第11話 勉強会で言えない⑤

  「放課後?むにはこれから部活よ!放送部は月火木金が活動日なの!文芸部は月金、国際交流部は月水金、風紀委員はこの時期自主参加だけどりうは水曜以外いつも出てるわ!」

  「それは、つまり……今日は?」

  「みんな部活!ばらばらに帰宅ね!」

というかそれ、全員揃って帰るの不可能では……!?

と思いながら教室を出る。むにこが言うにはそうでもないらしい。

あたしは帰宅部だから忘れていたけど、ほぼすべての部活動はテスト一週間前になると放課後の活動が禁止されるから、テスト前は一緒に帰れるのだとか。

  「学期末の午前授業期間も主要な部活以外は自主参加・自主解散になってることが多いわね!門土かどつちは部活が多すぎてAIが顧問やってるところもあって、AI部活はみんなそんな感じだわ!」

  「ああ、そういえばそんなの聞いた気がする、春の新入生歓迎会かなんかで」

  「でも今週だけとはいえ、一緒に帰れるようになるまで確かに不安ね。これ、むにの連絡先!登録しておいて!困ったことがあったら気軽に呼びなさい!」

  「あー……ありがとう……」

そういうわけで、今週いっぱいは一人帰宅続行。まあでも、ちょうどいいか。一人でじっくり考えたいこともできたわけだし。

人の少なくなった廊下を歩く。むにこと少し話していただけのつもりだったが、テスト前の高校生はやっぱり忙しないのがノーマルらしい。部活のある子はテスト前の残り少ない時間を惜しんで部活へと急ぎ、部活がない子はせめて成績くらいはとテスト勉強に打ち込む。各々の理由でさっさと校舎を去ってしまったみたいだ。静かな校舎にはあたし一人の足音もよく響く。角を曲がって階段へ

大上おおかみさん」

「ぉわああぁっ!!」

あ、わ、びっっっっっくりした!影も形もなかった、角を曲がった瞬間に女の子が!というか、この、この子は!!

「……余程歩くのに集中していたのね。前を見ることにも意識を向ければもっと歩くのが上手になるわよ」

黒髪ボブの小柄かわいいツンツン少女、もとい、西降にしふり永遠とわさんだ……!

「あ、ごめ……ちょっと考え事してた。ごめんなさい……」

「そう。前を見るのも忘れるほどなのだから、さぞ大きなことで悩んでいるのでしょうね。気候変動の解決方法でも模索していたのかしら?」

「そんなグローバルじゃないよ。もっとローカル。足元も足元。ほんとちっぽけな、あたしのこと」

「…………そう」

「うん…………」

気まずい沈黙。息苦しい。なんでこんなことになってるんだっけ。

あ、いや待って、今目の前にいるの西降さんだよ?ちょっと、何やってんだよあたし!お昼の約束を取りつける絶好のチャンス、作戦が進むこの上ないチャンスじゃん!この日のために温めに温めた承諾必至の完璧お誘い文句を…………、ああ、いや。

「違うな……」

「何が?」

「あっ、ごめん声に出ちゃった。その、あたしずっと西降さんをお昼に誘おうとしてたんだけど……」

「へえ、そう、知らなかったわ、気づかなかった、そうだったの」

「うん。だけど、今はなんか、そうじゃないなって気分で……」

「……は?」

「いや、ごめんね、こんな関係ない話して。やっぱり忘れて。あたし自身整理ついてないのにこんな話するべきじゃないわ、うんうん……」

「ちょっと、大上さん……」

苦しい。

苦しい。

心臓が握りしめられている気分。胸元をきゅっと右手で抑えて、それを左手で抱くように縮こまって、西降さんを避けて階段を下りる。苦しくて、目もぎゅっとつむってしまいそうになる。

辛い。辛い。辛い、けど。

今のあたしは西降さんを。あたしは先にみんなと……少なくともむにこと話をつけないといけない。状況が落ち着くまでは、西降さんと仲良くするわけにはいかないんだ……。

「大上、さん……」

細く、あたしを呼ぶ声が聞こえる。足を止めそうになる。ただでさえふらふらとして遅い足取りが、ダメ、聞くな、さっさと帰ってどう始末をつけるか考えて……


「大上さんっ!!!!」


力強く呼ばれて、ぱっと視界が開ける。

あれ、あたしいつのまに目を。

あれ?足が、階段、地面ちか






「……!………みさん…!……い!めい……!芽衣っ!!」

「ぇあっ!?」

視界一杯に、西降さんがあった。

綺麗だった。艶っぽい小さな唇、愛らしい小さな鼻、紅色の映える白い肌。くしゃっと歪んでいても美しい。そしてなにより、綺麗な瞳。深い青が涙の掬う夕陽の光に反射してオレンジやエメラルドと一緒に踊っている。綺麗な、泣き顔をしていた。

「とんだ大馬鹿がいたものだわ。考え事に夢中になって階段から足を踏み外す?信じられない。学校はあなたみたいな大馬鹿に合わせて校舎にエレベーターを建設すべきなのかしら。いいえ違うわ。これはあなたが少し注意すればよかっただけの話よ。あなたが注意力を馬鹿な考え事ではなく足元に少しでも向けていれば防げた事故だわ。わかってるの?当たり所が悪ければ死んでもおかしくないのよ。どうでもいい、くだらない、大馬鹿が引き起こした問題をくよくよと考えて死ぬなんて、大馬鹿を越えた大馬鹿よ、言葉もないわ。この際だからそんな人物を大馬鹿芽衣と呼ぶのもいいかもしれないわね。ねえ、わかっているの?何か言ってみたらどうなの大馬鹿芽衣さん」

「ごめんなさい……ほんとに。西降さんは怪我無い?」

「……違う」

「え?それってどっち……無事?」

「……もういいわ。無事よ。あなたなんか庇って怪我するものですか」

「はは、なんかさっきから罵倒の方向性が変……」

「お黙り」

「はい……」

西降さんがあたしの頭をぺたぺたと触る。冷たい。何かを探すような手つき。怪我がないかの確認?一通り触り終えると、頭の下に腕を差し入れて、持ち上げ……ああこれ、膝枕から降ろされ

「いたっ」

「ごめんなさいっ!だ、大丈夫……?」

「だいじょぶだいじょぶ。ちょっと油断してただけ。そういう痛みじゃないから」

その証明になるよう、すぐに起き上がって、制服のあちこちについた埃を払う。

「西降さんこそ、ほんとに大丈夫?」

言いながら、立ち上がってもあたしより頭一つ小さい西降さんの体から埃を払い落とす。

「んっ、……っ」

なんでそんなくすぐったそうな声を出すの……!?

あーとなんだっけ、何してたんだっけ。状況を整理しなきゃ。

まず、むにこと話してから、充電してたタブレットを回収して鞄に突っ込んで、で考え事しながら帰ろうとした。すると曲がり角から突然西降さんが現れた。

ビックリしたけどお昼に誘うチャンス……って考えた。でもそれは誠実じゃないなと思い直して、ああそうだ、嫌な気持ちを噛み殺しながら階段を下りてたら、いつの間にか足を踏み外して倒れ込んだんだ。

「西降さん、助けてくれたんだよね。ありがとう」

「わからないわ。必死で、わたしも前後をよく覚えてないの。ただわたしが服を掴む前に頭を打ったように見えたし、慌てて少し揺すってしまったから……念のため病院に行きなさい」

「えぇー、でも全然痛くないんだけど……」

「もしもこの後激しい頭痛が来てあなたが死ぬかもしれないのなら、今わたしの手であなたを殺す」

首筋に手が伸びてきた。下から上へ、前にいる西降さんに後ろのうなじを撫でられる。背伸びしてるから顔が近い。

「ひぃええ、わかった、わかりました。病院行きます……」

「良い子。それでいいのよ」

左に回り込んで、階段を一段、二段上る西降さん。あ、見下ろされてる。また手が伸びてきて、今度はあたしの頭の上に置かれた。そのまま右、左、右、左……

「な、なでなで……!?」

「は?何言ってるの。勘違いしないで。外傷がないかを改めて確認したのよ。やっぱりどこか強く打ったんじゃないかしら。病院まで着いていきましょうか?」

「ふふっ、あはははっ。大丈夫大丈夫!なんか元気出てきた!」

「ちょっと誤解が解けていないのではなくて?別にあなたのことなんて一ミリも心配していないのよ。どちらかというとこんな場所を誰かに見られてあなたと仲睦まじいとか思われることの方をむしろわたしは心配しているくらいで」

「あーはいはいはいはいー。そろそろ先生入ってもいいかー?」

早口でまくし立てる西降さんに、下の階からヒナちゃん先生が割って入ってきた。

「西降、自分で緊急コール鳴らして呼び出しといてイチャイチャしだすのは……先生感心せんなー」

ああ、さすがは西降さん、タブレットの緊急連絡アプリで先生呼んでくれてたんだ。

龍驤りゅうじょう先生、わたしがコールを鳴らしてから10分は経ってますよね?ちょっと遅すぎにもほどがありませんか。場合によっては芽衣さんが三回は死んでますよ」

「あたし一回しか死ねないよ!?」

「そこじゃないだろ。お前がコールして30秒ですっ飛んで来ただろうがよ。そんで話聞いて容体を確認して、救急車呼んで職員室に連絡して養護教諭も呼んでやっと戻ってきたところだよ。ここまでトータル5分くらいだ」

「養護教諭はどこですか」

「冷やすもの持ってきてる」

「救急車はどこですか」

「このサイレンが聞こえないくらいお熱だったのか?お前も病院に行った方がいいかもな」

そう言われてやっと、外界の音が入ってきた。けたたましいサイレンの音。階段を駆け上がってくる白衣の先生の足音。校舎に残った生徒の遠いざわめき。思っていたより何倍も大事になったようだった。

「そうですか。ではわたしはもう必要ありませんね。これで失礼します。さようなら。また明日」

「おい待て。失礼するにはまだ早い。事の経緯をもっと訊かにゃならんからな。お前は残れ」

頬を赤らめて心なしかむすっと膨れている西降さんもまた、かわいい。

「さて、それじゃ行くぞオカミン。ゆっくりな。肩貸せ。ああ山梨先生。手伝ってください。ありがとうございます。ゆっくりだぞ。急ぐ必要は微塵もないからな。救急車は逃げない」

「ははは、大丈夫ですって先生。あたし意識ちゃんとありますし」

「先生のフルネームは?」

「えっ……。…………」

「おし重傷だ。じっくり運びますよ山梨先生」

「いや忘れちゃっただけで!前から覚えてなかったですごめんなさい!」

「大きな声を出すなバカ者!頭に響いたらどうする!」「龍驤先生もです……!」

両サイドで先生の即興コントが繰り広げられる。と、頭を打った?かもしれないせいかおかげか、あたしは忘れていたことを一つ思い出した。

なにやってんだあたし。みんなと話をつけるよりも前に、これだけは、やっておかなくちゃいけないでしょうが。

「西降さん!」

「えっ」


「友達登録、オリエンテーションの日に済ませてたの忘れてて……本当にごめんなさい!」

「…………そんなの、もうどうでもいい。元気で戻って来てくれれば、それで許すわ」


穏やかな言葉、安らかな微笑み。

西降さんが……が、いつも心にしまい込んでいるに触れられた気がした。





次の日の昼。スマートフォンに西降さんからのメッセージが入っていた。


板花さんむにこはあなたが思ってるような子じゃないと思う」


その言葉の意味を、あたしはベッドの上で慎重に考えた。

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