第48話 自分たちにとっての朝、午後八時。
リビングの外からガタガタッという物音がして、私は自室へ繋がる扉のほうに目をやった。
「おあよ~」
私服姿の神成が目を擦りながら起きてきたようだった。
オーバーサイズで、薄い水色と薄灰色があしらわれた現代風のデザインパーカーを着ている。その下には適当な黒色のズボンを、足は裸足で水色のスリッパを履いていた。
LPTの世界に寝ぐせなんてものは存在しない。こればかりはメタいが、きっと寝ぐせのヘアパーツまで開発する余裕が無かったんだと思う。相変わらず、水色とオレンジ色のツートンカラーの髪型は整えられ、バシッと決まっていた。
「おはようございます。神成さん」
「おはよ。とは言っても午後八時だけどね」
丁寧に挨拶するレモネードを横目に、私はちょっと悲しい昼夜逆転の現実を突きつける。
「だって昨日朝までやってたんやで? 寝たり飯食ったりしたら、そりゃこんな時間にもなるって」
「ご飯食べるとトイレ以外ゲーム内で過ごしてるくせに」
「別に昼夜逆転してもな、死なへんよ」
それだけが理由なら死なないかもしれないが、昼夜逆転に伴う他の生活習慣病が原因で死ぬことはあるだろう。とはツッコまなかった。きっとそういうのは本人が一番自覚していることだからだ。
……それに、そのままブーメランで自分にも刺さるから、というのもある。
「にしても何してたん? そっちの声がこっちまで聞こえとったんやけど、なに? またイチャついとったん?」
「は、はあああ? 普通に楽しく喋ってただけだよ!」
「別に俺はええよ、青春や青春。好きなようにやってくれ」
変にニマニマとした気持ちの悪い笑みを浮かべるおじさんこと神成を前にし、私は拳を握り親指を下に向けるジェスチャーをする。
「そういう勘違いおっさんが一番面倒臭いこと、自分でわかってる?」
「誰がおっさんやねん! まだ二十八やぞ⁉ おっさんちゃうわ!」
「十歳年下のレモネード! エントリー! ゴー!」
「え、えぇ……。まぁ、そうですね。人の嫌がることを言うのはやめた方が良いと思いますよ」
エンパスの最年長は神成で、最年少はレモネード。二十八歳と十八歳という、おおよそ一回り年下であるレモネードにそんな正論を吐かれたら、ただではすまないだろう。
「……そっすね。はい。すみませ――とでも言ってやめると思ったかワレィ!」
「神成さんだけじゃなくて、ヨミさんもですよ?」
「へ?」
「おらおら、ヨミ助! もう一度言ってみいや! 発言を撤回するまでやめへんぞコラァ!」
神成が啖呵を切ったその瞬間、リビングの扉が勢いよく開き、そこにはトパースが立っていた。
薄いピンクとクリーム色のボーダーのもこもこパジャマを上下で揃えて着て、ウサギ耳のついた可愛らしいスリッパを履いていた。
そのカワイイ装いとは真逆に、トパースの顔は怒りと苛立ちに満ちている。
「うっるさいなあああああああああ! 喧嘩するなら戦場(そと)行けええええええ!」
それだけを言って、トパースは自室へ戻っていった。
「……はわ、こわ」
「トパースの姉御は怒らしたらあかんわ。無理や、怖。般若みたいな顔しとった」
「これ完全にワタシ巻き添えですよね」
味方につけばトパースは親身になって寄り添ってくれる。必ず庇ってくれるし、必ず守ってくれる。
しかし、これが敵に回れば強敵にしかならない。
ああ見えても、読めない部分というか、予測を立てても無駄なことがある。それを破天荒というべきか、気まぐれというべきか、それも彼女の魅力のひとつなのだろう。
「台風の目みたい」
「あーね。言いたいことはわかるわ。じゃあ俺らは常に巻き込まれ続けることになっとるけど」
「実際そうじゃないですか。馬鹿は嵐の夜に出歩きますよ」
「絶妙に否定できひんの、やめて?」
頭の熱が冷めだしたのか、神成は灰色のL字ソファに勢いよくどっしりと座った。そのまま横に倒れて、顔と身体を天井に向ける。インベントリ画面からポンッとハンドスピナーを出現させ、指先で遊びだした。
「また昔の……懐かしいレベルに入るのかな。ジェネギャじゃない? レモネード」
「存在は知ってますよ。何が面白いのかわかりませんけど」
娯楽好きな神成は時々「そんなオモチャ、この世界にあったんだ」と思わせるような物を知らぬ間に持っていたりする。
「ところでヨミさんは、これからどうするんです?」
「これから……これから? そりゃもうスローライフよ。のんびり生きる。それは変わらない」
「具体的には何をするんです? ただ戦場と隠れ家を行き来する生活でスローライフなんて、引きこもりぐらいしかないですよ」
「別に、こんな風に楽しくお喋りするだけでもいいんだけどね。でもまぁやってないことをやりたい。サブクエストとか、サブコンテンツとか……そういうマイナーな部分かなぁ。撃つ以外のことに力を入れたい」
LPTは撃ち合い以外の楽しみも充実している。ただ、皆が皆で撃ち合いを楽しむので注目されていないのが現状だ。
「なら、一番知ってる人が傍にいますよ」
「……え、神成?」
「まぁまぁまぁ娯楽といえば俺やな」
それはそうか、と腑に落ちる。
「神成的に一番面白いと思うサブコンテンツは何?」
神成はぐっと身体を起こし、私の目を見て自信満々に言い放った。
「そりゃあもう――金庫開けやろ!」
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