1章19話:偽物の家族
前回のあらすじ。叔母と従兄弟が海知と談笑していた。なにこの地獄。
犀潟ヨハン含め、この家の住人は柏崎海知と仲がいい。通学時にウチまで迎えにくるから当然と言えば当然である。
……うん、今日も樹海かなぁ寝床。なんて思ってたら話がまとまったのか玄関のドアが開く音がした。咄嗟に物陰に隠れて様子を窺う。
「でも、ほの囮とまだ連絡取れないんですよね!? 今頃酷い目に遭ってるかもしれないし」
「だいじょーぶだいじょーぶよぉ。この街にそんな酷いことする人はいないわ。あの子は花嫁候補なんですもの!」
「そだよ、お兄ちゃんは可愛いし大丈夫だって! あと少ししたら帰ってくるよ!」
帰りたくないですね……。
「……ではお言葉に甘えて」
「よかった! 今夜はシチューよ」
「やった! 何して遊ぶ!? 海知お兄ちゃん!」」
最悪すぎる。え、食べてくの? マジで?
取り敢えずアレに見つかるのは嫌なので、一度離れることにする。
結局再び自転車を漕いで街に来てしまった。仕方ないので明日やろうと思っていた用事を済ませることにする。
まずは古銭の換金。銀行に持って行くより買取専門店の方が良いらしいってネットに書いてあった。これで凄まじい額の資金を作ることが出来た。あとはこれを活用して商売道具を買うだけだ。
とは言えち囮の転院が最優先だ。鑑定に時間がかかる他の物品も含めて、一度僕の使えるお金を全て集結させよう。
「それには、やっぱあの家にいくしかないか」
そんなこんなで樹海に戻り、一晩を明かす。
深夜4時、流石に海知ももう帰っただろうと思い、再びチャリを走らせて北湊の街を駆ける。
「窓から入って正解だったな。まさか泊まり込んでるとは思わなかったわぁ……」
なんとなく嫌な予感がしたので木登りして2階から自宅に入ったのだが、気味の悪いことに柏崎海知がトイレするために起きてきていた。寝ぼけ眼を擦りながらトイレのドアを閉めていった時、心底バレずに良かったと胸を撫で下ろす。まぁ時刻は朝5時だから下手すりゃ起きてるか。
取り敢えず僕の部屋以外に置いてあった私物を粗方回収し、最後に叔母の部屋から必要なものを取り出す。
ーーそれは、母さんの通帳だった。
父の蒸発で養育費は入らないとはいえ、莫大な資産を残した母の貯金は計り知れない。それこそ2年間の僕の学費や生活費、そして妹の入院費を賄えるくらいには。
しかし通帳を開いた時、僕は凍りついた。
「………………………クズが」
母さんの葬式の時、うちは金銭面で若干揉めた。無論子供1人引き取るというのは大変だし、入院中のち囮のこともある。だからある程度は仕方ないと思っていたし、当時の僕は本当にただのガキだったからどうしようもなかった。
だが、やはり通帳を渡したのは馬鹿だった。
通帳の金銭の引き出しは僕の生活費・学費と妹の入院費を差し引いても凄まじい額が毎月引き出されていた。
迷惑料、と取るには明らかに異常な額。2年間で母の遺産はその半分が消失し、そしてこのペースだと恐らく……。
「……もって、1年」
高校卒業すら出来ない可能性が高い。
笑えない話だが、僕はかみさまに出会わなかったら本当に詰んでいたのだ。
ニコラを筆頭に幼馴染達の身勝手さと、学校や街という監獄、そしてこの家の人間達によって確実に心を壊されていた。
いや僕はまだ良い。僕がどうなろうがそんなことは心底どうでもいい。だがち囮はどうなる? このまま何の気なく母の遺産を消化し続ければ、管に繋がれて寝たきりのち囮は入院すらままならなくなる。それが行き着くところを想像できないわけがない。
ああ、いや、違うな。
「僕たちが死のうが知ったことじゃないか。結局、他人なわけだし」
少しでも期待した2年前の僕が馬鹿だった。誰も頼れなかったからって、わかりやすい『家族』という形に飛びついた僕が馬鹿だった。
家族なんて居なかった。こんな家、しがみついていても何の意味もなかった。僕はなんて愚かだったんだろう。
「……………あー、うん。全部滅ぼせるって思ったら意外と何とも思わない。さて、これからどうするか」
ここで通帳とカードを持ち出すのは簡単だ。だがそれ即ち僕が窃盗犯扱いされる恐れがある。このままだと明らかに内部犯の仕業だし。僕のお金なのにね! おかしいね!
少し悩んで、僕は強硬策を取ることにした。まだこの家から追い出されるのには早い。ち囮の転院だって恐らく身元引受人の叔母の許可が必要だ。現状打つ手がない。
けど、母のお金がこれ以上屑どもによって貪られるのは溜まったもんじゃない。と言うことで一計を案じることにした。
「これ、信仰獲得にも繋がる良い手だしね」
突然だけど、僕は『母の件』もあって基本的に司法や警察には期待していない。マスゴミの次くらいに嫌いである。
だがまぁ、化け物には化け物ぶつけんだよ理論で公権力様には少しでも市民の役に立ってもらうとするか。何の話だよって? まぁ見てればわかる。
公権力様が、『神様』にどこまでやれるか見てみようじゃないか。
◇◆◇
その後私物を全て樹海に運び出すべく再び自転車を漕ぎ、荷物を運び終えた。少し仮眠して起きたら時刻は10:00だった。
ご飯でも食べるか、と思い、再び街に降りた。
北湊にはチェーン店が多い。だが旧市街地にはほぼないので家からパッとファミレスに行くことができないのだ。ので、折角新市街地に出てきたのだから肉食べたい肉。
と、いうことでサイゼに来ました。
テキトーに注文して来るのを待つ。
そう言えばなんだかんだで普通のお肉を食べるのは久々な気がする。滅亡後の北湊ではあんまお肉は食べられなかったし。
うん、そう考えると少しだけ幸せな気分になってきた。ここのところシリアス続きだったから此処らで腹を満たして幸せに……。
「あれー? もしかして、お兄ちゃんー?」
不幸せになりそうな声が聞こえた。ので無視した。
「え、その髪どしたの!? まさか一緒に女装してくれる気になったの!? てかお兄ちゃんまじ美少女じゃん、可愛い服着せたい欲ヤバい! ねーねー! 今からおうちでファッションショーしようよ」
「人違いでーす」
「お兄ちゃんじゃん! ねーねーねー! やーろーおーよー!」
幸先の悪いスタートである。ニコラと海知の次に会いたくない相手に、会ってしまった。君さっきまで家に居たよね? なんでここにいるの?
犀潟ヨハン。一応弟ということになってる僕の従兄弟である。北湊中学の3年生、クソガキ真っ盛りの時期だ。
「これから友達の家で遊ぶんだ! お兄ちゃんも来よ?」
ギギギとヨハンの方を見ると、何やら後ろの方で友人達がコソコソと話していた。友達連れか。
「あの人、ほら、ホモの」
「え、可愛くね? 俺惚れそうなんだけど」
「ヨハンー! その人紹介してくれよー」
「えー、お兄ちゃんとイチャイチャしていいのはヨハンだけだもんっ!」
などと騒がしくなり始めた。ファミレスで騒ぐな中坊め。ていうかもう中等部に噂広まってるのか。
金払って出ようかな。……って、ハンバーグ来たし。食べるか、はぁ。
「お兄ちゃんの席行っていい!? ねーねーねー!」
「来るなクソ従兄弟。僕は数ヶ月ぶりの肉を食べるので忙しい。……見せもんじゃないぞ中坊」
「え、お兄ちゃん口悪……どしたの?」
「本当に静かに食事させてくんない? こっちは挽肉の肉ひとつひとつ噛み締めて幸せを享受したいの。散った散った」
「なんかお兄ちゃんつめたーい」
「ちっ、お兄ちゃんとか2度と呼ぶなクソ従兄弟」
自分でも驚くくらいすらすらと罵倒語が出てきた。今まで溜め込んでたものを吐き出す瞬間、人間はっちゃけるものらしい。
あと犀潟ヨハンはノリがなんとなくかみさまに似てて腹立たしい。僕の信仰する神の真似をするなと言いたい。
「なんだよあの人、噂で聞いてた大人しい感じと違くね? 怖いんだけど……」
「ヨハンめっちゃ嫌われてない?」
「なんか今日は機嫌悪いみたいだねー。それよりこの後お家で王様ゲームしよーよー」
「お、負けたらまた恥ずかしい格好だからな?」
「きゃー、みーくんのえっちー!」
そんなエロゲ展開みたいなゲームしてるのコイツら? 男だけで? てかノリ気持ち悪っ。
どうやらヨハンは中3男子の中の姫らしく、彼らにジュースを持って来させたり口を拭かせてたりとお姫様気取りをしていた。北湊に女子が少ないとはいえその別に可愛くもないあざと男子を姫として仰ぐ必要はないんじゃないでしょうか……。
とにかく、凄く嫌な気持ちになったので決めました。
ーー記念すべき被害者第一号はお前らにしてやる。おめでとう!
気持ちを鎮めつつ、僕は久方ぶりのハンバーグを楽しむのであった。
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