第5話 茶碗蒸し

 賑わう店内にカラカラと扉を開けて入ってきたのは衛兵隊長だった。

 「いらっしゃいませ」

 アリッサが声を出して迎えると大きな体の後ろからひょこりとフワフワ金髪の小さな淑女が顔を出した。

 「あら、二名さまですか?」

 「あ、うん」

 「おとーさま、ここ?」

 「ああそうだよ」

 ふうんと値踏みをするように店内を見渡していた少女をアリッサが二人掛けのテーブル席に案内する。

 キョロキョロと店内を物珍しそうに見ている少女がカウンターの内側にいるアデルハイドに目を向けた。

 「あなた、どこかでみたことがあるわっ」

 ピシッと指を差した娘に飛び上がって衛兵長が娘を叱りつけようとする。

 「お待ちなさい、私はこの店の女将よ」

 「オカミ?へんななまえね」

 「女将は役職ね、名前はアデルハイド・エリス・トワイライト、トワイライト公爵家の長女ですわ」

 「こうしゃくけ!ええ?」

 驚いた少女が慌てて椅子を降りるとワンピースを掴み拙いカーテシーをした。

 「わ、わたくしはえいへいちょうローガンがむすめ、エリーともうします」

 「あらあら可愛いレディね、ローガン衛兵長ご注文は?」

 クスクスと笑いながらアデルハイドが青ざめているローガンに問う。

 ローガンは首を捻りながら「うーん、なんか子どもにも食べやすくこの店ならではのもので、箸を使わないで食べれるものがあれば」と指を立てた。

 「難しいことを言うわね、そうねえ」

 アデルハイドは冷蔵庫の中を覗き込み暫く考えてからボウルを取り出した。

 

 よく溶いた卵に冷めた出汁を加えて混ぜる。

 卵と出汁の割合は一対三、色々試したアデルハイドだったがこれが一番いい具合になる。

 今日使う出汁は鰹出汁、塩で味を整えたら卵液の出来上がり。

  蓋付きの湯呑に茹でた魚の身を一口大で、百合根、椎茸、筍の水煮を薄く切ったものを入れゆっくり茶漉しで漉しながら卵液を湯呑に流し込んでいく。

 そっと沈まないように三つ葉を乗せて蒸し器の用意をする。

 蒸気を発する蒸し器に卵液と具の入った湯呑をそっと並べて蒸していく。

 蓋をして蒸し器には少し隙間が出来るように箸を噛ませておく。

 温度が高すぎると「す」と呼ばれる穴がたくさん開いて舌触りが悪くなる。

 丁度良い温度で蒸上がれば完成。

 「熱いから気をつけてちょうだい」

 ティースプーンほどの木の小匙を添えてテーブルへアリッサが運ぶとエリーが目を大きく見開いてジッと湯呑を見ている。

 アデルハイドは目で合図を送りアリッサが蓋を取る。

 「まぁ!これはなあに?」

 「茶碗蒸しというのよ、熱いから気をつけてお食べなさい」

 コクと頷いたエリーが匙をそっと入れる。

 ふるっと震えながら匙に取られ湯気を立てるそれをふぅふぅと息を吹きかけ冷ましてから、はふはふと口に入れる。

 出汁の香りが鼻を抜け玉子の甘みが口に広がった。

 「んん!すごくおいしいわ!」

 はふはふと熱さを逃しながら茶碗蒸しをあっという間にに平らげたのを見てアデルハイドはにっこり笑った。


 客は途切れることなく訪れる、目深にフードを被った男が入店するなりアリッサを無視し片手をあげてカウンターの一番目立たない奥に座る。

 どれと言う訳でもなくビールとサラダだけ指差して注文するとただ黙ってそれを口に運ぶ。

 アリッサは首を傾げるが、アデルハイドはチラッとその男に視線を向けただけで直ぐ興味を失ったかのようにカウンター内で注文を捌き出した。

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