第13話 勉強会で言えない⑦

「(……メイ?大丈夫?もしかして頭を打った影響が……)」

「(あ、ごめん。むにこのこと考えてた)」

「(……真意を図りかねる言い方ね。どういう意味なの?)」

「(そのままの意味。むにこって、姫子のこと嫌いそうだなって)」

「(嫌いよ。知ってるでしょうけど。お高く留まって、斜に構えた態度をかっこいいと思っていて、何事も手を抜くくせにそれなりにできる自分を有能だと思い込んでいつも本気で臨んでいる人を嘲笑うような物言いをするところとか大嫌いだわ)」

「(おわ、ちょっと鋭いのが出てきたな……)」

「(でも嫌いだからってどうもしないわ。社会に出たら気に入らない人間や反りの合わない人間なんていくらでも出くわすことになる。それをいちいち軽蔑して冷笑して攻撃していられるほど人生は長くないから。学校って、そういう理解できない人間たちと上手くやっていく処世術を学ぶための場所でもあるのだろうしね)」

「(なるほどね……。じゃあむにこは、クラスで人気者が姫子でも気にせず学校生活送れるのかな)」

「(……………………)」

黙った、あのむにこが。やっと見つけた、むにこのだ。

「(五月の文化祭の時、なかなかクラスの出し物が決まらなかったよね。むにこはみんなに意見を聞いたけど、みんなは全然アイデアを出さなかった。しょうがないからむにこは自分で意見を出して、対案が無いならこれで進めるって煽って、そしたら)」

「(幸城ゆきしろ姫子が『ARお化け屋敷』を提案した。途端に教室が活気づいて支持が集まり、むにが提案した『たからもの展示』は却下された)」

それどころか、姫子がむにの『たからもの展示』を「教室を飾れるような大層なもの私にはないわ」と言ったのを皮切りに批判的なヤジまで飛んだ。

あの時、傍目に見てもむにこは惨めだった。クラスの委員長として懸命に議論を進めようとしたのに、誰一人協力的じゃなかった。まだお互いをよく知らず、どれだけ目立っていいのか、どれだけ自分を晒したアイデアを述べていいのか、みんな探り探りだったのもあるけど。

五月はクラスの七割が姫子の手中だった。運動部グループの男女、オタク女子のグループ、帰宅部で街を遊び歩いてるグループ。その全員が「下手に火傷するより姫子の意見を待った方がいい」と考えていた。

きっとあの日、むにこはそのことに気づいたんだろう。

今このクラスを仕切ることができるのは委員長である自分ではなく、人の意見を言外に貶めて楽しそうに笑っているあの金持ち女なのだと。

あれ以来姫子とむにこは水面下でいがみ合い、大きく衝突することもあった。一学期末のカンニング騒動と十月の体育大会なんかは特にひどかった。むにこが姫子を恨んでいても全くおかしくない。

けどそれはさっきむにこが言ったように、「いちいち構っていられない」と思ってそうだ。そこはこの子の軸じゃない。

自己主張の強い委員長むにこと、空気が読めて策を巡らせる腹黒むにこの両方を貫く軸。

それに届く言葉は、これだ。


「(むにこは学校で一番の生徒なんだから、なんて許せないよね)」

「(…………っ!)」


テストで一位が取れないからって、一位に死んでほしいとは思わない。もっともっと勉強して、今度こそ自分が一位を取ってやる。そう考えるはずだ。

きっとそれと同じこと。むにこはクラスで一番の人気者をただ純粋に目指しているだけ。アニメの主人公みたいに、夢を叶えるため努力しているだけ。

一位を取るために勉強するように人間関係上の事件を調べる。わからないところを質問するように噂の当事者から情報を集める。効率的な勉強方法を導入するように敵陣営の脱落者を仲間に加える。その全部が正当な目的のための真っ当な手段だと思っている。だから隠すことも濁すこともしない。ダサいとも恥ずかしいとも思うはずがない。この子にとっては弱みどころか、誇るべきことなんだ。

それなら、むにこは……。


「(姫子に勝ちたい。クラスで一番の人気者になりたい。そのためなら努力は惜しまない。どんな手段でも全部やる。そうなんだよね、むにこ)」

「そ の 通 り よ ! ! ! ! メイ、アナタ、よくわかってるじゃない!!!!」

「ぅあっ、うるさっ!」

「おい、むにこ」「んぇっ」「むにこちゃん!?」「ど、どうしたんですかあなたたち……!」

やばい、むにこが急に大声出したせいで人が、いっ、耳も痛い……!こいつ!!

「ごめんなさい!!外で話すわ!メイ、来なさい!」

「わ、ちょ、手引っ張らないでっ。あ、みなさんごめんなさいでしたーっ!」

手首を強引に引かれて図書室を退室。出てすぐ横に折れるやいなや壁ドンを食らう。

「メイ、むにはね、一番輝く存在になりたいの!何をしても一番の、唯一無二を目指してるの!だからアナタを必ず守る。幸城姫子の魔の手から絶対に守って、こそが一年五組を導ける光なんだってことを証明してみせる!!」

「そ、そうなんだ……っ」

くっ……この至近距離で大音量の主人公台詞を堂々とかまされるの、すごい息苦しい……!むにこのベリーな甘い香りが漂ってくるのを嗅ぐ罪悪感であんまり息できないのもある、けど!

流されない!

「むにこ、そういうことだったらあたしはむにこ派には入れない。守ろうとしてくれるのはありがたいけど、気持ちだけ受け取っておく、ね」

「どうして!!??いじめられるのは怖いでしょう!?」

「そりゃ怖いよ、あの姫子に、あのジュリだし、どこまでエグいいじめになるのか想像もつかない。……けど、その逃げ道にむにこ派を使いたくない!」

「わからないわ!!!!いったいどうして!?一年五組で幸城姫子からアナタを守ってあげられるのはむにだけよ!!そのむにを頼れない理由ってなんなのよ!!!!」


「 に し ふ り さ ん っ ! ! ! !」


絶叫。

むにこの大声に負けないよう必死で声を荒げたら。

学校中に響く壮絶な叫びが、孤独なその名を呼んでいた。

あ、だめ、まだ。 まだ正気に戻るな!

このまま言い負かせっ!!

「あたし、西降さんと友達になりたいの!とわちってかわいいあだ名で呼んで!ハロパで撮れなかった吸血鬼コスで一緒に写真撮ってもらって待ち受けにして!一緒にお昼ご飯食べながら休みの日どうするのとかどんな音楽聞くのとか好きな俳優はとか色々話してみたいのッ!!」

息が切れる、酸素が足りない。でも止まれない!止まったら正気に戻る、恥ずかしさで口が固まる!止まらずにしゃべり続けろ!!

「むにこがクラスの一番人気を目指す以上姫子との敵対は絶対で、そうなるとあたしが持ってる姫子派の詳しい内情はむにこが切り込むのに有利になるから、もしこのまま流れでむにこ派に入ったら巻き込まれる可能性が高い、それにあたしがむにこを頼っていじめを回避したらそのターゲットはとわちに向くかもしれない、とわちもむにこ派に入れてもらう手もあるけどそしたらあたしもとわちも完全に姫子の敵になって目を付けられることになるし、二大派閥の戦争が過激化したら今日みたいにむにこ派のみんなでまとまって行動しなくちゃいけなくなってきてとわちとちゃんと話せなくなりそうだし、そもそもとわちはいつもツンツンしててグループ行動に向かないからストレス掛けちゃいそうだし、だから、つまり、あたしは……っ!」


「……クラス内のカースト争いから、、したいの……」


あたまにサンソが回らない。ちゃんとただしくわからない。つかれたつらい超くるしい。もう、いまにも、死んじゃいそう。

……けど、だけど。



言いたいこと、言えたのかも。



「わかったわ、大上おおかみ芽衣めい。むにたちはもうアナタとは仲良くしない。お昼にも誘わない。グループ学習でも素っ気なくする。困っていても助けないわ」

「は……ぁ、……うん、……ありがとう」

「西降永遠にも関わらない。あの子がいじめられるとしても、むにたちは助けないわ」

「あ…………そう、だね」

しまった、あたしの勝手な我儘で、とわちの安全保障が……

「西降永遠はアナタが守るのよ。大上芽衣。なんとしても、何に代えても!」

「…………へっ?」



「ふふっ。好きなんでしょう!あの子のこと!」





否定の言葉は、言えなかった。


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