第50話 鼻がバカになりそうな異臭

 私たち三人――ヨミ、神成、レモネードは〈ザザーシ区・高級住宅街〉へ来ていた。


 高級住宅街は丘の上にあり、ひび割れたアスファルトの坂道をゆっくりと上っていく。夕方というのもあって、日の光が眩しく、目を細めながら進んでいった。


 富裕層が住む家は、高い柵が設置され家の様子がわかるものもあれば、中の様子が分からないように外壁を建てているところもある。


 しかし、柵が捻じ曲げられて人が通れるようになっていたり、外壁にハシゴが立てかけられていたりしている。家主がいないのを良いことに、好き勝手侵入している証拠がそのまま残されていた。


「私たちも、ああいう風に入っていくの?」

「まぁ、そやな。酷いところは車か何か突っ込んで、大穴が空いてるとこもあんで」


 LPTの設定的に、私たちは傭兵として仮想世界の戦争に参加している、という体だったはずだ。これじゃあまるで傭兵なんてカッコイイものではなく、ただの泥棒と変わりない。


 こうした違和感が生まれるのは、LPT運営が「プレイ体験」に重きを置いているからであって、世界観やストーリーは二の次であるからだろう。


 これだけグラフィックや体感に技術を注いでいるのだから、どこかがおざなりになるのはわかる。


 だとしても、一度世界観とストーリーの見直しはしてほしいものだ。


「いつか、この世界の導入とかリメイクされるのかな」

「それはどうでしょう。LPTはどちらかというと……ストーリーを楽しむゲームではありませんから」

「まぁ、それもそうだよね」


 かくいう私もLPTの世界観はうろ覚えだ。金銭面の設定になんらかの追記があってもおかしくない。

 こんな火事場泥棒みたいな傭兵じゃ、雇った側も頭を抱えるだろうから。


「……ん? なんか変なにおいせえへんか?」


 火薬の匂いとはまた違う、何かが焦げたかのような匂いが向かい風に乗って運ばれてきた。目で見えるような煙は上がっていない。


「焦げ臭い」

「爆弾か……? いや、でもそんな音鳴ってへんしなぁ」

「火災でしょうか? 誰かが火炎瓶を投げたとか、放火が趣味な方が荒らしているとか」


 焦げ臭さに紛れて、鼻の奥をツンと刺すような嫌な匂いに気付く。けれどこれは単純なものではない。ただの刺激臭ではなく、肉が焼けていくような匂いも混じっている。


「化学の実験で嗅いだことのあるような臭さもありませんか?」

「わかる、俺も思った」


 私だけの問題ではないと知り、少しだけ安堵する。しかし、正体がわからない以上警戒せざるを得ない。それだけでなく、私の頭の中には最悪の展開も予想されていた。


「この世界、毒ガスみたいな兵器とか武器ってあったっけ?」


 いくら屋外とはいえ、麻痺毒なんて食らってしまったら的同然だ。


「いや……流石にそこまでは無いとは思うけど、俺もアップデート内容全部確認してるわけちゃうしなぁ」


「毒なんて回りくどいやり方をしなくても殺せるがこの世界ですから、そもそも実装しているかどうかが怪しいですね」


「流石に麻痺毒とか即死する毒じゃないといいなぁ、って思ってさ」


「そんな目に見えない毒なんて、屋外で使っても意味ないやろ」


「それもそうなんだよ。だから……どこかの家で誰かが拷問でもされてるのかな」


「……まぁ痛みをリアルに感じられる世界ですから、まぁ……まぁ、まぁ……」


 やけに言葉を濁すレモネードに違和感を覚える。普段ならはっきりとした物言いなのに。


「どうしたの? 別に気を使わなくたっていいんだよ。言いたいこと言いなよ」

「……そういうのが、趣味な方もLPTを楽しまれていると、ネットの記事で読んだので」



 レモネードのいう「そういうの」はきっと、ドMや被虐嗜好を指すのだろう。


 痛みを最大値に設定して、何度も何度も死の痛みを経験して、現実で自分が生きていることに安堵する。実感する。安心する。そんな人もいるらしい。


 まだこの目で見たことは無いが、少なからず私たちも似たところがあるとは思っている。


 私や神成なんかは、痛みの数値をかなり上限に近づけているところがある。そうして生死とは何かをじっくりと思い巡らせる。若干病んでいる節が見えるのはもう仕方がないことだ。そうして痛めつけて自覚していないと、生きた気になれない。


「黙らないでくださいよ」

「ああ、ごめんごめん。色々考えてた」


「仮によ? 拷問で身体焼かれてたとしても、こんな変な匂いがあっちこっちに広がらんやろ。ただ焼かれてるだけじゃなくて、もっとこう……変な感じで、楽しんでるんちゃう?」


 変態爺め、とは口に出さなかった。自分を変態だと認めるようなものだからだ。


「ちょっと、やめてくださいよ」

「クククククッ、悪い悪い、アハハハハッ! わかったわかった。確かめに行きゃあいいんやろ?」


 センシティブな話題になるとむずがゆくなり恥ずかしくなる。それをわかってて人のことを笑うのが神成という男だ。


「金庫も大事やけど、まぁどこの家にも金庫くらいあるわ。匂いの強い方目指して行くで」

「はいはい」

「最初からそうしてくださいよ」


 辺りが段々と暗くなっていく。もうすぐ、戦場の夜が来る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スローライフの化けの皮 ~元プロゲーマー、FPSで銃捨ててゴミ拾いするってよ~ 星部かふぇ @oruka_O-154

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画