第12話 勉強会で言えない⑥
《むにむにグループ(仮)》
(苺)「聞いたわよ芽衣。階段から突き落とされたって」
「現場には西降永遠もいたんですって?」
「ちょっとまっていきなり誤解!!」
「普通に不注意で足滑らせたの!」
「西降さんはむしろ助けてくれた」
(感謝……スタンプ)
(苺)「本当?ならいいんだけど」
(栞)「メイちゃん怪我はない?頭を打ったって聞いたよ」
(元気いっぱい!スタンプ)
「どこも異常はないってさ」
「お医者さんがぼくより健康だよって」
「笑っていいのかわからんかった」
(栞)(安心スタンプ)
「医療従事者ってどこも大変らしいよね……」
(月)「すまない。返信が遅れた」
「今回はメイの不注意ということらしいが」
「故意に手を出してくる者がいなかったとは言い切れない」
「やっぱり一人にするのは危険だ」
「明日から来るんだろう?登下校をなるべく合わせよう」
(自)(賛成!さんせー!サンセイ!スタンプ)
(苺)(燃え上がるウサギスタンプ)
(栞)(燃え上がる本のスタンプ)
「本は燃えちゃダメじゃない?」
(自)「うさぎも」
(苺)「やる気の表現よ!!!!!!!」
「でもそんな大げさにしなくていいんよ」
「なんか今のみんな、友達っていうより
ボディーガードみたいになってる」
「自然体でいてほしいな」
「いじめから遠ざけるのもそれで十分でしょ?」
「一緒に楽しく話してるだけで」
(苺)「一理あるわね」
(月)「ちょっと気合が強すぎたか」
(栞)「気合入っちゃってたね」
(自)(伸びる猫のスタンプ)
(伸びる猫のスタンプ)
(自)「おそろっち」
(苺)「だけど、戦略として確固たるものが一つ欲しいわ」
「何か一つ、わかりやすいもの」
「芽衣がむにたちと仲良くし始めたってことを
言い広めるのに便利なイベントがあった方がいい」
(月)「良いアイデアだ」
「イベントというのは具体的にどうする?」
(苺)「何言ってるの。この時期にイベントといったら
アレを除いて何があるっていうの」
「アレ?」
(焼き芋を焼くパンダのスタンプ)
(自)(海と砂浜のスタンプ)
(栞)(沸いてるフロアのスタンプ)
(苺)「勉強会よ!!!!!!!!!!!!!!!!」
◇
そんなわけで水曜の放課後。あたしはむにこ派のみんなと勉強会をするべく、まだ人がごみごみしている教室を連れ立って出て、五人で団子になって図書室までやって来た。クラスのみんなの目にはしっかりと焼き付いたことだろう、むにこ派に寝返ったあたしの姿が。……これもあとでどうにかしなくちゃなんだよな。
図書室にはすでにまばらに人が入っていた。団体勢はあたしたちだけだが、SHR後すぐやってきた勉強ガチ勢の方々が点々と席に着きタブレットを立てている。
「お、あっちに座れそうなところがあるな」
山王さんが先導して、入り口から見える範囲では一番奥の長机に順番に着く。山王さん、筑波さん、牧岡さんがあたしたちの向かいに。むにことあたしが司書さんのいるカウンター側に座った。
「それじゃ、勉強を始めようか」
勉強会、といってもあたしが思い浮かべていたものとは全然違った。姫子たちとはファミレスやカフェチェーン店で飲み食いお喋り時々スマホ、だらだらテスト範囲の問題集を解いていく、といったことをしてたんだけど……。
牧岡さんは紙の教科書を取り出して書き込みを確認し始めた。あれって追加料金払って自分で買わなきゃいけないやつだよね……?さすが文学少女って感じだ。
山王さんは数学の教科書をタブレットに出している。隣の筑波さんが問題集を出していて、どうやら筑波さんが解くのを補助してあげるスタイルらしい。
むにこ派の人たちは真面目だ。勉強会で本当に勉強しかしないとは……。
「(メイ。いいかしら)」
「ひひゃぃ!」
変な声がっ、突然ヘンな声が聞こえてきたから変な声が出てしまった。
いや、変なのはあたしだけで、聞こえてきたのがヘンな声で、なんか色っぽいというかこそばゆいというか犯罪臭がするレベルの甘ったるい声というか……。
耳を抑えて反射的に見たそこには、くちびるに人差し指を立てて、(しーーっ)とジェスチャーするむにこ。周りからも咎めるような冷たい注目を感じる。
(ごめんなさい、ごめんなさい……)
手を顔の前で合わせておじぎのジェスチャーを全方位にむけてやっておく。
ああ、そうか、今のむにこの囁き声か!この子、普段の爆音アニメ声からは想像できないけど、小声になると妙に生々しい色気のある声が出てくるみたいだ。
だったらそうと言っておいてほしい……!恥かいた……。
「(これ、火曜日の授業のノートよ。むにがカンペキにまとめてあげたものだから丸ごと写して後で読み返すと良い復習になると思うわ)」
「(あの、ごめん、そのASMRみたいなウィスパーボイスってなんとかならない……?)」
「(ASMR?なにかしら、アジアの安全保障における相互関係?いえ、
「(それはあたしも知らんからあとで調べて!んまあ、いいや。ノートありがとう。あたし馬鹿だから、学年二位さんのノートは正直めっちゃ参考になるなあ)」
「(フンッ。学年二位ももうすぐ終わりよ。再来週の期末テストでむには今度こそ一位になるんだから。そのノートは二位のノートじゃないわ。未来の一位のノートよ!)」
笑顔を返して、それからノートを開く。実を言うと普段はノートすらとらずメモ機能で教科書に直接書き込んでいるから、紙のノートを触るのがもう新鮮だった。確か前に見た動画では、鉛筆やシャーペンで紙に直接書く方が記憶の定着が良いとか言ってた気がする。こういうところで既に差がついているのかもしれない。
中身も綺麗にまとめられている。単なる板書の写しではなく、主題ごとに細かく分けたりグループ化されてたり、ぱっと見ただけで趣旨をつかめるよう短い言葉で書かれてたり。ちょっと読んだだけで内容がするする入って来て、もしかすると、読む順番を想定して情報を再構成したりもしてくれたのかなと思った。
暖かみを感じるノートだった。
人を思いやる心の持ち主でなければ、こんなノートは書かないはずだ。
きっと、そのはず。
だから。
そう信じるための確認を始めよう。
「(むにこ、わからないことがあるんだけど、ちょっといい?)」
「(もちろん。何でも聞いて。
「(そうなの?テストではいつも二位なんでしょ?)」
「(次は一位よ!それにテストでは測れないものだってあるでしょう?かわいさとか、運動神経とか、料理の腕とか)」
「(……クラスでの序列とか?)」
切り出した。
むにこの表情も、一瞬で真剣なものになる。くりっとしていた目がキッと吊ってちょっと怖い。ただそれはジュリに比べると足元にも及ばないものだから、そんなには気にならなかった。
気になるのは、それよりも。
「(わからないことって、なに?)」
この囁き声。こしょこしょとこそばゆい耳触りながら耳の奥に密着するような甘い声で、脳がとろける。気合が抜ける。
こんなかわいい子が、あたしが思ってるような悪い子なのか、とか。思ってしまう。
「(むにこ、一昨日あたしをお昼に誘う前さ、先に西降さんに話しかけてたよね。何話してたの)」
「(噂が本当か確かめただけよ。むにはあやふやな情報で動かないの)」
「(噂って?)」
「(
「(は?なにそれ、ありえない、馬鹿みたい)」
「(西降永遠もそう言っていたわ。「そんな噂を真に受けるなんて、ネット掲示板で義務教育を終えたのか」、ですって)」
西降さん訳の「馬鹿」はあたしよりずっと辛辣らしい。
「(ハルナから聞いていた様子とも違ったから、最初から信じていなかったかれどね)」
「(筑波さん?報告って……ハロパにいたみたいな言い方だけど、むにことその友達はスルーだったよね?)」
「(いいえ、パーティーにはハルナがこっそり参加していたわ。幸城姫子とそこまで仲が良いわけではない子に名前を貸してもらって、包帯グルグルのミイラ女の仮装で)」
それって、スパイを送り込んでたってこと……?
目の前の少女は表情を変えない。真剣な眼差しを変わらずあたしに向けて、あたしの質問に誠実に答えている。普通なら答えにくくて濁すようなやり口まで、明け透けに打ち明けている。
だったら、回りくどく追い込みをするのはやめよう。
「(あたしをむにこ派に入れようとしてるよね。姫子たちから守るための保護じゃなく、姫子たちに対抗するための手札として)」
「(それは飛躍が入った解釈だわ。むには心の底から、あなたを守るつもりでいる。むにが委員長を務めるクラスでいじめなんて起こったら、末代もなお苛む恥の極みだと思っているわ。メイ、アナタはむにを信じていいのよ)」
う、単刀直入、というより楽な近道を選んだせいで失敗した。落ち着け。冷静になれ。相手のペースに惑わされるな、流されるな。
……なんかちぐはぐだ。回り込んだら正面から答えられて、正面から行ったら突っ返されたみたいな。アプローチが間違ってる気がする。これは……もしかしてあたし、まだ「むにこ」っていう人間の人物像が掴めてない、のかな。
もうちょっとちゃんと整理しよう。
板花夢二。この子には二面性がある。
一つは一昨日やそれ以前から目にしてきた自己主張が強くて素直な側面。
特徴的かつ大きな声でいつも注目を集めて、どんなことにも一番であろうと熱心で、曲がったことや卑怯なことが嫌い。今むにこが主張している「あたしをいじめから守りたい、クラスからいじめ被害者を出したくない」っていうのは、こういうアニメの熱血委員長みたいなキャラクター性から来ているように思う。
けどもう一つの側面は、そんなコミカルさとは真逆の……腹黒さ。
姫子派・むにこ派の二大派閥がクラスのカーストトップを取り合う「クラス内政争」の構図、姫子グループでは意識しつつも言及することはなかった。
そういう風に意識しているということ自体がダサいし恥ずかしい、弱みだから。ジュリなんかの前で「むにこ派のあの子調子乗ってない?」なんて言う子がもしいたら、翌日から無視されて裏で笑われることだろう。争ってなんかいない、相手がなんか突っかかってくるだけ、そういう体裁を理解できないと姫子たちとはやっていけない。
つまるところ、姫子たちがクラス内政争を言葉にしたことはないのだ。「二大派閥」は無言のうちに形作られたあたしたちの中だけの認識。
「移動教室のとき幸城姫子の手下が話しているのを聞いただけ。このままじゃいじめられちゃうんじゃない?とか白々しく言って、あれこれ計画を立ててたわ!」
だけどむにこはその敵視をばっちりと読み取っている。言葉の裏の意図を掴んで、いじめの前兆を見抜いている。
声がおっきくて主張が強いわりに、相手の言うことを裏まで完璧に理解できている。
雑にまとめたら、バカっぽいのに空気が読める、ってかんじかな。
そしてそれだけじゃなく。
「(噂が本当か確かめただけよ。むにはあやふやな情報で動かないの)」
「(パーティーにはハルナがこっそり参加していたわ。幸城姫子とそこまで仲が良いわけではない子に名前を貸してもらって)」
敵対関係を踏まえて、情報収集や対抗策も実行してる。ただ「下に見てあれこれ言ってくる嫌な人たち」と割り切って捨て置くのではなく、この関係性への「影響力」を持とうとしてる。
ああ、そっか、わかってきた。
むにこには欲望があるんだ。だとしたら……
「(むには心の底から、あなたを守るつもりでいる)」
「(メイ、アナタはむにを信じていいのよ)」
あれは演技……いや、熱血委員長のむにことしては本心か。ああ、どうりで空回りするわけだ。むにこは本当に正直がすぎるんだ。
自分に正直すぎて、委員長むにこと謀略家むにこがクルクル入れ替わって出てきてる。だから踏み込めなかった、だから掴めなかった、だからわからなかった。
むにこにあたしの気持ちを伝えるには、そのクルクル回るむにこ板の軸を突かないといけないんだ。
よし。わかった。行けそうだ。あとは的確な言葉をぶつけるだけ……!
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