転生悪役令嬢の居酒屋
竜胆
第1話 鶏皮ポン酢
「いらっしゃいませー」
ホールスタッフを任せている男爵家の四女、アリッサが明るいこえで来客を迎える。
「一名様ですね、カウンターで宜しいでしょうか」
「うんうん、カウンターでいいよ」
優しげな声でにへらと笑うのはこの国の騎士団長であるハイライト伯爵だ。
アリッサに案内されてカウンターに座ったハイライト騎士団長にお冷とお通しを出しながら「いらっしゃいませ」と公爵令嬢であるアデルハイドがカウンターの内側から声をかける。
「アデルちゃん、今日のお通しはなんだい?」
「今日は鶏皮ポン酢ですわ、ハイライト騎士団長さま」
この国には無かった文化である箸を器用に使い「生中ひとつ」と頼んだハイライト騎士団長がお通しの小鉢に箸を伸ばす。
パリッと小気味良い音を立てて「んんっ」と思わず声を上げた騎士団長がアリッサの運んできた生ビールをくいっと飲み口髭に白い泡を残して「ぷはぁ」と息を吐く。
「いいねえ、カリカリに揚げた鶏皮に酸味と出汁の効いたポン酢、それにこの辛味は……もみじおろしかい?噛むほどに旨味が広がって、生ビールのサッパリした苦味が尚旨く感じるよ」
機嫌良く箸を進めて店内をぐるりと見渡す。
「今日のおススメはなんだい?」
「今日は串焼きですわね」
ふふふと笑って追加のビールを出せばまた旨そうに騎士団長がジョッキを呷る。
トワイライト公爵家長女であるアデルハイドは所謂転生者だ。
元の世界で黒髪焦茶の瞳という目立つところの無かった彼女も今は銀糸のさらさらと流れる絹のような髪に切長の瞳は赤い。
異世界転生など漫画やラノベの世界でしかない筈が、はたと其れに気付いたのは彼女が十二歳の頃。
婚約者の第三王子フェリクスと取っ組み合いの喧嘩をした夜のことだった。
納得がいかなかった。
転生したのが妹と遊んだ乙女ゲームの悪役令嬢だったことがではない。
長年夢だった居酒屋オーナーとしてオープン前日、過労死した過去の悔いが襲いかかった。
幼い頃から祖父や父の酒の肴を少し貰うのが好きだった。
特別に用意された肴はどれも普段の食卓にあがるには癖のあるものが多く、その特別な肴に傾倒していった。
軈て社会人になり居酒屋に自分で行くようになると益々のめり込んでいった、食べ歩きするように新しい居酒屋がオープンすれば時間を作っては通い、趣味が講じて居酒屋を自分で経営しようと奮起するまで時間はかからなかった。
漸く夢が叶うその前日、オープン前の店内で倒れた記憶が最後になった。
記憶が戻ったその日からアデルハイドはこの新しい生を受けた世界で居酒屋を立ち上げるために奔走した。
先ず調味料の調達、これには苦労した。
探しに探して東方にある小さな島国で醤油と味噌を見つけた時には感動が押し寄せた。
海沿いの漁村と契約し出汁のための昆布や鰹節を作る商会を起こした。
幸いにも食材は前の世界と変わらない名称だったことから、居酒屋で必要となる炭焼きの道具や焜炉、鍋やフライパンに竹串など様々なものを作るうち、商会はアデルハイドがこの世界で成人となる十五歳の頃にはすっかり大手になり王都で屈指の商会になっていた。
これ幸いと商会を隠れ蓑に居酒屋を立ち上げたのはアデルハイドが十六歳の頃。
貴族の子息女が通う学園との往復を考え、平民の出入りしない貴族街の一角に出した居酒屋は今や隠れ家的な人気を博している。
騎士団長始め、宰相や父である財務大臣、更にはお忍びで国王陛下までが来る居酒屋ですっかり女将さんに収まっているアデルハイドは今日ものんびりとグラスを片手に新しいメニューを考えながらカウンター越しの会話を楽しんでいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます