第47話 ブラックマーケット

 レモネードは彼専用の椅子――他の椅子に比べたら低いような、木製の丸椅子に腰かけた。体重をかけると、歪んでいるせいか、カタカタと音が鳴るようになっている。


 私の一人用の深緑色ソファに比べたら随分と質素だ。クッションもついてなければ、色も塗られておらず、素材そのものの良さが全面に出されている。


「その椅子も結構古いよね、新しいの拾ってこようか?」

「お気遣いありがとうございます。ですが、ワタシはこれがいいのです」


 エンパスの隠れ家にある、リビングやキッチンなどの共有スペースの家具は全てレモネードが用意したものだ。家の事をする人に家具や家電の決定権があるように、この隠れ家の大半の決定権はレモネードにある。


「レモネードの椅子って、クラフトしたやつだっけ? 拾ったやつ?」

「いえ……。これは雪柳さんが私のためにブラックマーケットで買ってきたものです」


 ブラックマーケットとは、LPTの世界に存在する非公式な移動型の闇市場のことだ。現金に換金ができないゲーム内通貨「LGログゴールド」を使って、アイテムの売り買いをすることができる。


 非公式というのは、あくまでプレイヤーが自主的にやっていることを示す。


 LPTの世界には、エンパスのような戦うだけのチームだけでなく、商会チームと言われる物の売買を主としたチームも存在する。その商会チームの中でも三大巨頭と言われている「赤椅子旅団」「もにゅほにゅ」「無限回カンパニー」が主に管理しているのが――ブラックマーケットだ。


「長らく行ってないなぁ。てかそもそも、うちに招待状来てるの?」


 客は基本、チームごとの招待制である。腕章を始めとする、チームを示すものの着用が必須になる。これは秩序を保とうとしない悪者をチームごと追い出すための、連帯責任の精神に則ったルールだ。

 闇市場内で発砲すると問答無用で出禁になる。他にもルールがあるが、公序良俗を守ってればいい。


「招待状……いえ、来てませんね。やはりあの騒動以来、表立って活動をしていなかったので」


 しかし、我々「エンパス」はルール違反をしたわけではないが、それに匹敵するようなデカい爆弾を抱えて爆発させてしまった。当然、招待状も来ないだろう。


「まぁ、消え物扱いか」

「腫れ物の方かもしれませんね」

「どっちにしても招待状が来てないことは変わらないよ」


 炎上の余波は未だに残っている。真実であろうとなかろうと、真っ当な人間は火事場に近づかない。ただならぬ何かがあった場所には近づこうとは思わない。そう、ただそれだけなのに。


「それもまた、物悲しいですね」


「……ロボットなのに感情があるんだ?」


「ないです。ヨミさんの気持ちを代弁しただけです」


「感情を持つロボットだっていてもいいのに。面白いよ? きっと」


 レモネードのロボットロールプレイは奥が深いが、かなり手抜きな部分もある。その部分を含めて彼自身であるからこそ面白いのだけれど、それを本人が自覚しているかはわからない。


「……何の話してたっけ」

「ワタシの椅子の話です」


「ああ、そうだそうだ。思い出の品なんだっけ?」

「そうですよ。あの雪柳さんがワタシの誕生日にくれたんです。大体二年前……くらいですかね」


「『あの』雪柳ねぇ……。だいぶ丸くなったよ。みんな」


 二年も経てば人は何かしら変化する。出会った頃と比べたら気を許し始めてるのは丸分かりだ。露骨な例として出すならば、リアルの話を交え出すとか。



 ぼんやりと考えながら、ふと部屋に目をやった。床の隅に溜まっていたはずの埃が消え去り、ゴミのひとつ床に落ちていないことに気付く。


「なあ、負担になってないか?」

「何がです?」

「……家事、主に掃除」


 一人暮らしの身からしてみれば、家事ほど面倒なものはないと思う。しかし、誰かがやらなければならないことで、その役目をレモネードに押し付けている訳だが。


「好きでやっていることです。知ってますよね? ワタシはあまり戦闘に重きを置いてないのです」

「まぁ、そんなことだろうと、思ったよ」


 多分、レモネードは人に尽くすのが好きなのだろう。


 他者から認められたいだとか、他者のためにありたいとか、そういう善にも偽善にもなりそうな欲求と上手に付き合っているように見える。


「レモネードは大人だなぁ。大学ではちゃんと勉強しろよ? こういう堕落した大人になるから」


「皆さんを大人だと思って接したことはありませんよ」


「ふぁ⁉」


「大切な仲間です」


「ふぁあ……そうか、そう来るか……」

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