親善試合で負かしたお姫様が婚約者になった件について【カクヨムコン用】

天宮終夜

第一巻「序章」







 ――じゃあ、君は…………何のために刀を振るうの?






「そういえば今日だったか……」

 桜が咲き誇る春の良き日。

 俺――風見かざみ隼人はやとはこの国で最も神聖な武道会場に来ていた。

 武舞台へ続く入場ゲートからは天へと続くと錯覚する程の長い階段と夜桜を照らす満月が見える。 

 元主との最後の会話で聞かれた言葉を思い出したのは手元にあるよく知った赤い便箋のせいだ。


 ――答えは出た?


 日時と場所以外に綴られていたのはその一文のみ。

 手紙を懐にしまって逆の手に持っていた仕えるのを辞める際に返却した愛刀を腰に差し、一緒に贈られてきた狐の仮面を付けて階段を上がる。

 一年前と同様にその答えは未だ出ず。

 たった一文で何も考えずにノコノコとやってきたというのはまだ元主との主従関係は健在だったということ。

 人の縁とは簡単に切れないと納得するべきか。

 それとも一年経っても変わらなかった自分を情けなく感じるか。

 決めかねるが時間切れ。

 武舞台に上がると先に相手が待っていた。

「あなたが私の相手でしょうか?」

 月明かりに透ける美しい銀の髪。

 宝石のように煌めく青い瞳。

 最近流行りのAIイラストレーターに「美少女を描いてくれ」と頼んでもここまでの美少女は描けないだろう。

「如何にも」

 大和国民にとって今夜は特別な夜。

 友好国である魔法で栄えた西の大国――アトリシア公国の留学生との親善試合が行われる日。

 誉れある学園代表に選ばれながら、ついさっきそのことを思い出した俺以上にやる気のない人間はいないだろうな。

「あなたは神聖な試合を愚弄するおつもりですか?」

 親善試合に興味はなかったが朝のニュースで鬱陶しいぐらい擦られていたので相手の素性は知っている。

 どうやら現アトリシア公国第一王女――アリシア=オルレアン姫は狐の仮面がお嫌いのようだ。

「これには色々と事情がありまして。できればご容赦願いたい」

 肩を竦めておどけてみても火に油を注ぐだけ。

 オルレアン姫から鋭い視線が飛んでくる。

「紅葉姫の推薦ですから素性も腕も確かなのでしょう」

 怒りを深く飲むと魔法の国のお姫様は腰に差した細剣を引き抜く。

 王家代々受け継がれる何かかと思うほどに豪華絢爛な装飾。

 特に目立つのはアトリシア公国王家の紋章が入った宝珠。

「それに私の手でその仮面を引き剥がせばいいだけの話です」

 どうやら細剣だけでなく思考も物理型らしい。

 まぁ、俺としては話が早くて助かる。

『いざ尋常に――』

 真剣を握るのは約一年ぶり。

 本来なら相手のお姫様に花を持たせる展開が正解。

 しかし、愛刀を渡された時点で負けることはおろか、掠り傷すら許されないという脅しを受けている。

『始め!』

「参ります!」

 開幕速攻。

 審判が試合開始の合図を出したと同時に真っ直ぐ突っ込んでくる。

 華奢な身体からは想像できない敏捷性に関心しながら刀を抜かずに柄で切っ先を逸らす。

 身体が流れているので誘いではない。

 明らかに攻撃できる隙を無視して後退。

 次に備えた。

「……どういうつもりですか?」

「何がでしょう?」

「とぼけないでください。明らかな隙を見逃したことについてです」

「誘いに見えたもので」

「……なるほど。あなたがどういう人かよくわかりました」

 こちら余裕綽々な態度を取ると飲み込んだ怒りが再浮上。

「少しお仕置きが必要のようですね」

 今度は速さよりも手数を重視した連撃。

 刃を交えれば大まかだが相手の力量を推し量れる。

 彼女は武芸者の国である大和内でも上位に食い込む技量がある。

 今まで相当な修練を積んできたことも伺えるが…………それだけだ。

 オルレアン姫には悪いが俺としては物足りず。

 VIP席で観戦しているであろう元主――大和城次期城主。

 つまり国内序列二位の権限を持つ御門みかど紅葉もみじに文句を言いたい気分だった。

「お仕置きとやらはまだですか?」

 怒りよって単調になった攻撃を捌くのは容易い。

 お陰でどう決着をつけるか考える時間が出来たが妙案はない。

「まだです!」

 どれだけ相手が速く鋭い一撃を放っても無意味だと悟らせるように攻撃をいなす。

 傷つけると面倒になるので除外。

 わざと負けるのは論外。

 相手を傷つけることなく勝つ……面倒な勝利条件だな。

「まだ…………まだ負けていません!」

 消去法で決着を決めようとしていた俺の意識が惹きつけられる。

 いつもなら相手が降伏するタイミングでもこのお姫様は立ち向かってくる。

 明らかに苦しんでいるのに。

 絶望に満ちた表情なのに…………何故だ?

「そこ!」

 ギャラリーが静まり返るほどに圧倒的劣勢な状況。

 それでも向かってくる精神力。

 眠っていた剣客としての血が刺激される。

「次はその刀身を抜かせてみせます」

 幾度と繰り返した攻防で実力差を理解しているはずなのに負けを認めない。

 お姫様である彼女は最悪勝たなくても周りは賞賛する。

『いい試合だった』

『よく頑張った』

 だが、彼女はそんなものはいらないというように。

 必死な姿でこちらの本気を引き出そうとする。

「……あなたがそこまで必死になる意味は何ですか?」

 感化されトキメキそうになる心を鎮める。

 今の俺には彼女の熱意に応える矜持を持ち合わせていない。

「自らの手で道を切り開くためです」

「なるほど…………」

 腰から鞘を抜き。

 左手で柄を持ち、右手で鞘を持つ。

「では私はその夢を阻み、現実を教えるといたしましょう」

 夢を描くことをやめた先駆者として。

 せめてもの償いを渾身の一刀で表す。

 相手にもこちらの思いは伝わったようで息を整えている。

 静寂は長くは続かず。

 武舞台中央で二つの刃の軌跡が交差した。

「お前はいい剣士になれる。だから道を間違えるなよ」

「……」

 刀身を鞘に収めて武舞台を降りると同時にオルレアン姫の細剣は派手な音と共に砕け散った。

『勝者――大和学園!』

 審判の勝利宣言が告げられ両者を賞賛する拍手の雨が聞こえてくる。

 容姿よりも惹かれるものは確かにあった。

 しかし、俺と彼女に接点はもうない。

 二度と関わることがないことを惜しみながら帰路につく。


 

 しかし、この時の俺は二つほど重要なことを忘れていた。

 この親善試合は元々別の代表選手がいたこと。

 そして、もう一つはその代表選手を無視して俺を代理に仕立て上げたのが元主である紅葉だったこと。

 前者はこの際おいておくとして問題なのは後者。

 気づいたのは親善試合から数時間後の朝。

 実家を出て一人暮らしを始めて早一年。

 身内や友人しか知らない家に来た意外な訪問者によって知らしめられる。

 まさか、わりと壮絶な過去を持っていた俺にそれ以上の人生が待ち受けているとは普通は思わないだろう……。

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