小さな手
田中昂
小さな手
弟に初めて会った時、その小さな手を見て「お兄ちゃんになったんだ」と感じた。
弟に初めて会ったその日から6年が経った。気づけば僕は6年生、弟は1年生になっていた。小さな体に釣り合わない大きなランドセルを背負って、僕と一緒に小学校に通っている。弟はまだ学校に行くのが怖いらしく、その小さな手で僕の大きな手をぎゅっとにぎり、「お母さんと一緒にいたかった」「早くおうちに帰りたい」と時々震えた声をこぼす。でも、泣くのを堪えて唇を噛みしめる弟の姿を見ると、成長したのだなと思えた。
しばらくして二学期に差し掛かろうとした頃、弟は慣れたのか、学校に行くときに僕に弱音を吐くことは無くなった。楽しそうに友達の話をしながら、小さな足で先に先にと歩いて行く。でも、弟は注意力散漫で、信号を見ずに道路へ飛び出してしまうことがあったから、中学生になるまではこの手を離さないで繋いでおこうと思っていた。弟も「にいちゃんと手ぇつなぐのうれしい!」と言うものだから、僕は弟の事が可愛くて可愛くて仕方なかった。
ある日のことだった。いつものように学校へ言っていると、急に弟が走り出した。いつもなら振り解かれないように手を強く握るのだが、今日はそれができなかった。弟は、入学当初よりもずっと力が強くなっていて、少し体調の悪かった僕の手はいとも簡単に振り解かれてしまったのだ。はしゃいで走る弟。うまく動かない僕の体。そして、弟がそのまま曲がり角のある方へ走っていってしまった。さっと血の気が引く感覚がした。あの曲がり角はカーブミラーが無いのだ。
僕は急いで弟を追いかけた。切れる息も気にせず、重い体をなんとか動かして走っていった。
……凄まじい音が響いた。
そして、その瞬間に曲がり角に着いた。
僕はその現場を見て絶望した。弟の小さな軽い体は自動車に空高く突き飛ばされ、地面に打ち付けられたらしい。自動車から離れた位置に横たわる弟からはダラダラと真っ赤な血が流れ出していた。僕は弟の方に駆け寄った。弟の体は車に当たった衝撃と地面に打ち付けられた衝撃でボロボロになっていた。呼吸をする音が聞こえなかった。僕の呼びかけには何も反応しない。もう助からないと、悟ってしまった。ボロボロと、涙がこぼれ落ちてくる。
最後にもう一度だけ弟と手を繋ぎたいと思った。
しかし、弟の小さな手はぐちゃぐちゃで、もう握ることは出来なかった。
小さな手 田中昂 @denntyu96noboru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます