第46話 そろそろ本当のスローライフ?

 先日の騒動から一週間程度が経ち、私――ヨミは本調子を取り戻しつつあった。


「レモネード。君の人生に『前回までのあらすじ』を書くとしたら、君はどんなあらすじを書く?」


 私は隠れ家のリビングで、自分専用の深緑色のソファに足を組んで腰掛けている。目線はただキッチンの方にいるレモネードのほうを向く。しかし、壁やら家具やらに邪魔をされ、レモネード本人の姿は見えなかった。


 私の外見はどこからどう見ても少女だった。少女型モデルでこの世界を生きているからだ。


 肩にかかりそうでかからないくらいの長さの黒髪が、雑なハーフアップでまとめられている。透明感のある青色の瞳がキッチンを見つめる。


 この日は暗く薄い青色のトレーナーを着て、丈の短い白色のスカート履いていた。


 ようやくファッションを気にかけるようになったのか、と言われれば否定するしかない。騒動の後、トパースに連れられて隠れ家内で着る私服を何着も選ばされた。その結果がこの「ちょっと綺麗めでシンプルな服装」だったのだ。


「またいきなりですね。色々とおかしい部分があるので正確にはお答えできませんが」


 聞きなれたロボットボイスで返事をされる。


 レモネードはちょっと不思議なプレイヤーだ。どうしてか、ロボットのふりをしてこのLPTの世界を生きている。ロボット風のフルフェイスヘルメットを常に被っていて、その皮膚を見せることは無いが、ゲームの使用上出血はするのであくまでロールプレイなのだろう。


「人生という長いスパンで見るのであれば、『前回のあらすじ』は前世のことでも語ればいいですか?」

「いやいや語れないでしょ」


 無茶ぶりにも答えてくれる、良きエンパスの仲間だ。


「ならば……私がLPTに復帰する前のことでも語ればいいですか?」

「そう、それでよろしく」


 私が言い終えるのとほぼ同時に、レモネードがキッチンから出てきた。


 成人男性型モデル。黒ベース、目や口を想像させる部分が紫色のフルフェイスヘルメット。肌を一切出さず、手袋などを常に身に着けている。全身を黒で統一したようなタートルネックや長ズボン。その上から焦げ茶色のエプロンを着ていた。


「じゃあせめてこれを受け取ってからにしてください」


 レモネードは両手にマグカップを持って、私の元へとやってきた。


「ちゃんとした美味しいコーヒーを作りました。どうぞ」


 ローテーブルの上に置かれたマグカップ。中に入っているコーヒーからは湯気が立ち、特有の香ばしい匂いが鼻の奥まで届く。


「ありがとう……ってまさか、ずっと気にしてたの?」

「どうやら先週は散々なコーヒーばかり飲んでいたようなので」


 別に好きで飲んでいたわけじゃない。ある種のきつけのような、気合を入れるための強烈な刺激として飲んでいただけなのだ。


 それをレモネードは心配して「まさかヨミさんはインスタントコーヒーひとつ作れないのではないか」と、しばらくの間誤解を解くのに大変だったのは先週の話。


「それでわざわざコーヒー豆を探し出し、焙煎のやり方を調べて……最近静かだと思ったら、まさか作り上げてきたとは」


「良い機会になりましたよ。将来なりたい職業にバリスタが追加されそうです」


 マグカップの取っ手を持ち、数回ふぅーっと息を吹きかけて冷ましてから、ようやく口をつけた。


 今まで飲んできたものが散々だったからか、思った以上に薄い。酸味もほどほどで、苦みも楽しめる程度まで抑えられている。このコーヒーはちゃんと液体になっていて、ジャリジャリするような食感も無い。


 これが普通か。普通って美味しいんだな。


「とは言っても『前回のあらすじ』ですか。そうですね、受験生でしたのでほどほどに勉強はしていましたよ。LPTを一度やめるという判断をしたのは、ある程度自分に厳しくしないといけないなと思ったからです」


「親に言われたわけではなく? 自分で決めたの?」

「はい、そうですよ。自分で決めました」


「偉い! 偉いねぇ~。どうしてエンパスにいるのかわからないくらい自律してる」

「ですが、受験したのはそれほど頭の良い大学ではありませんよ」


「共通テストかなんかだっけ。私、大学行ってないから全然わかんないんだよね。今の子は恵まれてるなぁ、なんつって、私と四つしか変わらないか、あはは」


 マグカップをローテーブルに置く。私のは半分ほど減っていたが、レモネードは一口も着けていないのか全く減っていないように思えた。


「ヨミさんは当時、大学に行きたいと思っていましたか?」

「大学はお金が減るばかりで得るものが無いと思ってたから、当時は行きたくなかったかも」

「ぁ……」


 絶句、に近い言葉の詰まり。素直にサラサラと全部話すのはあまりよろしくなかったらしい。

 話すべきことと、話してもいいことと、話してもいいが評価が下がることと、話してはいけないこと。それらを判断するのが、相変わらず苦手だ。


「別に気にしなくていいよ。後悔はしてないから」

「なら、いいのですが……」


 暗く気まずい雰囲気になったところで、私は疑問を投げかけた。


「ところでロボットくんよ、君はいつコーヒーを飲むんだい?」

「ちゃんと飲みますよ。今じゃないだけで」


「どうやって飲むんだ? まさかそのロボット頭を外さずに飲むんじゃないだろうな?」

「ちゃんと飲みますよ。今じゃないだけで」


「ああ……はぐらかされた」


 エンパスの皆と出会って早二年。未だにレモネードの素顔を見たことが無い。

 その都度機会をうかがって垣間見ようとしているのだが、どうにも守りが堅く失敗に終わっている。


「まぁ、いいさ。飲みたいときは言ってね? 反対向いておくから」

「ただ熱いのが苦手なだけですよ」

「なんだそりゃ……」

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