あやかし譚

ひびきとうこ

第1話

〈あやかし譚〉



 迷ってしまった。 右を見ても左を見てもこれと言った目印もないし、どこか泊まれそうな宿もなかった。 どうしたものか。 スマホを見ても電波の届かない圏外になっている。 僕は、溜め息を吐く。

「どうした、そこの青年」

 眼の前に僕と同じ歳くらいの男が立っていた。

 人がいるだけでもありがたい。 これで無人だったら最悪だ。

「どうも道に迷ったみたいで」

「ははっ、そうか」

「笑い事ではないですよ」

「いや、すまん。 なら私の所に来るか」

 普通に考えたらそんな都合の良い話はないが、日ももう暮れていた。 僕は男の言葉に甘える事にした。

「それじゃ」

「ここが私の棲み家だ」

 眼の前には鳥居がある。 そこが男の棲み家だと言う。 何とも妙な話だ。

「神社?」

「そう、私はここに棲む狐だ。 もう長い事、誰もここを訪れるものは居なくなった。 そなたは久々の客人だ。 手厚く歓待しよう」

 話が逆ではないか? 人間が神様を祀る事はあっても神様が人間を歓迎するなんて話は聞いた事はない。

「そんな頭を上げて下さい。 僕はただの迷い人ですから」

「そうか。 そなたは大変謙虚だな。 気に入ったぞ。」

 かくして。 僕はしばらくの間その男の許で暮らす事になった。



(20240212)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あやかし譚 ひびきとうこ @tokohibiki24

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ