第37話 キャンプに行こう!
絵里奈は、世界地図と日本地図と世界遺産写真集でずっしり重いカバンを持って歩いていた。
駅を出て、サバイバル教室がある文化センターに向かう途中の道で、見覚えのある2人の後ろ姿が目に入った。
リュックを背負った礼王くんと大牙くんだ。2人ならんで少し先を歩いている。
大牙くんが毎日、礼王くんをむかえに来ていたのは知っていたけれど、朝もおくっているとは知らなかった。
地面に落ちているセミか何かを見つけたのか、突然しゃがみこんだ礼王くんのことを、大牙くんは、優しいお兄ちゃんの顔で見守っている。はじめて見る顔だ。
絵里奈は小走りにかけよった。
「礼王くん! 大牙くん。おはよう!」
振り向いた礼王くんは満面の笑顔、そして大牙くんは、バツの悪そうな顔だ。
一緒に文化センターの建物に入ろうとして、大牙くんだけが、立ち止まった。
「じゃあな。礼王。また夕方にむかえにくるから」
礼王くんも、手をふる。
「え? 大牙くんはどこにいくの?」
こたえずに、くるっと体をひるがえして行ってしまった。
横にいる礼王くんに聞いてみた。
「お兄ちゃんはこれからどこにいくの?」
「わかんない」
予想通りの脳天気な答だ。絵里奈は、思い切って大牙くんをおいかけた。
「ねえ! どうせ迎えにくるなら、文化センターで待ってれば?」
絵里奈のよびかけに、早足であるいていた大牙くんは、一瞬だけふりむいた。
「用事があるから」
「そっか……」
絵里奈は、大牙くんの後ろ姿を気にしながら、文化センターにもどった。
セミのヌケガラに興味津々の礼王くんを急かしながら、教室に向かう。
せっかく早く来たのに、もう授業がはじまる時間になってしまった。
今日の授業のテーマは「行きたい場所アピール作戦」。
先生いわく、対人関係を作るには、自己アピールが大切で、そのための練習として、まずは自分の好きなものをアピールしてみるのが効果的なのだそうだ。
最初は好きなシュミアピール作戦からはじまり、すごく盛り上がった好きな食べ物アピール作戦と、いまいちだった好きな本紹介作戦のあとの今回は、応用編だ。
最初の発表者のオサミさんは、昆虫採集にインドネシアに行きたいという。いつもあまりしゃべらないオサミさんが一生懸命話しているのを聞いているうちに、絵里奈は、自分が本当に行きたい場所がどこなのか、わからなくなってきた。昨日の夜、写真集を見ながらいろいろ考えていたのに。
「じゃあ、次は、絵理奈。おまえが今、一番行きたい場所を教えてくれ」
真名子先生に聞かれて、とっさに口から出た場所は、エジプトでもヨーロッパでもなかった。
「あたしが行きたいのは、……那須のキャンプ場」
子どもの頃連れて行ってもらったキャンプ場。白い霧にけむる山道をぬけていくと、小さなキャンプ場がある。じりじりと焼けるように暑い夏にいったのに、キャンプ場の空気は、透き通って涼しかった。
「川で魚をつって、それからテントをはって、ねぶくろで寝るの。そして夕食は、バーベキュー」
お父さんの車で、お母さんと絵里奈と三人で行ったのだった。お父さんはテントをはるのも上手で、火おこしもしてくれた。話しているうちにどんどん思いだしてきた。
「バーベキューの炭はなかなか火が付かなくて大変なんだけど、でも、お魚もお肉もすごくおいしいんだよ。マシュマロを火であぶって食べたり」
「バーベキュー!」
礼王くんが目をキラキラとかがやかせた。
「礼王くんは行ったことある?」
「ない! キャンプ行きたい!」
インドネシアの昆虫採集の話にはいまひとつ興味をしめさなかった礼王くんが、興奮してぴょんぴょん飛びはねている。
絵里奈は首をひねった。
「林間学校でもキャンプに行ったけど……礼王くんの学校はキャンプないの?」
礼王も首をかしげた。
「知らない」
林間学校ではなく、海に行く学校もある。
「じゃあ海?」
「オレ、海行ったことない!」
礼王は、なぜか自慢げだ。
「うそ」
「うそじゃねーもん」
礼王は、口をとがらせた。
隠しもせず、はずかしがりもせず、うそをついているようにも見えない。
「オレは海よりキャンプがいい!」
礼王くんは、不登校というほどではないようだけれど、休みがちで、学校行事にも参加していないことも多いようだった。
考えてみればサバイバル教室のほかの子たちは不登校なんだから、学校のキャンプには行けてないはず。もしかして行けたとしても、あまり楽しい体験じゃなかったのかも。
キャンプ場で、バーベキューの少しこげた肉を、笑い転げながら、お父さんとお母さんと取り合った思い出が、なつかしすぎる。
思わず、絵里奈は提案していた。
「ねえ、みんなでキャンプに行こうよ」
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イジメサバイバル!おれの生徒は絶対死なせない!「ぼくらの未来」 高橋桐矢 @kiriya_t
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