第2話 揚げ出し豆腐

 今日も今日とて学園終わりに颯爽とこの国には本来ないはずの着物に着替えて裏口から店に入る。

 居酒屋「花結び」は店名を乙女ゲームのタイトルに準えて付けたもの。

 各家門毎に家の花がある設定のこの乙女ゲームはイベントスチルの背景に攻略対象の花が舞う。

 主人公であるヒロインの花はチューリップだった。

 攻略対象に合わせてエンディングではチューリップの花の色が相手の家門花の色に変わる。

 例えば王家のエーデルワイスであれば白いチューリップとエーデルワイスがこれみよがしに背景やエフェクトに使われ、その中心に二人の幸せそうな笑顔が描かれている。

 まあ、そんなものはどうでもいいのだが。

 乙女ゲームのタイトルはフラワーガーデンという安直なタイトルでそのまま使うには居酒屋として似合わない、その為因んだ名前を付けたが別に乙女ゲームに思い入れもないため「まあそんなもの」ぐらいの気持ちでアデルハイドは流している。

 

 開店と同時に開いた扉からほっかむりをした不審な女性が入店してきた。

 「い、いらっしゃいませ、お一人でしょうか」

 アリッサが戸惑いがちに声をかけると慌てたように何度も首肯してカウンターに案内された。

 「はい、お通し」

 アデルハイドが昼に料理人が仕込んだ胡瓜とワカメの酢の物の入った小鉢を出す。

 「あ、あの、これはどうやって食べるのかしら?」

 箸に馴染みがないのだろうほっかむりの女性がオロオロとしながらアデルハイドに視線を向けた。

 その顔を見るなりアデルハイドが固まる。

 「え、王妃殿下?」

 「あら、バレてしまいましたわ」

 ほっかむりを脱いで扇子を取り出しクスクスと笑う王妃がカウンターで照れたように顔を隠す。

 「陛下がコソコソしているのは知っていたのだけど、ね」

 と、暗に調査のため王家の暗部を使ったのを手振りで表してから改めて箸の使い方を聞く。

 「難しいのね」

 苦戦している王妃に「少しお待ちください」とアデルハイドは冷蔵庫を開く。

 電気の代わりに魔石を使う冷蔵庫はまだ高級品、ただこれを開発したのがアデルハイドの商会なだけに最新の冷蔵庫が置かれている。

 冷蔵庫から木綿豆腐を取り出し、カットする。

 水気を布巾で取り小麦粉を敷いたバットに並べて多めの小麦粉を満遍なくまぶした後丁寧に余分な小麦粉を叩き落とす。

 その手際を「まあまあ凄いのね」とウットリ見る王妃に笑みを返して鍋に入れた出汁に醤油と砂糖、酒を加えてゆっくり温めていく。

 あまり高くない温度に温めたたっぷりの油でじっくりきつね色になるまであげると油を切って器に盛った。

 大根おろしに小口切りにした葱を乗せてすりおろした生姜を加えて揚げた豆腐に乗せる。

 温めていた出汁に水で溶いた片栗粉を流し入れかき混ぜとろみをつけて器にサイドからゆっくり出汁を注ぐ。

 「匙でどうぞ」

 楕円の木匙を添えて器を王妃の前に置いた。

 「まあ、とっても不思議な見た目ね」

 合わせて辛口の冷酒をカウンターに置いて王妃の反応をアデルハイドがそれとなく観察する。

 匙を器用に使い揚げた豆腐と薬味をバランスよく口に運んだ王妃の目が丸くなる。

 「ふわふわとして何とも言えない優しい味にトロリとしたスープがいいわね、これはジンジャーかしら?お腹がホカホカするわ」

 頬に手を当て「んー」と感嘆の声をあげる。

 差し出された冷酒をちびりと口に運ぶと更に声をあげた。

 「このお料理はなに?」

 「揚げ出し豆腐です、そちらのアルコールは米から作ったものです」

 「すごく美味しいわ!陛下は狡いですね、一人だけこんな美味しいものを食べて」

 少し不貞腐れて見せてからアデルハイドに笑みを向ける。

 カラカラと扉が開いて「いらっしゃいませ!」とアリッサの声がした。

 「え?」

 「あら、陛下ではないですか」

 「お、お前何……?」

 クスクスと笑いながら手招きする王妃の隣にラフな服装の陛下が座った。

 「うむ、これは豆腐か?」

 「アゲダシドウフと言うらしいですわ」

 陛下が王妃の前にある器を見て少し考えてから冷奴と冷酒を注文した。

 「これもトウフなんだ」

 陛下は器用に箸を使い一口大の豆腐を持ち上げ王妃の口元へ運ぶ、少し躊躇いながらもぱくりと口に入れた王妃が驚きに目を丸くする。

 その後は楽しげに過ごして二人で立ち上がり会計に向かった。

 「そうだ、アデルちゃん、あの子とはどうなのかしら」

 王妃がほっかむりを被りながらアデルハイドに問いかけた。

 どうなのか、どうともしないのだがと小首を傾げる。

 「色々なお話を聞くのだけど」

 そういえば学園で最近は顔を合わせていない。

 「さあ、最近はお会いしませんね」

 「そうなの?」

 「ええ、学園が終われば私も此方に真っ直ぐに向かうので、あれ?でも同じクラスなのに会わないのはおかしいのかしら」

 言われるまで気付かないアデルハイドに王妃が微妙な笑みを浮かべた。

 「まあ、私からも注意しておきますわ」

 「あ、いえ面倒……お手を煩わせることでは」

 つい気が緩んで本音を漏らしかけて慌てて取り繕うが恐らくバレてはいるのだろう。

 微妙な笑みのまま会計を済ませた二人が帰って行った。

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