とあるラーメン屋の風景から

第21話

〜side A〜


8月n+6日


「んー!! 辛っ。汗が噴き出る」

『おい、小夜。そんな強がらなくてもいいんだぞ』

「は? 強がってねーし」

「うん。辛いけど美味しいよねぇ、小夜ちゃん」


 テーブルに備え付けられたティッシュで汗と鼻水を拭きながら、激辛味噌ラーメンをすする小夜。まぁ弄ってる俺も同じように苦戦しながら食ってるのだが。つーか。理恵めちゃくちゃ余裕そうだな。お前、それ辛さ10倍頼んでなかったっけ?

 

 朝食を済ませた後、無事小夜が乗る高速バスの予約も出来たので、一旦俺は理恵のマンションから出て自宅に戻った。シャワーを浴び、服を取り替え、その足で夜勤にも行けるように身支度をしてから再び2人と合流。一応ちょっとだけ観光的なことが出来ればいいと東京スカイツリーに行ったり、小夜が推しているというご当地ゆるキャラのグッズを取り扱っているアンテナショップに行くなどした。夜になり、約束していた辛味噌ラーメンの店に来て今に至る。


『マジであんまり無理すんなよ。高速バス乗ってる間に具合悪くなったら地獄だぞ』

「だから平気だって! 辛いの慣れてるし。うちのママのカレー、辛口だよ?」

『いやいや、家庭のカレーの辛口と一緒にすんなよ』

「小夜ちゃんのママって料理上手なの?」

「うん、めっちゃ上手でレパートリーが豊富。亘、言っとくけどうちのママのカレーはスパイスから自分で選んでるんだからね? 市販のルーじゃないから」

『はいはい、わかったわかった。とりあえず今は目の前にある、辛さ6倍ラーメンを完食することに集中しろ』



 こんな騒がしいやり取りもあと数時間で終わりなのかと思うと、若干名残惜しさも感じる。小夜が地元に帰った後、俺たちが再開することはあるのだろうか?

 そして……俺はこの先、理恵ともまたこうやって近くで笑い合えるんだろうか。



『なぁ、小夜の地元ってどんなとこ?』

「えー、なんだろ……めちゃくちゃ川が多い」

『適当だなー、もっと地元の良いところアピールしろよ』

「えー、ムズいんだけど……有名な観光地だったら、小船に乗って古いお屋敷見たり出来るよ。でも、私が住んでるところはマジでなんもない」

「私そういえば岡山って行ったことないかも。旅行したいなぁ……小夜ちゃんのパパやママとも会ってみたい」

「全然来て良いよ、理恵さん。亘も一緒に」

『俺をオマケみたいに言うな。つーか、お前が思ってる以上に社会人は何かと忙しいんだぞ。そんな気軽に旅行なんか』

「っていうか、“2人で旅行”ってところには突っ込まないんだね」

『なっ……おい、テメェ』

「ちゃーんと復縁したら、倉敷案内してあげる」

「ちょっと、小夜ちゃん……」

『クソガキめ……大人の男女関係を甘く見んじゃねぇよ』

「ねぇ、亘ちょっとそれどう言う意味? 前に電話で話したの……あれ本気じゃないってこと?」

『あ、おい! その話はまた後でさぁ……』

「え、何何!? 何の話? 私それ知らないんだけど!!」


 その後小夜に問い詰められたが、俺は完全に無視。気まずさを誤魔化すために何気なくスマホを弄っていると、動画再生アプリの通知が入った。

 俺の職場の後輩で南野という、動画投稿をして副収入を得ているヤツがいる。以前チャンネル登録してくださいと頼まれたので言われた通りにしたのだが、それからは新しい投稿があるたびに通知が入るようになった。割と投稿頻度高めだから、通知がちょっとウザく感じるのは秘密だ。この際、通知が来ないように設定するか……。

 アプリを開いて設定を変えようとした時、まさに今投稿されたばっかな動画のタイトルが目に入る。


『“職場の怪しいオッサンのプライベートを探ってみた結果……”って。アイツ、またややこしいことしようとしてんなぁ』

「え、何か言った?」

『別に、独り言。おい小夜、麺伸びるぞ』


 俺は通知オフの設定をしたスマホをテーブルに置き、激辛味噌ラーメンに再び手を伸ばした。


 

 




【了】

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とある新宿の風景から case.2 A/B nako. @nako8742

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