1章20話:クリスティーのABC

 可愛い男の子はもっともーっと可愛くなるべきだと思うの! ヨハンはいつもそうやって生きてるよ!

 ヨハンの名前はヨハン! 本名は犀潟ヨハンっていうの! 可愛い名前でしょ?

 

 突然だけど、ヨハンはとっても愛されてます。家族からも友達からも、世界からも愛されてます!

 家族はおじーちゃんとおばーちゃん、お父さんにお母さん、そしてお姉ちゃんとお兄ちゃん!

 おじーちゃんおばーちゃんはいつもヨハンのことを可愛がってくれるし、お父さんお母さんもヨハンのことたくさん褒めてくれる。可愛いね、可愛いねって。

 お姉ちゃんもそう。この街には『街の花嫁』っていう風習があって、お姉ちゃんはもう『花嫁』として立派にお勤めしてる。少し前までちょっとやんちゃな男の子って感じだったのに、もうすっかり大人のオンナって感じ? 時々ヨハンに気持ちいいことしてくれるの! 早くヨハンもオトナっぽくなりたいなぁ。

 お友達も学校のせんせーもヨハンのこと褒めてくれるよ。学校のせんせーは時々ヨハンの体をべたべた触ってきてて、なーんかガッツキすぎーって感じ? でもヨハンが可愛すぎるのがいけないよね!


 その点お友達もそう。

 みーんなヨハンのこと大好きだから、ヨハンと沢山遊んでくれる。ちょっとえっちなことばっかりしようとするけど、ヨハンのハジメテはもう決めてるからだーめ!


 それが、お兄ちゃん! 

 お兄ちゃんは2年前にお家にやってきたの。最初は陰気臭くて暗くて嫌だなーって思ってたけど、最近なぜか可愛いなぁって思えてきちゃったんだ。元々可愛い顔してたから女装させてペットにしちゃおっか! ってお姉ちゃんとずっと話してたけど、今ではお姉ちゃんにも取られたくない! いつかお兄ちゃんも女の子にして、ヨハンはお兄ちゃんと2人で花嫁衣装を着るの! 楽しみだなぁ、絶対お兄ちゃんも喜んでくれるよ。


 それでね、今日ファミレスでお兄ちゃんに会ったの。何故か知らないけどすごーく可愛くなってて、髪も伸びてて、やっと女装してくれるのかな!? って期待してたんだ。ああ、嬉しいなぁって思って、話しかけたんだけど、お兄ちゃんはとっても不機嫌そうだった。

 それどころか、なんだかいつものお兄ちゃんじゃない感じがしたの。


「ちっ、お兄ちゃんとか2度と呼ぶなクソ従兄弟」


 間違ってもあんな暴言吐くタイプじゃなかったのに。もっといろんなことにビクビクしてて、劣等感感じちゃってて、可哀想な小動物って感じなのがお兄ちゃんなのに。

 そうだよ、お兄ちゃんは可哀想だから可愛いんだよ。

 父親が借金作って夜逃げ、母親が悲劇的に死んじゃって、妹ちゃんもいしきふめーで天涯孤独のお兄ちゃん。可哀想、可哀想、ああ、とっても可愛い! そんな『偽物の』妹なんていなくてもヨハンのことを妹だと思ってくれればいいのに。でもお兄ちゃんは妹ちゃんのことが大事みたい。

 あーあ、つまんないな。妹ちゃん、早く居なくなっちゃわないかな。そうしたらお兄ちゃんのこと独り占めできるのに。


「ね、やっくんもそう思うよね?」

「ヨハンがそう思うならそうだな! 俺はいつでもヨハンの味方だ」

「ありがとぉー! やっくんだーいすき!」

「おい狡いぞ! 俺だってヨハンのことーーッ」

「みーくんも大好きだよ!」

「お、おう、そーか、へへっ」


 えへへへへ、みんなヨハンのこと大好きなんだからー! だから早くヨハンのこと大好きになってよね? お兄ちゃん♡

 なんてうきうきで歩いてたら、目的地の場所まで着いちゃった。

 さっきヨハンのSNSのDMにね、なんと告白のメッセージが来たの!!! えへへ、ヨハンモテるんだよねえ。

 でね? 時間帯が結構遅いからって、みーくんとやっくんがついてきてくれたの。心配性だなぁ。

 えーっと、踏切の所で待っててって書いてあるよね? じゃあここで待ってればいいのかなぁ? どんな人かなぁ。お兄ちゃんだったらいいなぁ。




「ぉ、おい…………あれ、なんだ…………?」

 



 不意にやっくんが呟いた。薄暗くて表情がわかりづらいけど、なんだかひどく怯えているようだった。

 同時に後ろにいたみーくんもまた、


「人、だよ、な? そうだよな? なぁ!」


 すごく怯えているようだった。

 何だろう。2人の指さす方、踏切の向こう側? 別に誰も……?





「え…………………」




 

 呼吸が止まった。

 次に足が震え出して、口がぱくぱくと開いたり閉じたりを繰り返す。

 腕をさすると、そこには鳥肌が立っているのがよくわかった。


 踏切の向こう側。そこに人が居た。

 ううん、アレを人と呼んでいいのかわからない。

 薄暗いからよくわからないけど、確かに『アレ』は奇妙な格好をしていた。

 真っ白な着物、長い黒髪、その黒髪の上から包帯をぐるぐる巻きにして突っ立っている。それだけならまだ良かった。『アレ』の手には、



 ーー生首が乗っていた。



 その手に乗っている生首を見た瞬間、ヒュッという息を吐き出す音が聞こえた。なんで生首だってわかったんだろう? 薄暗いのにその首の周りだけやけに明るい。

 よく目を凝らしてみると、『アレ』の側にはポツポツと灯りが灯っていた。そして、それが益々不気味に生首を照らしている。



 全員が確信した。アレは、人間じゃない。



 でも逃げようにも逃げられない。誰も足を動かなさい。ただただ恐怖に震えるしか出来ず、不意に、


 カーンカーンカーンカーン!!!


 と踏切の音が鳴った。

 ビクッと跳ねて、そこでようやくやっくんが、


「うわああああああああああああああああ!!!」


 と声を出して逃げ出したのをきっかけに、みーくんもヨハンも無我夢中で走り出した。

 怖い。

 怖い。

 怖いよ。

 怖いよぉぉ!!

 やだ、やだやだやだやだやだ!

 なにアレ、なにアレ! 知らない! 怖い! 助けて!

 心の中で叫びながら、涙で潤んだ目を必死に擦って逃げた。

 

 走って走って、やがて、コンビニの灯りが見えて安心したのか、息を切らしながら立ち止まった2人。そんな2人に追いつこうとあと少しだけと足を動かそうとして……。

 不意に転んだ。

 痛いよぉ……。なに? 何が……。


 転んだ足の先、その足首を掴む青白い手を見た瞬間、自分が泡を吹いて気絶するのが感覚的に分かった。


◇◆◇


 さて皆様は、『ABC殺人事件』をご存知だろうか。巨匠アガサ・クリスティの誇るミステリーの名作である。僕も滅亡後の北湊で読んで見事にハマってしまった。

 このABC殺人事件、犯人に関してアルファベット順に選んだ対象を無作為に殺害していく愉快犯、と警察が決めつけたのに対し、主人公たる『探偵ポアロ』は全く異なる推理をする。

 それが、Cの人物を殺すためにAB、更にはDの人物までをカモフラージュで殺すという悍ましいものだ。日本にも『木を隠すなら森の中』という言葉があるように、人間は大きな物事の中にある小さな物事を見落としやすい。


「さて、それじゃあ犀潟家が今回の『C』と言うことで、何回くらい事件を起こせばカモフラージュになるかね?」


 僕はいま、過去最高クラスにうきうきだった。人間悪巧みをしている時が1番楽しい。

 無論小説の如く殺人を行うつもりはない。僕は北湊を滅ぼすまでは法に触れるようなことを極力しないつもりでいる。理由はないけど、殺人をしてしまうと一生かみさまに届かなくなる気がしていた。

 なので悪戯で済む程度に悪巧みをする。

 先に言っておくけど、僕が山の神の力として使えるものは殆どない。幽霊を操れるのは樹海周辺だけだし、特段すごい能力とかがある訳じゃない。あるとすれば人に見えるように篝火を焚き、山の神としての威厳を発揮する程度。

 けれどそれで充分だった。


 犀潟ヨハンを誘き出して強烈なトラウマを植え付ける。初回の犯行としてはまずまずの成果だと思う。

 奴の、人から認められたがりで告白の数を自身の価値だと考えている性格上、誘い文が偽物だろうが本物だろうが必ず誘き出されるとは思っていた。クソの興味もない夕食での会話を覚えていて良かった。

 普段から自分のことを可愛い可愛いと宣っていたあざと男。お世話になっている叔母の息子だから今の今まで邪険に扱わなかったけど、本当に嫌いだった。


「ああ、うん、でも今日初めて可愛いと思いましたよ。その恐怖で歪んだ顔、ほんとに最高に惨めで可愛かったですよ! あははははははは!」


 これは確信だけど、このあと犀潟ヨハンは自分可哀想アピールで100パーセント引き篭もる。これで友達とかを家に呼んでくれれば実に都合がいい。犀潟家の混乱は、僕の交渉ごとを有利に進める可能性があるのだ。

 だがまぁ、犀潟家の混乱とは別に北湊全体で混沌としてもらわなくては困る。明日は体感的に約10ヶ月ぶりの学校だ。ストレスが半端ないことになることは目に見えているので、今のうちに沢山お化けの真似をして沢山怖がらせよう。


「私なりの宣戦布告です色恋の神。山の神の信仰、全部返して貰いますから!」


 このあと宣言通り、僕は北湊のあちこちで幽霊騒ぎを起こすのだった。

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樹海のかみさま ーメス堕ちENDを回避したい男の娘ヒロインは自分でルートを選んでみることにしたー ただの理解 @tadanorikai

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