第4話 筍天ぷら
どさりとやって来るなりカウンターに大きな荷物を置いたのは、ホールを任せている男爵家四女のアリッサだった。
アリッサの生家は王都からかなり離れた山の麓にある領地を持つ男爵家で、紅茶色の輝くふわふわとした髪にそばかすのある愛くるしい彼女は密かに客からの人気が高い。
いつも笑顔で迎える姿に癒される人も多い。
休日の昼間にそんなアリッサが抱えてきたものを見てアデルハイドは喜色を隠さずに笑みを浮かべた。
「筍です!今朝実家から届いたんですよ」
元々この世界のこの国には筍を食べる文化はなかった。
たまたま父の視察に付き合って立ち寄った男爵領に竹を見つけたアデルハイドが嬉々として筍を男爵領で広めた。
その縁でアリッサは学園進学と同時に居酒屋「花結び」でのホールスタッフになったのだが。
「まあ、立派な筍ね!筍ごはんにお吸い物、煮物もいいわねぇ」
そう言いながら筍の下処理にかかる。
市場から戻った料理人も手伝い下処理を終えると切り分けて多めに煮物を作る。
煮出しは鰹出汁をベースに砂糖塩醤油、鷹の爪を加えて落とし蓋をしてしっかり味が染み込むように煮ていく。
「明日のメインにしましょうね」
そう言いながら筍ごはんを炊き賄いにする。
「筍はそのまま天ぷらにしたものと煮物にした筍を天ぷらにした二種類を一皿にいたしましょう」
「わっ美味しそうですね!」
アデルハイドの提案にワクワクと目を輝かせるアリッサに思わず笑みが溢れる。
「アデルちゃん!」
「いらっしゃいませっうわっあ、あのいらっしゃいませ!」
カラカラと扉を開いて夜の帷と共にやってきたのは国王夫妻。
慌てて挙動不審になっているアリッサの肩を叩いて国王夫妻をカウンター席に案内する。
「今日は暑かったからなぁ、生ビールを頼むよ、君も同じでいいかい?」
仲睦まじい二人にビールを出す。
グイッと片手でジョッキを持ち傾ける陛下を見て両手でジョッキを持ち上げた王妃が生ビールに目を丸くする。
「美味しいわ!それにすごく刺激的ね」
因みにビールは大国を挟んだ向こうにある国の名産品。
コンスタントに取り寄せるより此方で開発出来ないかと公爵領でピルスナーの研究を始め、職人の誘致など尽力すること五年、漸く出来上がったビールは居酒屋「花結び」でしか飲めないビールとして人気だ。
「今日のおススメは筍なんですよ」
「筍か、数年前から出始めた食材だな」
「ええ、彼女、アリッサの生家で今は収穫している男爵領の名物のひとつですわ」
ザルに乗せた筍を見せながら紹介すれば興味津々に覗き込む二人が可愛い。
「じゃあそれを頼む」
「かしこまりましたわ」
そう言って揚げ油を入れた鍋に火を付ける。
水煮の筍と煮物にした筍の水分をしっかり取ると卵とよく冷やした水を混ぜ合わせ振るった薄力粉をさっくり混ぜ合わせる。
箸についた小麦粉をぽたりと油に落として温度を確かめる。
じゅわっと上がってきたのを確認して衣を付けた筍を油に入れて揚げていく。
シュワシュワと弾ける音がカウンターにも届いたのか二人の視線がアデルハイドの手元に集中する。
「さ、揚がりましたわ」
狐色に香ばしくカラリと揚がった天ぷらを紙を敷いたザルに乗せて出汁醤油に大根おろし、抹茶塩を添えて二人の前に置いた。
「これはどちらを付ければいいのかしら?」
「どちらでもお好みで」
そう伝えれば少しずつ味見をしてサクッと気味良い音を立てながら二人が天ぷらを頬張る。
「まあ、こちらは味が染みて美味しいわぁ!白いこのダイコンオロシ?が凄く合うじゃない」
「ふむ、噛むほどにじゅわりと旨味が滲み出て来る」
絶賛しながらビールを飲んだ上機嫌の二人が帰ると、肩から力を抜いて「はぁ」と溜息を吐いたアリッサが冷や汗を拭いている。
「お、美味しくないって言われたらどうしようかと」
「そんな訳ないじゃないの、もっと自信を持ちなさいな」
ピシピシと扇子を手に叩きながらそう言うと、アリッサはへらりと笑って「そうですね!自信を持たないと勧められませんし!」と拳を握っていた。
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