第14話 勉強会で言えない⑧
「うーん……」
「…………あの、先生、あたしもう行っていい……」
「お?それが反省文を提出に来た不良生徒の態度か?」
「すみません……」
図書室前での一件から二日後、金曜の昼休み。あたしは
あの日のことは表向き「
それで情報が錯綜しているからか、今のところいじめの被害はない。来週からはテスト前で、再来週は一週間テストだから……このままうやむやになっていくのかもしれない。なったらいいな。なればいいのに。
「オカミン」
「……あ、はい」
「ふと思ったんだが、これからの時代、反省文も電子で書かせるべきじゃないか?電書になれちまった先生の目にはどうにもこの紙切れに並ぶ鉛筆書きの文字が愛おしく思えてならない」
「はあ……」
先生ってアナログペンシル愛好家だったんだ。なんかきも……気を良くすることができないな。
「よし、決めた。本当ならお前にはさらに放課後の清掃業者さんのお仕事見学や担任指定図書の読書感想文なんかも課されるところだったんだが。条件付きで免除しよう」
「えっ、ありがとうございます。あ……、その、条件って?」
アナペンで「愛」の字を百回書き取りとか言われたらどうしよう。新手のハラスメントで教育委員会に訴えれないかな……。
「簡単だ。実はお前以外にもウチのクラスにはもう一人不良少女がいてな」
え、まさかジュリをどうにかしろって話じゃないよね。
「そいつは昼休みに立ち入り禁止の屋上にこっそり忍び込んで昼飯を食っている」
よかった、ジュリはそんなことしない……。
「
「え゛ぇ゛っ!?」
えっ、ええ??西降さん!?屋上、あそっか、屋上で食べてたからどこを探しても見つからなかったのか……。
「かわいそうだからあいつと一緒に飯を食ってやってくれ」
「ぇええええっ!?」
「それが『図書室利用者への迷惑行為補填のための生徒指導課題第二及び第三』を免除する条件だ。わかったか?」
脳がバグる。なに、いまなんて??西降さんが屋上で食べてて、西降さんと一緒にお昼で、そしたら課題も免除??
「課題は代わりに先生がやっておく」
「いらん情報で余計に混乱させるのやめてください」
いい歳した教師が清掃業者の仕事見学して自分が選んだ本の読書感想文書くってなに。
じゃなくて。落ち着け。冷静になれ。
ちゃんと整理して考えてつまりこれはよしわかった。
「屋上で西降さんとお昼を食べれば課題は免除ってことですか?」
「そうだっつってんだろ」
「でも屋上って許可のある部活とか委員会じゃないと入っちゃダメなんですよね?」
「先生が許可を出す」
そう言って先生はいつも着てるポケットだらけのベストから板状の鍵を取り出した。あたしの前に持ってきて、あたしが反射的に手のひらを上にして差し出すとぱっと離して渡す。「屋上」と書かれた名札が付いている。
「期間はお前が十分反省できるまで。あくまで課題の代わりだからな、真面目に取り組むように。終わったら鍵は返してくれ」
「ありがとうございます……。でもこれいいんですか、コンプラとか、色々……」
「他所じゃ一発で炎上する案件だからSNSで呟いたりするなよ」
「わかりました……」
「わかったらさっさと行け。とわち食べ終わっちまうぞ」
しっしっとジェスチャーで促され職員室を後にする。
ああもう、いいや。考えるのはやめ!
むにことは話をつけて、姫子たちはまだ動きが無い。西降さんのお昼の所在がわかって、先生から公認ももらった。
なにも心配することなんてない。早く行こう。屋上に、あの子のところに!
◇
「………………はぁ」
「溜息?どしたの?」
「きゃあああっあだっ!」
「あああごめんごめん!あたし!大上芽衣!ごめん急に話しかけて。ぶつけた?大丈夫?」
「いっ……痛いわけがないわ、こんな鉄の棒にぶつかったくらいで」
「鉄の棒はぶつかったら痛いよ普通。あー、ここ、パネルが風よけになってくれるけど、周りが全然見えなくなるねー」
「それよりあなた、どうしてここにいるの。屋上は許可のある生徒以外立ち入り禁止って知らない?」
「ふふ、何を隠そう、あたしこそは許可のある生徒……ほら鍵」
「……そう。それで、許可のない生徒であるわたしを摘まみだしに来たというわけ」
「いやいや。むしろ逆というか。一緒にお昼食べに来たの。西降さんもう食べちゃった?」
「まだだけれど。……わたしと、一緒に食べるために、許可を取ってきた、……とでも言うのかしら」
「んー、ちょっと順序が違うかな。あたし一昨日の放課後ちょっとやらかして、先生に反省課題出されたんだけど、それを免除する代わりに屋上の西降さんと一緒に昼食摂ってあげてって言われたの」
「は?……へえ。先生に言われたから来たのね」
「うん。先生っていう公の人からタイギメーブンをもらってきたよ。月曜は西降さんをクラスのいざこざに巻き込むかもって思って誘えなかったからさ、こういう言い訳があれば堂々と会える!ほんと感謝だよ」
「……そ、そうなの。ふーん」
「ね、とわちって呼んでいい?」
「はぁ!?」
「あ……ごめん、「にしふりさん」ってずっと呼んでたらちょっと長くて疲れてきちゃって……、とわちの方がやっぱりかわいいと思うし……、まあイヤなら全然大丈夫なんだけど」
「し、知らないわよどうでもいいわ!呼びたいように勝手に呼べばいいじゃないあなた得意なんでしょそういうの!」
「おおう……じゃあさっそく。とわちはどんなお昼ご飯食べてるの?あたしはコンビニ飯なんだけど、今日はちょっと奮発してローストビーフサンドにしたんだー」
「ふん、幸せ者ね、昼食ひとつでニコニコと。何がそんなに面白いのかしら。わたしにはわからないわ」
「えっ!?とわちのお弁当すごい綺麗!え、なにこれフルコース?すっっっごい!!」
「これは、親が勝手に、こんなのいつもと同じよ大したものじゃないわ何をはしゃいでいるのみっともないわよ落ち着いてほしいものだわ」
「いつもこうなの!?とわち、それってすごいことだよ。正直羨ましい。これから毎食写真撮ってあたしに送ってくれない?」
「何が嬉しいのよそれ。写真で腹は膨れないでしょう?」
「美味しそうな料理は見るだけで心が満たされるじゃん?」
「……そうなの。じゃあ」
深い青色のお弁当の蓋、その上に一口サイズの柔らかそうなステーキが置かれる。
「…………食べなさい。見るだけで満足なんて言ってた自分を恥に思わせてあげる」
蓋ごとあたしの方に差し出された。
ああ、嬉しい。楽しい。心地いい。
秋の終わりを感じさせる冷たい風が、スパイスの効いた旨味の誘惑を運んでくる。
でも、さて、どうしようとわち。
今日は手元に箸がない。
今日も言えない私たち 龍田乃々介 @Nonosuke_Tatsuta
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