喧嘩ばかりの幼馴染2人は、恋人になっても……!?

音愛トオル

喧嘩ばかりの幼馴染2人は、恋人になっても……!?

 東間桜あずまさくらは怒っていた。


「むぅ……」


 これでもかと頬を膨らませて、教室の少し離れた場所でクラスメイトと談笑する、幼馴染の古部陽翠ふるべひすいを睨む。陽翠は桜の視線に気が付いていたが、肩甲骨のあたりまで伸びたストレートの髪を払い、どこふく風だ。

 だが桜は知っている。あの内心、そろそろ知らんぷりも厳しくなってきたことだろう、と。ちょこん、と側頭部で揺れる小ぶりなツインテールは、桜の目に揺れる火を表しているかのようだった。


「……はぁ。ちょっと、若干一名めんどくさいのが見てるから、行ってくるね」

「――?ああ、桜ね。うんうん、いってらっしゃい~」


 桜と陽翠の事情を知るクラスメイトはひらひらと手を振って陽翠を見送り、隣にいた別の小柄なクラスメイトと雑談を始めた。桜と陽翠のやり取りにすっかり慣れている様子だ。

 桜は、分かりやすく溜息をついてこちらにやってくる陽翠を見るや否や、ぷい、と顔を背ける。初めから見ていませんよ、とでも言っているかのようだ。


「桜。ねえ、桜ってば。何か用?」

「……ふんだ!その胸に手を当てて聞いてみるよいいよ。うちの気持ちなんて知らないだろうけど!」


 桜の語気に呼応してぷんすかゆらゆらと踊るツインテールをがしっ、と掴んだ陽翠は「ちょっと何すんのさ!」しばし、ツインテールの毛先で桜の頬をちょこちょことくすぐった。はじめは抵抗していた桜だったが、ものの数秒で限界が来たのか、肩を震わせた。

 そしてついに声を上げて笑い出した桜は、それでも手を緩めない陽翠を振り返ると手刀でその頭に一撃を放つ。


「いややめんか」

「いて。もー、なんだよ桜。さっきずっと睨んでたし。何か用?」

「……はぁ。もういいよ。どうせ陽翠はうちのことなんてどうでもいいんでしょ」

「――ねえ、そんなこと言うなって。おーしーえーて」


 陽翠は桜の肩をゆすりながらそう懇願してみせるが、桜は知っている。こういう時の陽翠のいい加減さを。今だって、大して悪いとも思っていないけどとりあえず聞く姿勢を見せているだけだ、と。


「ふん!どうせうちみたいな馬鹿の気持ちなんか分からないんでしょ」

「ちょっと。そこまでは言ってないでしょ。ほんとに教えて欲しいんだって」

「馬鹿はいっつもそっちが言うくせに」

「まあ、成績は私の方が上だし」


 ぎゃいぎゃいと言葉の応酬を始めた桜だったが、使った手札が自虐交じりだったこともあり早くも劣勢気味だった。それに陽翠の言う通り、桜が教えればそもそも言い合いすら起きなかったのだ。

 でも、だって――陽翠には気づいて欲しい。

 陽翠はきっと、桜が今怒っている理由も普段しているような些細な――お菓子を先に食べたとか――ものだっと思っているに違いない。でも、今回は違う。

 だから桜は、再びツインテールを掴んできた陽翠に一矢報いるつもりで言い放った。


「今日、うちのこと置いていったでしょ」

「――え?」

「何も言わずに勝手に一人で学校行ったでしょ!」


 肝心な時にもいつも雑な陽翠にこの怒りよ伝われ、と桜は自分の肩に乗った陽翠の手を跳ねのけ、ついでにツインテールも振り乱した。思い切ったから、少し声が大きくなってしまった。


――でも、この子にはこれくらいがちょうどいい。


「……陽翠と一緒に行けないと調子狂うんですけど」

「うーん……でも桜、今日めっちゃ寝坊してたし。電話しても全然でないから、おばさんが、『ひーちゃんは先行きな』って」

「――う」


 びくん、と身体を震わせた桜は、先ほどまでの威勢はどこへやら、肩を縮こまらせてしまった。陽翠の視線から逃げるようにぐぐぐ、と首を回した桜だったが、陽翠に回り込まれて目が合った。

 微笑を浮かべる陽翠の目が、すぐ近くにあって。


「……っ!」

「あ、ちょっと、ふままふふなっははらっふぇ分が悪くなったからってふぁおふぁははふぁいへよ顔挟まないでよ

「でも置いて行ったのはほんとでしょ!」


 頬摘みモードに入ってしまった桜を止める術は、しかない。

 そう悟った陽翠はポケットから今朝、こうなることを見越して買っておいた桜お気に入りのチョコレートを取り出し、桜の目の前に緩く放った。それを見た桜は慌てて陽翠の顔から手を離し、間一髪チョコレートを捕まえる。

 一粒大の、味の種類が豊富なチョコレートが好きな桜の為に用意した、今日はストロベリー味。陽翠から受け取ったチョコレートを手のひらに大事そうに乗せた桜は、一拍遅れて自分の過ちに気がついた。


「あっ、手離しちゃった」

「ほら、明日はちゃんと迎えに行って上げるから。いつまでも拗ねてないで1限の準備でもしたら?」

「……絶対だかんね」

「はいはい」


 桜は陽翠から約束を取り付けると、すとん、と肩の力を抜いて、それから明るい笑みを浮かべた。するとどこか慌てた様子で陽翠は桜の元を後にする。

 結局また陽翠の手のひらの上だったような気もしたが、桜はそれよりも去り際の陽翠の表情が気になった。


「……なんだろ、最近。あの子」


 それは、高校生になってからよく見るようになったもの。


(なんか、うちが笑うと、陽翠――照れてる?)


 その頬が、桜色に染まるのを。



※※※



 翌日、約束通り迎えに来てくれた陽翠にご満悦の桜は、さらに3日後、つまりその週の終わりには、胸の内に積もったもやもやに悩まされていた。それは陽翠に笑いかけると変な反応をされるという例のもので、桜はあまり面白くなかった。

 だって、それじゃあ陽翠は。


(……最近、全然うちと目を合わせてくれないんだけど)


 下校中の今だって、何度も話しかけているのに見えるのは横顔ばかりで、少なくとも中学生まではそうではなかった。ちく、と胸を撫でた一瞬の違和感に内心で首を傾げた桜は、結局この日もあと少しで家に着くというのに視線が合わないことが、嫌だった。

 だからつい、言ってしまったのだ。


「ねえ。陽翠、うちのこと嫌いになった?」

「……え、え?いきなり何言ってるの」

「だって、なんか最近全然目、合わないし。うちが笑うと、なんか、目逸らすし」

「――そ、それはっ」


 あと少し、家までのその距離を行くのが怖くなって、桜はその場で立ち止まった。

 今もまっすぐに陽翠を見つめているのに、視線が微妙に交差しない。


――ああ、やっぱり。


「うちがいつも怒るから?」

「そっ、れは……まあ私もいつも雑に扱っちゃってるし」

「――じゃあ」

「いや、そうじゃなくて……」


 陽翠のそれは肯定に聞こえた。「嫌い」への肯定に。

 やや短絡的に陽翠の言葉を結び付けてしまった桜に、陽翠は片手で頭を抱えた。だがかえってその仕草が、桜に追い打ちをかけてしまう。


「そっか。うち、陽翠に負担になってたんだ――じゃあね、来週から、一人で、いいから」


 桜は陽翠の返事を待たずにの距離を埋めるべく、足を踏み出したが、その足が家へと進むことはなかった。


「そうじゃないって言ってるだろっ!」

「――うっ?」

「だって、桜は――ああもう!私だけじゃん……こうなるって分かってたのに」


 陽翠の要領を得ない叫びに桜は萎縮し、滅多に聞かない陽翠の大きな声で完全に思考停止してしまった。再び走りださないようにと陽翠にがっしりと腕を掴まれた桜は、ずい、と陽翠の顔が近くに寄って来るのをその目に捉えた。

 近くにある、夕焼けよりもほんの少しだけ赤い頬。


「普段は何も気にしてないくせに、私がちょっとでも何かに悩んでたら、いっつもすぐに気づいてくれるくせに」

「……ひ、ひすい?」

「私のこの気持ちには、ぜんっぜん、なんっにも気づきやしないんだ、桜は」

「あ、あの、なんか、近い、よ――?」


 それはほんの刹那だった。

 しかし、桜にとっても陽翠にとっても、永遠に感じられるほどの熱が、たった一つの接点において発生した。


「……ひ、すい?」

「――さくら」


 ゆっくりと互いから離れる顔。互いの名前を象る口は、もはや接してはいない。

 ただその残滓が、たった一瞬の熱が全身を支配して、指先まで染め上げる。


「好きなんだよ、私は。桜が」

「――う、ちも。好き、だけど」

「違う、違うんだよ……!幼馴染としてじゃ、もうなくなっちゃったんだ」

「――え」


 夕日を背負って片腕を抱く陽翠の表情は見えなかったが、桜にはなぜか、それが最近桜の笑顔を見た時にする陽翠のあの表情だと、分かった。分かったから、「suki」という音が成す単語をまだ理解できなかったけれど、笑った。

 笑って、一歩近づいて、手を握って。


――それでようやく、理解した。


「……じゃあ陽翠はうちのこと、嫌いじゃないんだ」

「そんなわけないだろ鹿

「ははっ、ひどい」

「――それより、桜はどうなの」

「そんなの、聞かなくても分かるでしょ」

「――分かんない」


 また目が合わなくなった陽翠を見て、桜は口角を緩めた。一歩踏み出して、今度は桜の方から唇に触れる。


「んっ……」


 どちらのものとも分からない吐息が、2人の間に落ちる。

 桜は触れ合った唇を無理やり動かして、2文字を象った。すぼめて、横に薄く広げて。

 陽翠の脳裏では、桜の声で、その唇の動きをなぞって、答えが聞こえてきた。


「……やっぱり馬鹿」

「え、なんでよ。陽翠だっていきなりしてきたじゃん」

「そ、それはまあ、そうだけど」


 桜も陽翠も口には出さなかったが、2人にはある約束があった。

 まだお互い小さいころ、テレビで見たカップルがするのを真似て、口づけを交わしてみたことがあった。そのとろける甘さはけれど刺激が強すぎて、その時約束したのだ――と。

 陽翠はずっと覚えていたし、桜も今、それをはっきりと思い出した。


「なんだかんだ、桜は約束守ってくれるもんね」

「――陽翠もばかだよ」

「それは私より成績良くなってから言いなよ」

「むぅ」


 喧嘩ばかりの2人、重なる手は強く熱を孕む。

 止まるのも一緒なら、再び歩き出すのも一緒がいい。

 関係性の名前はほんの少し変わって、きっと明日からの2人でまた新しい思い出を作っていけるのだ。桜は笑い、陽翠が微笑む。

 くだらないことで言い合いになることも、これで減るのかな――


 ……翌週の月曜日に、その期待はあっさりと砕かれることになると、2人はまだ知らない。



※※※



 いくつかの変化のうち、最も当人たち以外にとって驚きだったのは、桜と陽翠が手を繋いで登校してきた(何人かのクラスメイトが見たという)こと――ではなかった。それは、いつものように頬を膨らませた桜が、いつものようにクラスメイトと談笑する陽翠を睨んでいる時だ。

 陽翠や桜と仲のいい2人のクラスメイトは、桜の視線を感じていつもの喧嘩が始まるな、と微笑ましく2人を見守っていた。


「何?桜」

「――分からないの?だって、うちらもう……だよ」


 ところどころ聞こえない箇所があったが、どうやら今回も桜が何かにご立腹のようだ。


「それはそうだけど。あ、朝のあれだって私は校門までって言ったのに教室まで……」

「そんなのっ。もっとくっつきたいからに決まってるでしょ」


 陽翠はツインテールを躍らせた桜の頬を両手で挟み、ぐわんぐわんと頭を揺らした。「あにふんのなにすんの!?」と両の拳を天に突き上げて抗議する桜を無視して、今度は桜の頭に顎を乗せる。


「ひゃっ」

「桜。そんなに焦らなくても私はどこかにいったりしないよ。約束だって忘れないし」

「……別に、焦ってるわけじゃ」


 2人の様子を見ていたクラスメイトは「あの2人もしかして」「うむ。とうとうくっついたようではないか」と顔を綻ばせていた。そう、最も驚きだったのは桜と陽翠の距離感や会話の内容である。

 喧嘩でもあり、それは、惚気でもあった。


「う、うちはただ。今まで幼馴染だった時間もだけど、い、今の……の時間ももっと大切にしたくて」

「んー、そうだな。そしたら、今までやってなかったことをやってみるのはどう?」

「例えば?」


 陽翠は桜の頭から離れ、そっと耳元に顔を近づけると何かを囁いた。みるみるうちに顔を赤くした桜は、数秒後、ゆっくりと首を縦に振った。

 陽翠の耳も桜色に染まり、さっきまでの口論(いちゃいちゃ)の勢いはいずこへ、椅子に座る桜と傍に佇む陽翠は囁くように言葉を交わしていた。それは2人だけの言葉。他の誰も、聞こえることのない――




「じゃあ、明日の朝からよろしくね。桜」

「――う、うん。陽翠」


 桜はいつものように自分の席から遠ざかっていく陽翠の背中を、今日は見つめていられなかった。ツインテールで顔を隠し、俯いて自分の脚とにらめっこをする。

 そうしていないと、この火照った顔を陽翠以外に見られてしまうから。

 桜は想像する。幼馴染からになって、今までしていなかったことをする。している、2人の様子を。

 陽翠が桜の家のインターホンを鳴らし、どたばたと玄関から飛び出して来た桜に小言を言う陽翠におはようを言って、笑顔で陽翠を小突く朝。それが、変わった後の様子を――


(毎朝学校に行く前にキスしようとか……っ!!!)


 1限が始まるまで、桜は顔を上げられなかったのだった。



――1か月後、寝坊した自分が、陽翠と軽い喧嘩をしながら口づけを交わしているとは、この時の桜はまだ知る由もない。

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