第3話 つみれ汁
学園では何やらヒロインを中心に騒ぎがよく起こっているらしい。
小競り合いなども頻繁に起こしているらしく、学園長からどうにかして欲しいと相談を受けたアデルハイドだったが「知りませんよ、そんなこと、ご自分たちのお仕事ではありませんの?」と言い捨てて授業が終わるなり自身の経営する居酒屋「花結び」の裏口の扉を開いた。
「あら、これは鰯かしら」
「女将お帰りなさい、かなりの水揚げがあったらしく先程安価で仕入れてきました」
居酒屋の料理人であるハノイは東方の島国醤油を見つけた国の料理人。
自国の食文化を大陸に広めたいとアデルハイドの居酒屋立ち上げから協力をしてくれている。
黒髪焦茶の瞳は元日本人のアデルハイドに安心感を与えた、ただ既に髪には白いものが混じり父より歳上らしい貫禄もある。
「鰯ですか、うーん南蛮漬けも良いけど」
アデルハイドは窓の外を見る。
どんよりと厚い灰色の雲からポツポツと雨が降りだしていた。
雨が降れば来店が難しくなるお忍び組の姿は見えないが、代わりに衛兵や騎士の来店が増える。
夕飯に間に合わない寮住まいの独身騎士や衛兵が帰寮するまでに雨を避けて来店する為だったりする。
ガラリと扉が開いて二人の衛兵が「よっ」と片手をあげながら入店してきた。
「ううっさむっ」
「アツカン頼むよ」
震えながらカウンター席に座った二人にお通しを出し熱燗を準備する。
「今日の汁物は何?」
「ああ、先ず熱いのを腹に入れたいね」
衛兵の二人が相変わらず寒がりながら注文する。
春といえどまだ夏には程遠く雨が降れば冷たく底冷えがする。
アデルハイドは用意していたつみれを取り出した。
鰯の皮を剥ぎ骨とワタを丁寧に取り水気を取って細かくなるまで包丁で叩いていく、食感を残す荒目に叩いたものと細かく叩いたものを合わせて塩を加えてしっかり練っていく。
そこにおろした生姜を絞った生姜汁と卵白を加えて混ぜ合わせ鍋にたっぷり沸かした湯に一口大にしたつみれを落として茹でておいたものだ。
「今日はすまし汁にしましたの」
鰹出汁をベースに味を整えたすまし汁を温めたつみれを入れた腕に注ぐ。
予め扇にカットした人参と茹でた絹さやを添えて白髪ネギを盛り付けカウンターに座る二人に出した。
「魚か?旨いな」
「こりゃあ温ったまるわ」
手慣れた風に箸を使いつみれを摘みあげてはふはふと頬張る姿に思わずアデルハイドの頬がゆるむ。
「そういやぁ女将の学園大変らしいな」
「そうなんですの?」
「妹が言ってたが、なんでも平民あがりの男爵家の令嬢が随分と幅を利かせてるらしいじゃないか、あっちこっち高位貴族の令息に粉をかけてるって下位貴族の令嬢の中ではかなりの話題らしい」
そう言いながら熱燗を入れた徳利からお猪口に酒を注ぐのは黄色の強い金髪の男爵家の四男である衛兵。
隣に座る茶髪に青い目をした衛兵はその腕から近く城内勤務になるのでは?と噂される伯爵家の五男だ。
まあ貴族とは言え他に爵位を持たない家の嫡子以外は騎士爵位を取るか実績をあげて一代爵位を取るかぐらいしなければ最終的には平民と変わらない扱いになる。
彼ら衛兵も城内勤務になれば騎士爵位が得られる。
そうなれば一代とは言え形の上では貴族として扱われる。
要するに現状この二人は平民と変わらないのだ。
そんな衛兵のうち金髪の方が心配そうにアデルハイドに目を向けた。
「女将も婚約者が目をつけられないように気をつけなよ?」
「ってもその令嬢、狙いは第三王子だって専らの噂らしいぞ」
アデルハイドの婚約者が第三王子であることはそれなりに有名だ。
現状学園に通う年頃の王子が第三王子だけということもあり話題の中心になりやすい。
そして居酒屋のもう一つの顔はこの生きた情報を仕入れることが出来ること。
下賎な噂だとしてもそこに真実に繋がる小さな種子が隠れていることも多い。
学園の噂話も普段付き合いのある高位貴族の令嬢から聞く話と下位貴族の噂話は違うことが多い。
「まあ、怖いですわねぇ」
「女将が万が一、王子から捨てられでもしたら俺もチャンスあるかねえ」
「あるわけないだろ!いくら城下の姉ちゃんにモテてもお前は男爵家だろ、女将は公爵令嬢なんだぞ!」
そのうち二人の話は脱線してほろ酔いのまま二人だけの会話へと移っていく。
アデルハイドは最初こそヒロインについて考えていたが、店に客が増える頃にはすっかりヒロインの狙いが婚約者である第三王子だということを忘れ去っていた。
そして思い出すこともなかった。
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