第49話 金庫の中は黄金のイチジク
「金庫開け? なんだそれ」
食いついた、と言わんばかりに神成は気だるげな態度から一転、目を輝かせてきた。
「金庫開けはええで~。スリル満点、謎解き要素もあり、報酬もそこそこウマい。金庫開けっていうコンテンツを知ってる奴がそもそも少ないから、競合相手もおらへん!」
意気揚々と語る神成を横目に、私は少し冷めたコーヒーに口をつける。
「それで、その金庫とやらはどこにあるんですか?」
「そりゃあもう家よ。焼け跡とかがわかりやすい。あー、ショッピングモールのそれぞれの店のバックヤードにもあるこたぁ、ある。だからー、マップで言うなら……〈ジャムプラント区〉のスーパーマーケットとか、ショッピングモール。俺がよう行くのは〈ザザーシ区〉の高級住宅街」
「〈ザザーシ区〉……住宅街以外何かありましたっけ」
「んぃいや? あそこはもう金持ちが住む住宅街っていうイメージしかないな。金策ならええけど、CPUは強いし、それ以上に強い野良の敵がおるから」
先ほどから話を聞いているが、その〈ザザーシ区〉とやらの記憶がまるでない。
きっと半年前なら「ああ、あそこね」という反応ができた。しかし、復帰勢からしてみればどれだけのマップ改変があったかもわからない。行ったら行ったで思い出すかもしれないが、その可能性は薄いと見た。
「金庫はほどほどにでかいから、リュックん中には入らへん。リュックん中に入らへんってことはインベントリにも入らへん。つまりや、手で抱えて持って帰らなあかんっちゅーことや。これがまた最高のスリルやねん!」
「両手が塞がるのか、その時点で銃は持てないよね?」
「おん、持たれへん。ヨミにぴったりなサブコンテンツやろ? 持つも持たんも関係ないお前なら」
「最初はイマイチだったけど、それ聞いたらちょっと感動したかも」
ただ自分の「好き」を紹介しているだけなのかと思ったら、ちゃんと私の事情も考慮して勧めてくれていたなんて。見ざる聞かざる言わざるを徹底しているはずの神成にしては、意外だった。
「……お前の琴線はどこにあんのか、ほんまにわからんわ」
神成は半分呆れるような表情で、私から目を逸らした。
「金庫の中には何が入っているんです?」
「っぱ金っしょ。リアルマネーちゃうで、
「かなり貰えるアイテムの幅が広いですね」
その中にリアルマネーへと換金できるアイテムがあるかは不明だが、それはそれとして良い暇つぶしになりそうだ。
「まさしく宝箱みたいだね。RPGとかによくあるやつみたいで面白いじゃん」
「そうなんよそうなんよ! な? おもろいやろ」
「ところで、その金庫とやらはどうやって開けるの? まさかチェーンソーでギギギギギーだなんて言わないよね」
どう説明したものかと神成は少し考えた後、再び話し始めた。
「なんていうか、ミニゲームみたいな感じやねん。ダイヤルをカチカチ回してアタリを探すみたいなのが基本やねんけど、それを右回り左回りって交互に五回やったら開く、みたいな感じ。これはやってみたほうが早いわ」
「そういう金庫ってなんか昔っぽいよね」
「そもそも、あまり金庫を使いませんからね。我々みたいな世代は」
「たまーに電子金庫もあるっちゃあるよ。四桁とか六桁の番号入力するやつ。でもあれ系は近くを探索したら番号のメモとか暗号が見つかったりするから、それは謎解き。ま、最悪チェーンソーとかでガガガッーってやればええんよ」
私たちはこれをさも楽しい遊びだと思っているが、よくよく冷静になって考えてみると、これはただの空き巣であり盗みだ。やはりゲームとなると急に感覚が変わる。
現実なら絶対しないことをこちらでは超カジュアルにやってのけるのだ。
今に始まったことではないとわかっていても、そのことに気づいた瞬間はちょっとシュールで面白い。
「んで? 俺は今から準備していくけど、ヨミらも来る?」
「そうだね。私は行くよ。レモネードは?」
「ワタシも行きますよ。置いて行かないでくださいね」
私たちはそれぞれの部屋に戻って、準備を始めた。
自室の壁にあるコルクボードには、エンパス全員が映った写真と束になったドッグタグが飾ってある。特に意味もなく指先でチャラチャラとドッグタグに触れた後、くるりと反対の方を向いた。
装備や治療アイテムが入った箱を覗き込み、適当なボディアーマーとヘルメットを探し出す。
「あ、服も着替えておかなきゃ」
この至ってシンプルなデザインの私服じゃ戦場には出られない。出たとしても次の瞬間に穴だらけになってしまうのは確定だ。
脱いだ服をクローゼットに投げ入れて、戦場に出るとき用の迷彩柄の服に着替える。ちゃんとエンパスの腕章をつけていることを確認してから、ボディアーマーとヘルメットを装着した。
ふと、「三日目」に貰ったアサルトカービンが目についた。ベッドの横に立てかけてあるが、あの日以降触っていない。
「まぁ、今日も持たなくていいよね」
そう一人で呟いて、私はリビングへと戻り仲間と合流した。
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