあんこうの養殖は大洗水産科が代々苦労に苦労を重ねて、学園艦で初めて成功した……んだけど、なんか全然知名度がないんだよね~。

農業科が作っている米やイモなどの作物も、学園艦の全ての住人を賄っても十分お釣りがくるほどの生産量があるから、艦外に定期的に売りに行っているんだけど。品質も高く評価されているのに、ブランド化されていないせいか、引き合いが今一つだ。

『この辺りは生徒たちも穏やかでみんな校則をそれなりに守ってくれてるけど、船底に近付けば近付くほどどんどん治安が悪くなっていくの』

そど子の説明が続いている中、地獄へと続く通路のような長~~~~~~~い階段を降りる最中に武部ちゃんが音を上げている。

『この階段、どこまで続くんですか』

『ここから下までなら2500段くらいだった……ような気がするわ』

『えー、エレベーター無いの?』

『大丈夫、途中までしか使わないから』

『あ、良かった』

『下の方は梯子になるから』

『もっと悪い!』

漏れ聞こえる会話に苦笑いする。

ブロックによっては機材搬入用に大型エレベーターがあったり、中には車が通れるようになっていたりするけど、そんな所は人の出入りが多いかメンテナンス用に機材運搬が必要な所だけだ。

船舶科区画は一般生徒にはほとんど用がないので、最低限必要な階段や梯子以外設置されていない場所がとても多い。とはいえ、あの辺りはメンテナンスの都合もあって、まだ人通りが多いんだ。

驚くのはこの先だよ。


階段を抜けると、その先は水密区画になるので、防水扉の先は階段がなくなって梯子だけになる。梯子を降りた先こそが、本当に大変な場所になるんだ。

そど子も本人たちの意思を確認するように口を開いた。

『いい? ここから先は大洗のヨハネスブルグと言われているのよ』

『『『『『えっ!』』』』』

一斉に驚愕するあんこうチーム。

ヨハネスブルグと言えば南アフリカ共和国最大の都市で、世界でも有数の犯罪多発都市として知られている。人によっては中南米の方が大変だとか、やっぱり犯罪都市と言えばデトロイトじゃないかって意見もあるけど、ネットミームになるほどの知名度の高さによる分かりやすさは圧倒的だ。

『これ以降は生徒会の手が及ばない文字通りの無法地帯』

そど子が脅すように、壁の独特のスプレーアートによる多数の落書きを示す。だけど西住ちゃん以外はそこまで驚いた様子はない。まあねえ、大洗の町中でも時々壁とかにスプレーで落書きをしたり、ゴッドファーザーのテーマを奏でながらゆっくり蛇行したりする珍妙な存在が出没するから、その程度だと驚くほどじゃないか。むしろ秋山ちゃんなんか喜んでいるぐらいだ。

我々の手が及ばないというか、船舶科は独自の文化があるからね~。好きにさせてたら、いつの間にか無法地帯になって困った困った。まあ船乗りなんてのは、そんな感じだよね。

「この先はカメラが壊れている場所も多いですね」

「主要部はかーしまが頑張って修理してたけど、全然手と予算が足りないからね~」

小山がカメラを切り替えるが、映らない箇所がとても多い。中には壊れていなくても、カメラの回線が船舶科の管制システムに勝手に繋ぎ変えられているのもあると思うけど。

それでも船舶科のテリトリーとなっている三十番隔壁、別名「大洗の壁」を監視するカメラは重要地点であるので定期的にメンテナンスを行っているから、しっかりと映像を送ってきている。

『「打倒水産科」って、船舶科と水産科は仲が悪いんですか?』

『同じ船を扱う者同士ですけど、色々と確執があるとは聞いております』

秋山ちゃんはふと目にした落書きが気になったようだ。五十鈴ちゃんはそれに対して新生徒会長として、ちゃんと引き継ぎ事項に目を通していたようで簡単な説明をする。

電力や水の扱いで結構ぶつかるんだよ、この二つの科は。

通路の先にはいつものように有刺鉄線が張られていた。

水密扉の横にわざわざ鉄材を立てて、有刺鉄線を張ることで通路を遮っており、向こうからは鉄材を動かせば自由に行き来できるけど、逆からは難しいようになっている。

『この間取り除いたのに!』

そど子が怒りの声を上げた。定期的に風紀委員が見回って撤去しているが、常に人員を張り付けるわけにもいかないので、立ち去る度に封鎖されて、いたちごっこだ。

そんなそど子に秋山ちゃんが声を掛ける。

『あー、言ってくれればコレクションのワイヤーカッター持ってきましたよ』

『何でそんな物持ってるの?』

『え、戦車にも載ってるじゃないですか、普通の嗜みですよ』

『普通かなあ』

秋山ちゃんがコレクションを使う機会を逃して切歯扼腕しているのに、武部ちゃんが冷静に突っ込んだ。それをよそに、五十鈴ちゃんがすっと前に出てくる。

『切りましょうか』

何をするのかなと思ったら、袖口から華道鋏が飛び出し、西部劇のガンスピンのように華麗に回転、そのまま一閃して有刺鉄線が断ち切られた。

『『『『『おおー』』』』』

あまりにも見事な魅せプレイに驚きの声が上がる。

え、なに、五十鈴ちゃんの所の華道って、あんなエンタメ方向なの?

「お堅いようだけど、意外にさばけているのね」

小山もやっぱりそう思ったみたいだ。

その間にそど子が鉄材を横にどけて先に進んでいく。

まだかろうじて映像が届いているけど、先の方のカメラはダメっぽい。

『急にゴミが増えてきましたね』

『ここは清掃も入れないのよ』

秋山ちゃんが言う通り、通路にはゴミ、空き瓶や切れたチェーン、トランプなんかが散乱している。まあ、有刺鉄線同様関係ない人間が間違って入ってこないように、威嚇するためにわざとばら撒いているって噂もあるけどね。

『おっ、Force 10 from Navaroneって書いてありますよ。あの映画、T‐34がドイツ戦車役で出てくるんですよね!』

廃墟のような場所なのに、秋山ちゃんが空気を読まないで落書きの内容に興味津々だ。

『あの、あんまり周囲を刺激しない方が……』

ビクビクしている西住ちゃんが注意をして、秋山ちゃんもやっと周囲に人がいるのに気が付いたようだ。カメラからは見えないけど、船舶科の生徒たちがたむろしているらしい。

『引き返さなくて、大丈夫なんですか?』

『大丈夫よ。私が取り締まってあげるから』

秋山ちゃんが確認するのに、そど子が自信満々で応えている。たまに見える周囲の船舶科の子たちも、視線で威嚇するばかりでむやみに手を出してはこない。

『艦内で火を焚いてますけど、あれいいんですか?』

『ここは許可区域になってるから、大丈夫だけど、あんまりやってほしくはないわね』

『スカートが長いですけど、あれがスケバンというのでしょうか』

質問に律儀に返しているそど子がウザいのか、船舶科の子がギターをかき鳴らすと、西住ちゃんがびくっとして足を止めた。しかし、本当に戦車乗ってる時と全然性格が違うね。

ハンドル握ると性格変わる人がいるけど、西住ちゃんは、秋山ちゃんが時々言ってるパンツァーハイって奴かな?

『ガンつけられてますね』

『目、合わさない方がいいよ』

五十鈴ちゃんと武部ちゃんが小声で話していると、人影が動いた。

『ちょっと待ちな』

『断りもなく通るつもり?』

白の船舶科の制服にロングスカート、ブリーチした七三分けのショートヘアと、何というか形容が難しい前髪だけが色が薄い特徴的な髪形のレディースっぽい二人組が道を塞いでいる。なんだろう、将来的には変なスカルをかたどったマスクとかをしそうな雰囲気で、お姉さん心配だよ。

西住ちゃんがびくびくしているが、そど子が胸を張って前に出た。

『学校の中を通るのに誰の許可がいるのよ。通行は自由よ!』

『あ~ん、なんだぁこいつ』

『元・風紀委員長、現在は風紀委員相談役・園みどり子よ! あなたたち、スカートが長すぎるわ! それにこのあたりゴミだらけじゃない。掃除しなさい!』

『へ~、じゃあアンタ、掃除してくれよ』

『何で私が! 自分たちでやりなさいよ!』

『うるさいぞ、おかっぱ』

『おしおきが必要だなぁ、おかっぱ』

そど子が船舶科の子と言い争っていると、いきなり左右から持ち上げられた。小山がその様子を見て緊張感に欠ける言葉を吐く。

「まるで捕まった宇宙人みたいですね」

「ああ、エイプリルフールのネタだった合成写真の」

ドイツの何とかいう週刊誌が作った写真だよね、それって。

『何すんのよ!』

『!』

レディース二人がそど子を持ち上げたと思ったら、一瞬でカメラから消えた。

『速いです!』

『あ~~~れ~~~!』

秋山ちゃんが目を剝いているが、そど子の声が遠ざかっていくだけだ。

冷泉ちゃんは普段テンションが低いけど、そど子と仲がいいからか、いち早く前に出た。

『やれやれ、行くぞ』

『うん!』

そど子の後をあんこうチームが追い掛けたが、すぐにカメラから見えなくなった。

「おい、消えたぞ」

こっちの指摘に小山がカメラを切り替えているが、先行している船舶科の子たちは我々が知らないか、もしくはカメラが無い通路を通っているみたいで、左右に首を振る。

「ダメみたい、どこにも映っていないわ」

「まあ行き先はあそこしかないか」

「例の場所はカメラがあるから、そっちに切り替えてみる」

小山の操作で、モニタに薄暗い倉庫が映る。

「誰もいないね」

「ちょっと待って……このカメラ、音声は死んでいるっぽいので、画像だけなら」

「旧型の監視カメラなんて、そんなもんだよね。おまけに画面も白黒だし。映るだけまだいいよ」

5分ほど待っていると、そど子が船舶科の二人に連れられて落ちてきた。

正確に言えば、最初にそど子が船舶科の子の小脇に抱えられて落ちてきて、クッションに落ちる直前にポールから飛び離れて慣れた様子で着地を決めて、もう一人も同じように着地したんだけど。

一人が文句を言っているそど子を連れて、奥の方へと消えていく。

残ったもう一人が少し乱れたクッションを直して奥へと消えた。

じゃあ、西住ちゃんたちもそろそろ来るかな。


と思ったら、一塊になって落ちてきた。

最後に秋山ちゃんが綺麗な一回転の後に着地を決める。

「おおーーー」

思わず拍手が出た。

そのまま秋山ちゃんは部屋の奥に向かうけど、うーん、カメラの死角で見えない。ま、どうせこの先は例の部屋だから、切り替えるか。あっちなら、音声も入ってカラーだし。


お、海賊の歌メドレーがBGMか。ステージでの生歌付きのバーでおしゃれだ……って違うわ。歌ってるのは、確かフリントちゃんだったっけ。

いつもマイクを持って歌っているから、さすがに名前は覚えたよ。

えーっと、あれ、そど子がいない。さっきの二人組もいないな。もう裏口から出て行ったのかな。

昔懐かしい感じのオレンジ色の灯りに照らされた室内は、コンクリート打ちっ放しの壁に帆船の絵、額に入れたマスケット銃やサーベル、浮き球や救命浮き輪が飾られ、床は赤いリノリウムが張られている。奥には、昔の船の甲板で使われていた一枚板で作られたカウンターがあり、手前には赤いもじゃもじゃ毛にセーラーハットを被った船舶科生徒がスツールに腰かけている。

奥の席にもう一人いるけど、今のカメラ位置だとよく見えない。

カウンター奥の棚には、ノンアルコールラム、要するにサトウキビのシロップとかノンアルコールジン、要するに杜松果で香り付けをしてスパイスと砂糖を加えたジュース、とかブドウジュースとかが乱雑に並んでいる。

棚の前には眠そうな目をして手にはシェーカーを持ち、カマーベストに蝶ネクタイ、黒いエプロンにヘッドドレスを付けたバーテンダー、いや女性だからバーメイドかな、が立っている。

テーブル席に、もう一人誰かいるのが見える。


一通り中の様子を確認していると、ピンクのアクリル板がはめ込まれたドアが、カランと音を立てて、西住ちゃんを先頭にあんこうチームが入って来た。

「学園艦の最深部、そど子が連れ去られた場所。悪弊と野望、怠惰と混乱とを、フードプロセッサーにかけてぶちまけた、ここはバーどん底。船舶科のディーゼルスメルに惹かれて、適当な奴らが集まって来る。ここで飲む、ハバネロクラブは辛い」

「杏、それ何?」

「いやあ、昔、どん底に行った先輩から聞いたフレーズをちょっと改変したんだけど、元ネタはよく知らない」

思わず口からこぼれた台詞を小山に突っ込まれている間に、バーメイドの子が冷たい視線を先頭の西住ちゃんに向けた。

『店に入ったらまず注文しな』

『あ、はいっ、えっとメニューありますか?』

バーメイドの、えっとあの子、何てったっけ?

「カトラスさんね」

そーそー、なんとか丼のカトラスちゃんだ。

西住ちゃんがわたわたしながら聞いてきたのを、カウンターのもじゃもじゃの……。

「こっちはラムさん」

シベリア高気圧だかなんだかのラムちゃん、だっけか。一言で西住ちゃんの注文を切って捨てる。

『んなもんないってー』

『すみません』

困惑する西住ちゃんだけど、武部ちゃんが他のメンバーに気軽に聞いていく。さすが、コミュニケーション能力が高いだけあるね。

『何にする?』

平然と手を上げる五十鈴ちゃん。

『わたくしはミルクティーで』

『あ、じゃあ、わたしも』

五十鈴ちゃんが口火を切ったので、何とか西住ちゃんも注文できた。

『ミルクココア』

『わたしはカフェオレで』

『ミルクセーキ』

武部ちゃんの注文で、秋山ちゃんや冷泉ちゃんもバーらしくないオーダーを出す。それにカトラスちゃんがちょっと眉をしかめて、周辺の子たちが失笑した。そうなるよね。

『何それー、お子ちゃま?』

『お嬢ちゃんたちは地上で、ママのおっぱいでも飲んでなさいよ』

ラムちゃんが失笑すると、帽子で顔を隠すようにソファで寝ていた生徒から一生に一度は聞いてみたい台詞が出たね。あの子は……クマノじゃなくって、クキじゃなくって……クルシマだっけ?

「ムラカミさんでしょ」

そだ、バミューダのムラカミちゃんだっけか。

『用が済んだら帰る』

冷泉ちゃんが平然とどん底の店内に踏み込んでいく。

その間もフリントちゃんが気にせず歌い続けているのはなかなかの大物だね。

『そど子はどこだ』

『ヘイ! ……そど子ぉ?』

問答無用で冷泉ちゃんが聞くと、歌い終わったフリントちゃんが会話に入って来た。

『おかっぱの元・風紀委員長だ』

『おかっぱ?』

『おかっぱって、あいつらが放り込んでいったあれかぁ?』

テーブル席のムラカミちゃんが気が付いたようだ。

『あれだ』

『おかっぱならあそこで掃除してるー』

ラムちゃんが指を鳴らすと、カウンター横の扉が開いた。おお、あんな所に扉が。

監視カメラ越しだとあんまりよく見えないけど、どうやらタイル張りの水回りの部屋があって、そこに船舶科じゃない制服を着た誰かがいるみたいだ。

『ちょっと! 早く助けなさいよ!』

ああ、間違いない。あの声はそど子だ。冷泉ちゃんがグイグイと踏み込んでいく。

『そど子を返せ』

『掃除が終わったらね~』

『あとは自分たちでやれ』

ラムちゃんをスルーして、冷泉ちゃんが奥の部屋に入るとそど子を連れ出して来た。

『帰るぞ』

『その前にこれ外してよ!』

『あら、古式ゆかしいボールアンドチェーンですね』

五十鈴ちゃんが軽々と何かを持ち上げた。って、ボーリングの球ほどもありそうな鉄球じゃん。

だが、さっきまで座っていたムラカミちゃんがいつの間にか仁王立ちで帰り道を塞いでいた。上背があって体格がいいから、威圧感がある。スツールに座っていたラムちゃんもフラフラしながら、瓶を片手に降りてきた。あの瓶、ノンアルコールのはずだから雰囲気で酔っ払ってるのかな。

『ちょい待ちー。タダで連れて帰れると思ってんの?』

マイク片手のフリントちゃんも、軽快にステップを踏みながら道を塞いでくる。

『大体お前ら、何しにあたいらの縄張りに入って来たんだよ』

『あの、戦車を探しに……』

西住ちゃんがおどおどと答えたが、本当に戦車乗っている時とは別人だね。

『戦車ぁ? あんたたち、何なのよ。人にものを尋ねる時は自分たちから名乗るのが礼儀でしょ?』

フリントちゃんがマイク越しに熱弁をふるっているけど、横ではラムちゃんが糸目でノンアルラム酒を瓶から一気飲みしているから、緊張感に欠けるなぁ。

『生徒会長の五十鈴華です』

『副会長の秋山優花里』

『広報の武部沙織』

『えっと、わたしは隊長の……』

『隊長~?』

『はい、戦車の』

『戦車~?』

ラムちゃん、セーラーハットの上に瓶乗っけて微動だにしないけど、フリントちゃんみたいに変形させて上を潰しているわけじゃないのに、まぁ器用なもんだねえ。

「あれは改造制帽ね。中に芯を入れているのかな」

小山が思わず口に出たこっちの疑問に真面目に返事をしてくる。

「そなの?」

「恐らく。ゴブハットは普通コットン100%のズック生地で、芯無しでステッチだけで強度を出しているんだけど、それだと作るのが手間で、確か最近の船舶科用は改良型になっているはず。前に申請書類で見たから」

小山がすっと書類を出してきた。今、それどこから出したのかな? まあ、いいや。どうやらあの帽子は別名ゴブハットと言うらしい。何でも制服の納品業者さんが現在は仕様通りには作れなくなったので、作りやすく改良したとか。へぇ、あの縁の部分を下げて被ることもできるんだ。

『あぁ、陸のフネだっけ? ドンガメみたいな』

おっと、聞き逃すところだった。

『うへぇ!』

秋山ちゃんにとっては戦車をバカにされるのはイラッとするよね~凄い顔してるよ。

『えっ、まぁ……その隊長の西住みほといいます』

『ドンガメ操縦手の冷泉麻子』

『このあたりに戦車の反応があったんです。教えていただけませんか』

五十鈴ちゃんの説明にあわせて、そど子が懐から出した書類を見せている。

『タダじゃ教えられない~』

ラムちゃんが前屈みになったので、頭の上の瓶が落っこちたけど、タイミングよく受け止めてあんこうチームを指す。船乗りだけあって、バランス感覚がいいね。

『勝負に勝ったら教えてあげてもいいけど』

『勝負⁉』

『勝ったら、そど子も解放するな?』

武部ちゃんが不満そうな声を上げたが、冷泉ちゃんがさらっと勝負を受けている。

『んっふ、オッケー』

ラムちゃんが安請け合いするけど、大丈夫かねぇ。西住ちゃんたち手ごわいよ?

『じゃあ、まずあたいからだよ』

フリントちゃんが、手首に結んだロープを見せた。

『これをほどいてみな!』

『あっ、錨結びですね!』

これは秋山ちゃん相手には悪手だね~。基本戦車マニアな子だけど、ロープワークはキャンプとか車の牽引とかでも使うから、余裕で覚えているし。

ほら、一瞬でほどいちゃった。

『何っ⁉』

驚くけど、まだまだこれは序の口だよ。

『じゃあ次はこれよ~』

ステージに上がったラムちゃんが、両手に赤白の旗を持った。うーん、これも武部ちゃん相手には楽勝かな~。昔の戦車は旗で方向を指示していたこともあるから、西住ちゃんや秋山ちゃんでも解読できそうだけど。

『解読してみて』

『速いっ……』

『えーっとあれは、斜めに縦でイ、横に下、斜めでカ、また斜めでノ……』

西住ちゃんでも驚くほど速いのか。秋山ちゃんは何とか読めているけど、手旗信号って、体でカタカナの形を作って表示しているんだよね。確か。

『イカの甲より年の功!』

『正解だわ……』

『さすが通信手!』

旗が振り終わると同時に武部ちゃんがさらっと答えて、船舶科の面々が焦っている。

自分たちの得意分野でこうも簡単に負けているとね。

『次はこれで勝負よぉ~』

ラムちゃんがよっこらせとばかりにカウンターに上がると、カトラスちゃんが肘を突いて挑発的に親指を突き出し、指相撲の勝負を挑んできた。五十鈴ちゃんと西住ちゃんが一瞬顔を見合わせて前に出ようとするが、冷泉ちゃんが遮ってスツールに座る。

あんまり表情変わらない同士の対決かぁ。

『れでぃーごー!』

ラムちゃんの合図で試合が始まると、二人とも無表情のまま、物凄い速さで指を動かして相手を押さえ込もうとしている。おっと、ここでカトラスちゃんの大技が出た。完全に上から関節を取りにいった……けど、冷泉ちゃんが真っ向から受けて弾き飛ばした!

しかも返す動きで爪をホールド!

『くっ!』

冷泉ちゃんが力を入れつつ、関節から指の付け根へと指先を送り込んで、完全にカトラスちゃんの動きを支配している。

『すごーい、指を根元から押さえた!』

審判のラムちゃんまで驚いてる。

『さすが麻子さん』

『戦車を操縦してるうちに指が鍛えられたんですね!』

西住ちゃんと秋山ちゃんが感心しているけど、小山もそうなのかな。だったら指相撲は避けよう。

『ええい、めんどうね! 腕っぷしで勝負よ!』

ここで三敗になったので、勝ち目がなくなったムラカミちゃんが切れた。最後は腕っぷしで決めようとするのは船舶科っぽいけど、相手が悪いって。おどおどしていて一番弱そうな西住ちゃんになら勝てると思ったんだろうけど、あの程度平気で避けるよね。西住ちゃん、素手の喧嘩でも一番強い相手なのに。

『いくよ!』

『えっ⁉』

ムラカミちゃんが宣言してから攻撃するけど、あれじゃあダメだよ。西住ちゃんには不意打ちしたって効かないんじゃないかな。後ろから砲撃されたって平気で避けるような相手だよ。

正面からの予告ありの攻撃なんて見切るの簡単だから。

『あのっ、ちょっと困ります!』

西住ちゃんが困った顔で余裕で避けている。砲弾に比べればムラカミちゃんの右ストレートからの左右の連打なんてハエが止まるようなパンチだよね。回し蹴りも出たけど、モーションが大きすぎて余裕で避けている。連打に継ぐ連打、フェイントで帽子まで飛ばしたけど、どれも西住ちゃんの髪の毛に触れることすらできない。

距離があって当たらないなら掴まえればいいと思ったのか、ムラカミちゃんが突っ込んできた。

『ほんとすみません、話し合いましょう』

あれは幻のショルダー・スルー!

西住ちゃんが頭を下げて、そのまま持ち上げて後ろへと放り投げた。

首と背筋が相当強くないと、あんなに簡単には決まらないのに、軽々とムラカミちゃんは投げ飛ばされ、カウンターの三人を巻き込んで吹っ飛んだ。

これで完全に決まったね。あんこうチームも拍手をしているぐらいだし。

『西住殿、おみごとです!』

『みほさん、弾をよけるの慣れてますもんね』

無条件に秋山ちゃんが褒めるのに、五十鈴ちゃんが冷静にフォローしている。

ズタボロになったフリントたちがカウンター裏から起き上がって来たけど、目付きがやばい。

『くっ、やったわねぇ』

『こうなったら』

『みんなで!』

それぞれ手に手に近くにあった武器……武器かなあ、まぁ、武器になりそうなものを手にする。

「なんだか物騒になってきたねぇ」

「あの程度なら大丈夫だと思うけど……ね」

確かにこっちから介入しようにも、できるのはスプリンクラーを作動させることぐらいだけど、あんこうチームが怪我でもしたら無限軌道杯出場が危なくなっちゃう。

あんこうチームもじりじりとステージまで下がって……って、秋山ちゃん、今何取り出した?

映画で見たから知ってるけど、ポテトマッシャーって奴でしょ。対戦車戦闘用に弾頭部を繋いだのを投げるのは知ってるし、一応戦車道で使用は禁止されてないけど、推奨もされてないよね。

戦車道用なら怪我することはないと思うけど、やりすぎかなぁ。

『うわぁ!』

一斉に飛びかかろうとする船舶科に対し、ポテトマッシャーのキャップを後ろ手に外し、信管に続く紐に手を掛ける秋山ちゃん。今度こそスプリンクラーの出番かな。

『そこまでよ』

突然制止の声がかかって、船舶科が動きを止める。カメラ越しにはよく見えないカウンターの奥にいる声の主を見て、ヘロヘロのラムちゃんが情けない声を出した。

『親分~』

『アンタたち、キャプテンキッド並みにやるじゃない。キャプテンキッドには会ったことないけどね』

カウンターの一番奥に座っていた誰かが、スツールから降りてくる。白のゴブハットに赤い羽根を刺して長い黒髪を後ろで無造作に束ね、ロングコートにロングブーツでへそ出しルックの、ああ、あの姿はある意味ここの主だ。

何とかのお銀、さすがに船舶科でもトップクラスの有名人だけあって、名前ぐらいは覚えている。

スツールから降りるなり、手にしていた瓶を西住ちゃんの方に投げてきた。思わず西住ちゃんが受け取って渋い顔を浮かべている。スツールに戻ったお銀ちゃんが、血のように赤い液体が入ったショットグラスをカウンターに叩き付けた。

『どん底名物ノンアルコールラム酒ハバネロクラブ』

ハバネロクラブ、恐らくサトウキビジュースに、一時期有名になった辛いけど香りが良いハバネロを漬け込むかなんかして、風味を移したものだろう。昔はギネスブックに載ったくらい辛いって話だけど、品種改良で今ではもっと辛いのが出ているんだっけ。前に話題になった時、面白がって料理で使ったことあるんだけど、包丁で切ると汁が飛んでひどい目にあったよ。もう二度とあんな目にはあいたくないね。

カウンターに陣取った冷泉ちゃんの前に、映画のようにショットグラスが滑っていく。

『ノンアルコールラム酒って何?』

『サトウキビのジュースだよ』

『え、ジュース?』

ラムちゃんの返答に、冷泉ちゃんが目を輝かせてグラスを手にする。

『おいしそ』

『やめといた方がいいわよ~』

ラムちゃんがニヤニヤ笑いながら制止するが、冷泉ちゃんは負けず嫌いなのか一瞬だけ

ムッとした顔を見せて、指を突っ込んだ。

『辛いーー!』

だけど一口舐めただけで、とたんに口から吹き出して、ラムちゃんが呆れた顔になる。

『言わんこっちゃない』

『ドレイク船長も裸足で逃げ出す地獄のペッパーラム、飲み比べよ』

お銀ちゃんがショットグラスを掲げて挑発すると、ずいと五十鈴ちゃんが前に出た。

『わたくしが飲みます』

『ふん』

五十鈴ちゃんに対して、お銀ちゃんが不敵な笑みを浮かべる。まあそうだよね、いいとこのお嬢様っぽい見掛けで、楽勝だと思うよ。両手でショットグラスを持つ姿も優雅で、愁いを帯びたような目でグラスの中身を見つめていると、ああこれは逡巡してるなって思ってもおかしくない。

だけど、さすがは新生徒会長、根性が据わっている。一気に行った。

『『『おおーーー』』』

一同が驚愕する中、五十鈴ちゃんが静かにグラスを置いて口元を拭うと、お銀ちゃんも僅かに顔をこわばらせるが、対抗するように一気飲みしてカウンターに叩き付ける。

間髪を入れずに二つのグラスが、二人の前へと滑って来た。

五十鈴ちゃんがやや苦しそうにしつつも飲み干したのを見て、想定外だったのかお銀ちゃんの眉がヒクついた。でも、平気そうな顔をしたまま二杯目を飲み干す。

『やるわね。でも、まだまだこれからよ』

『望むところです』

お銀ちゃんの挑発に五十鈴ちゃんが返した所で、新たなグラスが滑って来る。

立て続けに飲み干す二人、グラスだけが積み上がっていく。

『華さん……』

西住ちゃんが心配そうにしたのに、ちらっと余裕のある顔を見せる五十鈴ちゃん。

だが、その顔はやや紅潮して汗も見え始めた。

『治まった?』

『まだ』

誰の声かと思ったら、戦いを通じて友情が芽生えたのか、涙目でクリームソーダ―を飲んでいる冷泉ちゃんが、カトラスちゃんと仲良く話している。

どうやら、他も何となく打ち解けているような雰囲気だ。

後は五十鈴ちゃんが勝てば、戦車は手に入るかな。ひょっとしたら、その乗員も。

微妙にお銀ちゃんが飲み干すのがつらそうになっているので、何とかなるかもしれない。

と思った瞬間、二人が倒れた。

『華!』

武部ちゃんが慌てて駆け寄るが、その声で五十鈴ちゃんが起き上がった。

『まだです、お代わりをください!』

『平然としてるように見えるけど、腹の中真っ赤っかなんでしょ?』

お銀ちゃんも負けてはいないで起き上がる。だが、声がかすれて厳しそうだ。

『明日は大変よ~』

空になったボトル二本を前にラムちゃんが冷や汗と共に呆れ声を出した。

新たなグラスがテーブルを滑り、二人が手にする。

先行の五十鈴ちゃんが手にして、ゆっくりと中身を飲み干し、やり遂げたとばかりに髪の毛をかき上げた。その顔はさっきよりも紅潮しているが、平然としているように見える。

『お代わりを所望します』

『くっ』

おーおー、明らかにお銀ちゃんが、五十鈴ちゃんの今のパフォーマンスにプレッシャーを受けている。多分単に辛いだけじゃなくて、胃の容量的にも限界が近いんだろう。

飲み干そうとするが、もう胃が受け付けないのか、全然入って行かない。

そのまま後ろにひっくり返った。

『親分!』

『大丈夫っすか!』

船舶科の面々が慌ててお銀ちゃんの下へと駆け寄るが、完全に白目を剝いているようだ。

『華、大丈夫?』

『体がぽかぽかして、あったまりました』

心配する武部ちゃんに対して、五十鈴ちゃんが優しい微笑みを浮かべる。

『もう、心配させないでよ』

どうやら胃の容量的には全然問題ないらしい。

その間に、お銀ちゃんは船舶科と西住ちゃんたちにソファへと運ばれている。

『氷とビニール袋ください、氷嚢を作ります』

『服を緩めて楽にしてあげて』

『呼吸あり、左向きに寝かせた方がいいですか?』

『意識が戻るまではそうしましょう』

秋山ちゃんと西住ちゃんがお銀ちゃんの様子を確認して、テキパキと対策を取っている。

『えーっと、まずは抱き着かれないように後ろから近付いて』

『浮き輪はどこ』

『それは溺れた時の救助法よ!』

一方、船舶科の方は何とか運んで寝かせたけど、その後の対応が完全に間違っている。

ああ、そこ、心臓マッサージとか人工呼吸とかしない。

『うっ、うーん』

『親分!』

あれこれ騒いでいると、お銀ちゃんがどうやら目を覚ましたらしい。横向きに寝ていたのが仰向けになるのにあわせて、枕元に待機しているラムちゃんがかいがいしく氷嚢をおでこに乗せ直している。その間に、武部ちゃんと五十鈴ちゃんもソファに腰かけた。

『親分、大丈夫すか?』

『あたいらの負け、か。あんたら、タダものじゃないわね。約束通り、その子は返してあげる。タダでね』

お銀ちゃんが顎をしゃくると、頷いたフリントちゃんが鍵をムラカミちゃんに投げる。受け取ったムラカミちゃんが、足を差し出しつつ文句を垂れているそど子から鎖を外した。

『返す返さないって、私は学校の備品じゃないんだから!』

もう話は終わりだと言いたげなお銀ちゃんに対して、西住ちゃんが食い下がった。

『あのっ……』

『何?』

『戦車のある場所を教えてもらえますか?』

『戦車? どうせ戦車とかって陸の乗り物かなんかでしょ。そんなものに興味はないわ』

『お願いです、新しい戦車が必要なんです。河嶋先輩のためにも』

『誰なの、そいつ。どこの馬の骨ともわからないやつを助ける義理はないわ。馬の骨ってどうなってるか知らないけどね』

全然気が付かないお銀ちゃんとは裏腹に、ラムちゃんがハッとした顔をした。

『うほっ、親分。河嶋っつ~のは桃さんのことじゃあ』

『桃さん? 桃さんがどうかしたのか』

『これ見て』

武部ちゃんがお銀ちゃんに号外を見せると、船舶科の面々が動揺した。どうやら、まだ艦の底まではかーしまのことが伝わっていないみたいだ。

『何てこと……桃さんが留年だなんて』

『桃さんのピンチ、協力しなきゃあ』

『ここで、飲んだくれていられるのも、桃さんのお陰だし』

『河嶋先輩の?』

船舶科の面々が口々にかーしまの名前を出すのに、武部ちゃんが驚いている。そりゃそうだよね、普通全然縁が無さそうなのに。でも、生徒会ってのは普通科だけじゃなく、全ての科を相手にするんだ。当然問題の多い所ほど、よく顔を出すようになる。

『桃さんは退学になりそうなあたいらを庇ってくれたんだよ!』

フリントちゃんがマイクを手に歌うように語り始めた。

『そう、船舶科が素行不良だって校長に呼び出されて……』

あの一件はよく覚えている。お銀ちゃんを筆頭に一部の船舶科生徒が出席日数不足で退学になりそうだったのを、かーしまが校長に土下座して、ちゃんと船舶実習をするのと、他の科の手伝いをすることを条件に、しばらく猶予をもらったんだ。反抗的な船舶科の所に何度も通って一人一人に問題を聞き取りすると、それぞれが船を動かす都合があるから昼間の授業に出られない子も多いことが分かって、夜学を増やすように働きかけたり、実習での単位取得を調整したり。

まぁ、出席日数が足りないだけなら、生徒会の権限で何とかできたけど、それだけじゃあ根本的解決にならないしね。

話が伝わったと見た西住ちゃんが、なおも食い下がる。

『それで、戦車道で大学に入れないかと……。そのために戦車が必要なんです』

食い入るように号外を見ていたお銀ちゃんが反応する。どうやら、興味を持ったみたいだ。

『戦車ってどんなものだっけ』

『あのですね、装甲の厚い車で、長ぁい砲身がついてるのもあって、まぁ陸の戦艦みたいなものですよ』

秋山ちゃんの説明に、ムラカミちゃんがハッとする。

『もしかしてー』

どうやら心当たりがあるらしい。よし、上手くいけばこれで戦力増加だ。どんな戦車であっても戦車は戦車、無いよりは1輌でも多い方がいい。何せうちは未だに初戦の定数すら満たしていないんだから。今は最低参加数の規定が無いからいいけど、もし今後定数を満たしていないと参加不可能とかなったら、目も当てられない。うちの学校がそのまま世界大会に出るとかはありえないけど、もしこれが欧州だったら、大会直前に平気でルール変えてくることだってあるから。

おっと、それより戦車はどこだ。

ムラカミちゃんが向かったのはカウンター横の扉だけど、あっちにはカメラないなあ。

「中も見えないね」

小山も覗き込んでいるけど、あそこ壁じゃないんだ。

「凄い煙が上がっていますけど、機関室かなにかかな?」

「うーん、図面ではそんなことないんだけど」

『うお~、凄いです!』

秋山ちゃんが興奮してるってのは、やっぱり戦車? 声しか聞こえないのがもどかしい。

『あーん、むぐむぐむぐ』

「何か食べてる?」

多分冷泉ちゃんだと思うんだけど、何か食べているらしい音を小山が聞きつけた。

「んんん、中にあるのは戦車じゃないの?」

と思ったら、ラムちゃんの声がした。

『いつも燻製作ってるこれが、まさか戦車だったなんてねぇ』

『うまい』

『でしょ~? 桜のチップ使って、じっくり燻してんのー』

あ、やっぱり戦車だったんだ。って、戦車を燻製器にしてたの?

『どう使えばいいんでしょうね、これ。結構扱いが大変ですよ』

秋山ちゃんですら困るような戦車って……あ、うちにあるのはそんなのばっかりか。

売れ残りだもんねぇ。

『でっかくて凄そうじゃない?』

『とりあえず自動車部さんに整備してもらいますか?』

『でも、この戦車に誰が乗るの?』

武部ちゃんと五十鈴ちゃんが話している通り、その乗員が問題なんだけど、多分解決すると思うなぁ。それより、本当に資料にあったイギリス戦車なのかな。

『これ、トランスミッションとブレーキが弄ってあるみたいなので操縦に二人。機銃手はたぶんいらないので砲手に二人、それに車長で五人は必要じゃないかと』

秋山ちゃんの説明によると、オリジナルからは色々改造されているらしい。ステアリングシステムとかエンジンも改良されていて、何でも後継車輌に近い状態になっているとか。

そして乗員数を聞いた瞬間、お銀ちゃんが即答した。

『あたしが乗る』

よく言ってくれた! かーしまのためだから動いてくれると思ったけど、ありがたい!

『何言ってんのか良く分かんなかったけど、こいつは陸のフネなんでしょ? フネだったら我々の出番よ。あたしは竜巻のお銀』

『大波のフリント』

『爆弾低気圧のラム』

『サルガッソーのムラカミ』

あれれ、覚えてたあだ名、全然違ったよ。ま、いっか。

『これで四人ですね。あと一人は……』

秋山ちゃんの声に被るように、もう一人の声がした。

『生しらす丼のカトラス』

バーメイドがエプロンを外しながら出てきて名乗ったのに、武部ちゃんが驚いている。

『生徒……だったんだ。それはともかく、この戦車どうやって運ぶの?』

『物資搬入用エレベーターがあるから、そこまで運べば大丈夫ですよ!』

何かごそごそしているようなくぐもった秋山ちゃんの声が聞こえるけど、よく見えない。

『エレベーター、コンテナ用だから長さは十分ですけど、幅が足りませんね』

『あ、大丈夫ですよ。これ、左右のこのでっぱり、鉄道輸送用に外せますから』

『なら、十分ですね』

五十鈴ちゃんの質問にも秋山ちゃんが嬉々として答えている。

さて、これで戦車と乗員は揃った。

燃料はいいとして、砲弾は……と思ったら、小山が資料をもうまとめてくれていた。

「あの戦車は、資料によればイギリス海軍用の6ポンド砲を搭載しているみたい」

「6ポンド砲?」

なんでイギリスは大砲の種類を砲弾の重さで決めるんだろうね。直感的に分かりにくくて困る。そりゃ、ただの鉄球だった時代はそれでもいいかもしれないけど、砲弾が多様化して実重量と口径が一致しなくなったのにいつまでも古い呼び方使うって、現場は大丈夫だったのかね。

少なくとも、今の我々はすっごい困ってるんだけど。

「アヒルさんチームと同じ57ミリ砲ね。ただ、元となった砲は40口径もあって、初速は538m/秒と、口径が短くて350m/秒しか出ないアヒルさんより全然優れてるといえるわ」

「んじゃ、砲力はアヒルさんよりもあるってこと?」

「あのモデルは23口径に減らされてるけど、それでも恐らくアヒルさん以上かと。ただ砲弾がちょっと問題で」

「イギリスの6ポンド砲だったら、聖グロリアーナも使っているから同じじゃないの?」

「あっちは、57×441リム弾だけど、こっちは57×306で短いの」

また面倒なことになってる。砲弾の互換性がないと補給が面倒じゃない。まぁ、うちは元々雑多な戦車の寄せ集めだから、面倒なのは仕方ないけど。それでも、Ⅳ号とⅢ号突撃砲、ヘッツァーは同じ砲弾なので、多少の融通はできる。他の75ミリ砲搭載戦車も全部共通化したいね。

「連盟に問い合わせをして、合う弾を取り寄せて」

「はい」

「とはいえ、砲弾が届くまで訓練は無理かな」

「自動車部での改良にも時間が掛かるし」

「あと防御力は?」

小山がちらっと資料を見て眉をしかめた。

「大体アヒルさんと同じくらいかな。ただ機動力が無いのと航続距離が短いから、追加燃料タンクの配置を考えないと」

「なるほどね~じゃあ、レオポンさんにはそこを強化してもらうように伝えておいて。他の戦車と一緒に行動できるように、って」

「分かりました」

レオポンさんなら、レギュレーションの範囲内で良い感じに魔改造してくれるはず。

期待してるよ。

さて、そろそろあの子たちが、どん底から帰って来る頃かねぇ。


 ×  ×  ×


「じゃあ、これ、修理と改造お願いね~」

戦車倉庫まで新しい戦車を運ぶと、説明もそこそこにレオポンさんたちが点検と修理項目のチェック、更には改造リストを作り始めた。

小山が要求と納期、臨時費から捻出した予算額を伝えたが、ちゃんと聞いていたかなあ。

戦車の下に潜り込んだり、あちこちのハッチを覗いたりしながら、レオポンさんたちがあれこれと感想を述べている。

「9輌目か」

「また新しい戦車が整備できるとはな」

「でも何でこんなおいしそうな匂いがするんだ?」

「肉の匂いがする芳香剤でも置いてたんじゃない?」

「そんなのあるのか?」

「アメリカに行った時、カーショップに新車の匂いとかバーベキューの匂いの芳香剤があったな」

「マジで⁉」

残念、それは芳香剤じゃなくて、燻製の匂いなんだ。

西住ちゃんたちが、戦車の中で作っていた燻製を他の戦車道メンバーにふるまっている。

ソーセージにスモークサーモン、燻製玉子、チーズにベーコン、うーん、いい匂いだね。

「うまいぜよ」

「スモークサーモンもいける」

「いやここはやはりソーセージが」

「玉子こそが一番」

「ならば、全部パンに挟めばいいんじゃないか?」

「「「それだ!」」」

カバさんチームが相変わらず盛り上がっている。楽しそうで良かったね。


生徒会室に戻ると、かーしまがお銀ちゃんたち新メンバーと顔合わせをしている真っ最中だった。

「お前たちが加わってくれるのか!」

「当の然!」

「桃さんには世話になったんで」

「精一杯がんばりやす!」

「七つの海に誓って、桃さんを留年になんかさせやしない!」

「だから留年じゃない!」

ふふ、こっちもいい感じじゃない?

他の学校は今頃どうしているのかね。

四強はうちみたいに戦車やメンバー探しで苦労することはないけど、首脳陣を一新してくるのか、それとも三年生が最後の試合にするのか、その辺りが読めないなあ。

少なくとも黒森峰の隊長はもう留学しちゃったから、あそこは新しいメンバーで臨むはずだし、他の学校も、多分来年を見越した手を打って来るのは間違いない。

かーしまの号外は他校の情報収集メンバーの手にも渡っただろうから、これでうまいこと撹乱されてくれればいいんだけど。

まあ、この程度じゃ焼け石に水かな。


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【特別増量試し読み】ガールズ&パンツァー 最終章(上) MF文庫J編集部 @mfbunkoj

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