1章18話:2度目の作戦会議
翌日、僕はとある場所へ向かった。悲劇の中心地、北湊病院だ。
病室の扉を開ける時、手が動かなかった。歯がカチカチと音を立て足も震える。それほどあの出来事は僕にとってトラウマになっていた。
大丈夫、きっと大丈夫。
そう念じて、扉を開ける。
「ち囮ッ!」
彼女のシルエットが天井からぶら下がっている、なんてことはなく、いつものように彼女はベッドで眠っていた。
恐る恐るその手を取り脈を図る。
とくん、とくんという感触が伝わり、ここでようやく僕は彼女の生存を確信できて、深く安堵することができた。
「よか、った……。ごめん、ごめんね……守れなくてごめん……今度は、絶対に守るから」
あの時の絶望を忘れない。
僕は絶対にお前を救ってみせる。だから、もう少しだけ待ってて。
病院から出ると、まだ少し肌寒い空気が頬を撫でた。4月の北湊ではまだまだ厚めのパーカーが必要だ。僕はフードを深く被り直し、樹海へと帰る道へ歩き出す。
歩きながら考える。今回僕が病院に来た理由は第一にち囮の生存を確認することだが、副次的に確認できてしまうことがある。それは、これが時間遡行なのかどうかだ。
昨夜、僕は樹海に迷い込んだ日に戻った。確かにあの時かみさまと共に滅亡した北湊にいた筈で、それが全てなかったことになっている。
ならば今この時間軸にはかみさまが神社にいる筈だけど、それはなかった。どこを探してもかみさまは居ない。
かみさまが消えて、僕が山の神になった。
それが示す意味をあまり考えたくはない。
かみさまの言う"ゲーム盤をひっくり返す"が、自身の消滅と引き換えの時間遡行なのだとしたら……。
「貴方の意志を貫徹する、それが貴方への恩の返し方です」
ーー私を、見つけて
あの言葉の意味をストレートに受け止めるのなら、僕はまたかみさまに会うこともできるかもしれない。
僕が北湊を滅ぼしたその未来の先で。
◇◆◇
「はいそういうことで、作戦会議をします」
なんかデジャブ感ある作戦会議。しかし今回は1人ということで、なんか寂しいので笹神幽々火の姿で始めることにしました。
ちなみに笹神幽々火の姿では敬語を使うことにした。僕はかみさまの前だと敬語を使っていたわけだし、その方が慣れてていいと思ったのだ。
さて、笹神幽々火としての活動時に意識することはただ一つ。かみさまによる『神憑り』と同じ現象を引き起こすことだ。
よく知ってる自分の顔なのに自分の顔だと認識させないほど、その一挙手一投足から『犀潟ほの囮』を消し去った圧倒的な演技力。あの時のかみさまは僕の体を使って『かみさま』を演出していた。
更に言えばかみさまはそんな僕の体を使って信仰獲得を目指していたし、実際に僕の体を利用して北湊滅亡工作を行っていた。
ならば、僕も彼女の手段をなぞろう。そうすればかみさまの思考に至るかもしれない。
「まず私の目的は1つ、北湊の滅亡。そのために立ち塞がる敵が色恋の神です。もうメス堕ち回避とかそんなチンケな目標掲げて……いや、こっちも重要ですね。どのみちあのクソ神に負けないって話だし」
元々はメス堕ち回避から始まった作戦会議。もちろん僕からしたらそれも重要なのだけど、もっと重要なのが如何にして色恋の神を撃破するかだ。
今の僕にどれだけ山の神の力が使えるか、という問いに対しての回答は"ほぼ使えない"が正しい。街を樹海で呑み込むなんていうビジョンがまるで見えてこない。
元々かみさまは色恋の神によって力を奪われていた。その色恋の神をぶち殺して完全復活を遂げた結果があの樹海に呑まれた街なのだとすれば、北湊の滅亡を目指す僕にとって当面の目標は、
「色恋の神を殺すこと」
これに尽きる。図らずもあの時のかみさまと同じ結論に至った。
そしてその過程で僕はかみさまを知る必要がある。北湊の滅亡はかみさまに辿り着くための手段であって目的ではないから。だからこれからやるべきことを段階的に分けると以下の通りになる。
①色恋の神と対峙しつつメス堕ちを回避する
②かみさまを知るべく、山の神について知る
③山の神として信仰を獲得する
↓
④信仰を獲得して色恋の神をぶち殺す
⑤完全復活して北湊を滅ぼす
⑥かみさまを見つける
大まかこの流れだ。
①〜③は同時進行、④〜⑥は段階的になるだろう。
やるべきことは多いし、正直よく半年でここまで実現できたなと、かみさまのヤバさを再認識する。彼女は紛れもなく天才だった。
天才でさえ半年かかったこの戦い。恐らく僕なら短く見積もって、1年。
「さて、それじゃあその1年の間に、私はこれからどう動くべきか」
まず最大の問題なんだけど、学校とか家とかどうするか問題。これはまぁ素直に行くべきだ。でないとち囮が殺されてしまう。
あの時の失敗は、やはり樹海に引きこもってしまったこと。その結果人質であったち囮に危害が及ぶことになってしまった。だから普段はニコラ達と共に行動し、向こうの監視の中で活動するべきだ。
だが、ち囮にいつでも手を出せるというのは不味い気もする。
「病院を移さなきゃですね」
これは北湊滅亡のことも考えて必須事項だ。こんな街どうなってもいいけど、ち囮を死なせたくはない。
しかしそんなお金は……まぁ、お母さんの遺産を使えばなんとかはなる。ともかく早めにち囮を人質という立場から逃してやる必要があった。
「あとは山の神への理解と、信仰の獲得ですか。んー、かみさまってどうやって信仰を獲得したのでしょう」
信仰の獲得。これもまた曖昧な単語だけど、要するに山の神の信者を増やせば良いのだろう。
とはいえ僕にそんな新興宗教の教祖的なノウハウはない。出来ることといえば、
「……………ああ、成る程、それで配信」
あるじゃないか、このクソ狭い街でも外の人間から認知を得られる方法が。
滅亡後の生活の中で、かみさまと僕は樹海の中を配信して遊んでいた時期がある。あの時かみさまは配信業をしていた的なことを言っていた。詰まるところ、信仰の獲得に配信という手段を使った可能性は高い。
「うーん、それにはまず機材買わないと。でも資金とかないしな……うーん……あ、良いこと思きました」
ごめんなさいかみさま。貴方の遺産をお借りします。
ということで賽銭箱! 結構入ってる! え、ドロボー? いや僕ここの神だし。
とはいえ入っている銭はすべて古銭なので、どこかの買取業者で換金してもらう必要がある。
あと他にも資金源の確保がしたいし、バイトするべきか。まぁそれが出来るなら僕は今までニコラにアルバイトを邪魔されたりしてないわけだが。いや、待てよ……。笹神幽々火の姿ならバイトは出来るか。といっても身分詐称が入るのでマトモなところでバイトは出来なさそう。ここはちょっと保留。
「そう言えば家帰ってないけど特に問題ないですよね? いっそ樹海に住んでしまいたいんだけどなぁ」
樹海に住むのはまぁ無理だろうな。主にニコラの監視網的に。あくまで一時避難用の秘密基地程度に思っておかなければ。
「そんじゃま、作戦会議終了。各自、樹海のお掃除とか畑の整備とかよろしくお願いします! 解散!」
幽霊達に細かい雑用を指示して解散させる。これだけ樹海一帯に幽霊を配置すれば、変に民間人が入ってくることはないだろう。
よし、僕もあの家に向かうか。
笹神幽々火から犀潟ほの囮へと戻る。つまり山の神と人間を行き来できるので、やはり僕は完全に神になったわけじゃないらしい。
おどろおどろしい装束は消え失せ、笹神幽々火の姿で人間の服装へと戻る。あとは髪を弄ってメカクレにし、長い後ろの髪もポニーテールにして誤魔化す。どこかで伊達メガネも買っていこう。
「うん、僕だ」
鏡にはボブカットくらいのメカクレ不良少女が映っている。僕だ。顔だちは明らかに樹海に行く前より少女の顔になっているけど、髪でなんとか誤魔化せるだろうか。
自転車を回収して街に降りる。
さっき病院に行った時はあまり感じなかっし今でも酷くは感じないけど、憎悪の念がふつふつと内心で湧き上がるのが感覚的にわかる。それでも憎悪に支配されないのは、何かかみさまとの差でもあるのだろうか。
やめやめ、楽しいことを考えよう。先ほどから思っていたけど自転車は良いな。樹海暮らしで体力もついたことだし、明日からの学校はチャリ通学にしよう。
ああそうそう、チャリ通学じゃなかったんだよ4月当初。チャリ持ってるのにって? ご尤も。でもその理由は至極簡単。
いつメンのせいです。
あいつら4人で通学したいからって、チャリ持ってる僕から強制的にその選択肢取り上げやがったんだよね。まぁそんな訳で全く使ってなかったチャリが火を吹く時が来ました。明後日からアイツらを待ってやる必要性皆無だし。
なんて少しでも気が軽くなるようなことを考えていた僕だけど、不意にすんと冷めてチャリをストップさせた。理由は単純、危機察知能力だ。
「ほら入って入って! 外は悪いもん!」
「いやご迷惑になってしまうから……」
「海知くんなら大歓迎よぉ! ほの囮ちゃんはまだ帰ってないから中で待ってましょ!」
家の前でなにやらわちゃわちゃしている連中。
半年ぶりの元親友&偽家族だった。
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