第13話 レアアイテム
今日は拓真のアパートから程近いコンビニエンスストアがオープンする日だ。オープニングセレモニーとして先着100名が抽選会に参加する事が出来る。
小鳥は「500円の買い物チケットを当てたい!」と目を輝かせ、拓真と一緒に福引きくじの行列に並んだ。木製の回転抽選器がガラガラと音を立て、転げ出した白い粒を手に小学生が肉まんの引換券を手渡され喜んでいる。
「はい、小鳥ちゃんの番だよ」
「いや、ここは拓真がお先にどうぞ」
「なんで?普通はレディファーストじゃないの?」
「拓真にドヤ顔されそうだから嫌。拓真はハズレのポケットティッシュでお願いします」
「なに?僕がハズレを引いて小鳥ちゃんがアタリでドヤ顔するの?」
「うん」
「狡(ずる)いよ!」
「ささ、どうぞどうぞ」
拓真はスタッフに”福引くじ参加引換券”を手渡した。小鳥はその姿を横から眺め目を輝かせた。
「ティッシュだよ!」
「もう、なんでそうなるかなぁ」
拓真は回転抽選器の持ち手を軽く握って左に一回まわし、軽い調子で右に振った。転がり出たのは白い粒で、拓真はスタッフから肉まんの引換券を手渡された。
「えっ、レアアイテムじゃん!」
「そうなの?」
「知らないけど、そんな気がする。なんでポケットティッシュじゃないかなぁ!場の空気を読んでよ!」
「肉まんは半分にして食べよう?だから小鳥ちゃんがハズレでポケットティッシュを引いても僕はドヤ顔なんてしないから」
「なんだかもう半分ドヤ顔じゃない?」
「そんな事ないよ」
「そんな事ある!」
小鳥は唾を飲み込みスタッフの顔を見上げた。スタッフも真剣な面持ちで頷いた。持ち手を力強く握った小鳥は、回転抽選器を勢いよく左に五回まわして思い切り右に振った。
「あっ!」
回転抽選器から吐き出された小さな粒は勢い余って受け皿から飛び出し、床の上をコロコロと転がって消えた。小鳥はカウンターから身を乗り出しその行方を目で追った。小さな粒を棚の隙間から掻(か)き出したスタッフは、驚きの表情で立ち上がった。
「え?なに?」
コンビニエンスストアのスタッフは持ち手の付いた重そうな鐘を上下に振り「おめでとうございます!」と声を張り上げ、レジ対応のスタッフも動作を止めて拍手をした。
「え!なに!なに!?」
店内にクラッカーが鳴り響き、イメージキャラクターの着ぐるみが小鳥に駆け寄り花冠(はなかんむり)を頭に乗せた。
「え、なに!?」
その意味が分からず小鳥が左右を見回していると拓真が「小鳥ちゃん、ドヤ顔してもいいよ」と肩を叩いた。転がり出た小さな粒は金色で、壁に貼られたポスターには”温泉旅行一泊二日ペアでご招待!”と書かれていた。
「お、おんせん、温泉旅行」
「ペアだって」
「・・・一泊」
小鳥は店員から特別賞の景品チケットを受け取り深々とお辞儀をした。拓真は肉まんを手渡され、ホクホク顔で放心状態の小鳥の手首を握りコンビニエンスストアの外へと連れ出した。
「はい、肉まん半分こね」
「・・・・・・・・うん」
「あったかくて美味しいね」
「・・・うん、あったかい」
小鳥は肉まんを凝視した。
「肉まんはレアアイテムじゃなかった」
「そうだね」
「ペアだって」
「そうだね」
「拓真、行くよね」
「温泉、行きたいな」
「そうだよね」
小鳥は携帯電話のカレンダーアプリを立ち上げて9月の勤務シフトを確認した。うまい具合に連休前の金曜日が公休だった。
「拓真、9月22日の金曜日って休める?」
「ふぁい?」
「その日、私お休みなの」
「ふぁい」
「有給休暇取れちゃったりする?」
拓真は口元に付いた肉まんの餡(あん)を指で摘みながら小鳥へと向き直った。
「うん、大丈夫だよ。今からなら取れると思う。明日申請してみるね」
「うん、してみて」
その後の小鳥は、心ここに在らずで拓真の部屋に上がってもソワソワと落ち着きがなかった。
「どうしよう、これで今年の運気を使い果たしちゃった様な気がする」
「そんな事ないよ。毎日頑張っている小鳥ちゃんへのご褒美だよ」
「じゃあ、拓真のご褒美は肉まんなの?」
「それはちょっと嫌だな」
「でしょ?」
小鳥は拓真との温泉旅行を楽しみにする反面、戸惑っていた。
(こんな事はなかった)
コンビニエンスストアに行こうと誘って来たのは拓真だった。それが何気なく参加した福引抽選会で特別賞を引当てるなど思いも寄らず、しかもその景品が”温泉旅行一泊二日ペアでご招待!”とは想定外の出来事だった。
前の拓真と初めて夜を共にしたのはクリスマスイブの夜だった。付き合い始めて約半年とその行為に至るまで随分奥手(おくて)な2人だったが、今回の温泉旅行で大幅に流れが変わる可能性が高くなった。
(どうなっちゃうんだろう)
いつもに増して機嫌の良い拓真は、土鍋にコンビニエンスストアのおでんを入れ、コンロの火にかけていた。菜箸(さいばし)で大根を出し汁に浸しながら笑顔で鼻歌を歌っている。余程、一泊二日の温泉旅行が楽しみなのだろう。
「小鳥ちゃん、お皿出して」
「あ、うん」
「お箸と、冷蔵庫にカラシとマヨネーズあるから」
「うん、マヨネーズ美味しいよね」
「ちょっと邪道だけどね」
「マヨネーズは正義」
「小鳥ちゃんはそればっかりだね」
食器棚のガラスに少し不安げな自分の顔が映った。
(駄目だ、駄目、こんな暗い顔をしてちゃ駄目!)
頬をパンパンと叩くと拓真が驚いた顔で振り返った。
「どうしたの、いきなり」
「んんと、福引で温泉旅行が当たるなんて思ってもいなかったから本当かな〜って。ちょっと叩いてみました」
「本当だったでしょ?」
「うん」
「すごいレアアイテムだよね」
「うん、レアアイテム」
拓真は煮えたぎった土鍋の取っ手を指で持ち、「熱い熱い!」と慌てて水道のカランを捻(ひね)っていた。
「失敗しちゃったぷ〜」
そして蛇口に手を差し出し、流水で指先を冷やしながら戯(おど)けてみせている。
「気を付けてよぷ〜」
「分かってるぷ〜」
思わぬ形で転がり込んだレアアイテムで、運命が大きく変わり始めるかもしれない。
眠りの小鳥 雫石しま @mahiruno
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