夏休みの宿題とヤクザの死体を片付けたら、コンビニでアイス買って2人で食べよう
広河長綺
第1話
勉強のスケジュールだとか、友達からのラインとか、全て気にしない。「どんなことがあっても食欲睡眠欲に逆らわない!」というのが、鈴木紅葉のモットーだ。
当然、学校から渡されたテキストを進めることなどできるはずもなく、夏休みもあと数日で終わるという今になっても、夏休みの宿題は1ページも進んでいないのだった。
ーー紅葉ちゃん、どうせ宿題全くやってないでしょ?数学の演習を教えてあげるから、今日の昼に紅葉の家に行くからね
紅葉が朝起きて、スマホを見ると親友の
お言葉に甘えて、七夏と勉強会したいのはやまやまだったが、2つ問題があった。
1つはついさっき、数秒前に防犯ブザーが鳴っていて、紅葉しかいない今のタイミングで、どうやら自宅に侵入者が入ってきているらしいということ。
2つめの問題は、とても眠いということだ。現在の時刻は午前10時。夏休みの生活リズムになっている紅葉にとって、午前10時は早朝だ。
2つの問題を比較したとき、紅葉は自身が何をすべきか迷わなかった。すなわち、寝ることにしたのだ。
睡眠は何よりも優先すべきタスク。
当たり前のことだ。だが、今日はいつまでも寝るというわけにいかない。そのうち侵入者がこの部屋にくるだろうし、七夏ちゃんも来るだろう。
紅葉は久しぶりに目覚まし時計を使うことにした。今から10分後になるようにセットして、枕元から遠く離れた位置に置く。
目覚めが悪い紅葉が寝ぼけ眼で目覚ましアラームを止めないようにするためだ。
そうやってしっかり準備したうえで、紅葉はベッドに倒れこんで目を閉じた。
紅葉が眠りについて数分後に、ついに侵入者が紅葉の寝室に到達した。
紅葉の家に乗り込んできたのは、ヤクザに雇われた殺し屋の
「ヤクザ殺し」と呼ばれ恐れられているヤクザだけを狙う連続殺人犯の、所在がついに判明したとのことで、田口組から常行に依頼がきたのだった。
田口組が指定した住所の家の窓を割り、言われるがままに2階東側の部屋を目指したが、来てみると拍子抜けだった。護衛もいないし、侵入者を攻撃する罠もない。
何の困難もなく佐藤常行が寝室にたどり着き、ベッドを覗き込んだ時、紅葉はすでに熟睡していた。ここまでくるともう、油断とかそういう次元じゃない。あまりにも無防備すぎる。
とりあえず紅葉の寝顔を観察してみたが、常行の目には、あどけない少女にしか見えなかった。田口組のゲットした情報とやらが、疑わしい。
常行だってプロだ。呼吸のリズムを観察することで寝たフリを見抜く訓練をうけている。だからこそ、紅葉が本気で昼寝していることがわかってしまう。
百歩譲って女子高生の殺し屋がいたとして、敵の前で寝るとは思えない。もしかして、この睡眠中の少女はおとりで、ヤクザ殺しはこの部屋の別の位置にいるのではないか。
疑念が常行の胸の中で膨らむ。
そもそもこの部屋自体、何の変哲もない子ども部屋に見えたが、敵をおびき寄せベッドの少女に視線を誘導するためだけに作られた罠のようにも思えてくる。
勉強机の下。本棚の裏。クローゼットの中。
見渡せば、寝ている少女に気を取られている者の背後をとれる隠れ場所が、この部屋にはたくさんある。
常行が、周囲に目を光らせ始めた時、背後から「よし。罠にかかったわね」という声とともに、カチャンという軽い金属音が聞こえた。
銃に弾を装填する音。
やはり罠だったかという思いとともに銃を構えて振り返り、音がした方を見た常行の目には、目覚まし時計がうつった。常行の耳が、銃の音が来た方向を間違えるはずがない。
つまり、本当にさっき聞いた音は全て、目覚まし時計のアラームなのだった。
慌ててベッドの方へ向き直る頃には、毎朝きいている「声と銃の装弾音」のアラーム音をきいた紅葉が、昼寝を終えて起床していた。
布団の下には、念のため毎日置いているセミオート拳銃があったのだが、あえて布団の外に出さずそのまま上に向けて撃つ。
布団を下から貫通した銃弾が、中の羽毛を上方へ吹き飛ばす。水しぶきのように舞う白い羽。
その白い羽たちを煙幕のように使って紅葉は常行の銃弾をかわした。ベッドから床に移動する。そして反撃。この時紅葉は、銃身を横に倒して撃った。これにより発砲の反動で銃身が左右にぶれて銃弾が左右に散らばった。
銃弾の軌道を読んで避けようとしていた常行は完全に裏をかかれてしまい、肩に被弾した。
数秒間撃ち合っているだけで、常行は完全に劣勢になっていた。本棚の後ろに逃げ込む彼の背中を紅葉が撃った追撃の銃弾がかすめる。
もちろん、ただ逃げているだけの無策ではない。
背中を向けて逃げているとき、自身の体により、紅葉から見えない死角が常行の体前方にできる。そのエリア内でポケットから小型TNT爆弾を取り出し、スイッチを押してポケットに戻した。
これが常行の、絶対の自信がある最後の策だった。
確かにこの紅葉とかいう少女は、戦闘の天才なのだろう。だが、自爆して相手を道連れに死のうとするというような男らしい覚悟はないだろうから、相手がそんなことをしてくるなんて予想すらできない。
紅葉が予想できない爆弾を、常行は死角の中だけで操作した。どれほど手練れでも、予想外の爆弾が死角から来たら避けられない。
常行は爆弾を抱えたまま、本棚の裏から飛び出し、紅葉に向かって駆けだした。
その瞬間。右から、常行の足元に黒い数センチほどの箱が飛んできた。
さっき常行が触っていたのと同じ兵器。小型TNT爆弾。
紅葉以外の誰かが爆弾を投げてくるなんて予想外だし、紅葉に向かって走ろうとしていた常行にとって、右側は死角だ。
予想外の爆弾が死角からきたら対応できない。
常行は足元の爆弾から逃げるアクションを取れず、爆風をもろに受けて、体が左に吹き飛ばされた。それから常行自身が仕掛けた爆弾が爆発し、死体も残らないレベルで吹き飛んだ。
紅葉の生命に影響しない形で。
「ふー」紅葉は座り込んだ。「自爆攻撃食らうところだった―。七夏ちゃんありがとー」
「どういたしまして」と言いながら、横から爆弾を投げ込むナイスアシストをした七夏が部屋に入ってきた。
「それにしても、七夏ちゃん、何でこの時間に来たの?ラインには昼からって」
「嫌な予感したから」
「すご。さすが七夏ちゃん・・・、あと今殺した奴って、先週私たちがヤクザ殺した事への報復かな」
「さぁねぇ。そんなこと考えるより」七夏はカバンから計算ドリルを取り出した。「今は、夏休みの宿題終わらせよう」
「了解」紅葉は敬礼した。
「夏休みの宿題とヤクザの死体を片付けたら、コンビニでアイス買って2人で食べよう」と七夏は提案した。
紅葉は大きくうなずく。宿題へのモチベーションが突然湧いてきた。寝ている時間が大好きな紅葉にとって、起きてて良かったと思えるのは、七夏と遊んでいる時間だけだから。
夏休みの宿題とヤクザの死体を片付けたら、コンビニでアイス買って2人で食べよう 広河長綺 @hirokawanagaki
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