第6話 浅蜊の酒蒸し
週末の賑わいに騒つく店内に先日からほぼ毎日通うようになったフードの男が今日も居酒屋「花結び」に訪れた。
カウンターのいつもの席に向かう傍ら、カウンターに乗せていた砂抜きを終え浅い塩水に浸けていた貝がぴゅっと水を吐き出した。
ビクッと飛び上がらんばかりに肩を跳ね上げた男にアリッサが思わずプッと吹き出したのを睨むような素振りを見せた男がいつもの席に座る。
ガラリと扉が開いて王宮勤めの騎士二人組が入店してきた。
「いらっしゃいませ」
「アリッサちゃんこんばんは」
「今日も可愛いねえ」
軟派な軽口を言いながら二人組がカウンターに目をやる。
「お?アサリじゃないか?女将ぃアサリは何に使うんだ?」
「パエリアとか?パスタ?それとも網焼きにするならもう少し大きい貝がいいな」
顎を撫でながらアサリを吟味する二人組に「酒蒸しにしようかと思っているわ」と熱いおしぼりを出して伝えると不思議そうに首を傾げながらカウンター席に着いた。
「サカムシ?」
「旨いのか?」
「ええ、私は好きよ、ビールにもワインにも清酒にも合うもの」
ふふっとアデルハイドが笑うと騎士二人組は顔を見合わせてそれを注文した。
その様子をジッと見ていたフードの男がカウンターの上部をコツコツと指で叩く、気づいたアデルハイドに顔を伏せたまま指でアサリを指し示す。
「酒蒸しでよろしいの?」
そうアデルハイドが聞けばコクコクと首を縦に振る。
「なんだ?怪しいやつだな」
騎士の一人が彼を見て眉を寄せるがアデルハイドは手で制した。
フライパンに油を敷きニンニクを入れる、ただの酒蒸しならニンニクは使わないのだが肴にするため食欲増進にアデルハイドが好んでニンニクを入れている。
ニンニクの香りが油に移ればしっかり洗ったアサリを入れ酒を振り入れて蓋をする。
良い香りがすぐに立ち昇りカウンターの騎士たちが喉を鳴らす。
二分ほどでパカパカと次々にアサリが開いていく。
貝の口が開けば蓋を取りサッと醤油をかけて小口切りにした葱を加え火から下ろして器に盛る。
味見用に少し避けて騎士二人組とフードの男に酒蒸しを出す。
「おっ!こりゃあ旨いな」
「酒が進むわ、アリッサちゃん生ビールおかわり」
「はぁい」
パクパクと景気良く食べる騎士をフードの男がジッと観察するように見ながら戸惑っているように見えた。
アデルハイドは避けていたアサリを一つ殻ごと摘んでつるりと身を口に運ぶ、同時に貝の旨味がたっぷり出たスープが喉を通っていく。
相変わらず両手を器の前にあげたまま戸惑っている男にアデルハイドは溜息を吐いた。
カウンターから手を伸ばして貝を一つ摘み上げフードの男の口元に近づけた。
「ほら、殿下冷めますわよ」
「え?バレ……あ、いやうん」
オロオロしながら差し出された貝の身をつるっと吸い込み殻をアデルハイドから受け取るとスープもそのまま口に含んだ。
青い眼をまん丸にして貝を噛みしめごくりと飲み込む。
「旨い……」
フードの男の様子に満足そうに笑みを浮かべたアデルハイドは、また接客と調理に戻っていった。
正体がバレながらもそのまま放って置かれたフードの男はアデルハイドの様子を伺っていたが閉店が近づくと渋々席を立った。
「明日も来る」
そう言ったフードの男にアデルハイドが首をコテンと傾けた。
「明日は定休日ですわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます