第23話 新規顧客の新たな門出
「古賀ってやっぱ土産のセンスねぇよなぁ。何だよ、面白い恋人って。面白くねぇって」
有給休暇で二週間休んで、活気の戻ったオフィスに一足遅れて久しぶりに出社したというのに、この言いようである。
「あと月餅は重いんだよなぁ。大阪と香港の土産でダブルで外れ引くとは、さすが古賀だわ」
「文句言うなら食べなきゃ良いじゃん」
「いや、食べる。糖分は仕事に必須だからな」
綾辻はそう言って土産に買ってきた大阪名物のゴーフレットをかじる。食い意地張っていて大酒飲みのくせに、どうして痩せていられるのか、不思議だ。
「古賀~。お土産美味しかったよ。ありがと!」
ミーティングから戻ってくるなり、わざわざお礼を言いにきてくれた星野に、麗羽は笑みを返す。
「喜んでくれんのはほしだけだわ」
「俺も美味しいと思うから、気にすんなよ」
先輩の矢野が会話に混ざる。この人は虫でも美味いと食べてくれる人だから、ノーカンで良いだろう。
「それにしても、年末も近いのに二週間も休むとはなぁ。こんな中途半端な時期に有給使うの勿体なくね?」
「それ使ってからちょっと後悔したんだよね。香港の叔母さんも同じこと言ってた」
香港在住の叔母がいて、彼女を頼りに香港大学に留学して、学位を取得した。それが表向きの麗羽のプロフィールだ。実際には大学なんて通ったことはないが、香港大学のキャンパスライフについては姉妹達から教えてもらったから、質問されてもある程度は対処できる。
「あ、そろそろ時間だわ」
腕時計で時間を確認して、立ち上がる。ノートパソコンを閉じて、バッグを取る。
「あ、これから訪問?」
「そう。新規のお客さん。せっかくだから在庫押し付けてやらなきゃね」
「ほどほどにしとけよ?」
綾辻に窘められて、笑みを返す。
「そのまま直帰するから。課長によろしく」
「いってらー」
ハンガーラックからコートを掴んで、麗羽は出掛けた。
御徒町の蔵前橋通り裏の路地に入ると、真新しい看板が置かれていた。
「だっさ……」
ガンショップ白炭と書かれた看板に、失笑を漏らして階段を昇る。
「いらっしゃーい」
入店のチャイムが鳴って、奥から気の抜けた声が届く。カウンターに座って頬杖をつく瓶底眼鏡に三つ編みお下げの女のもとへ、麗羽は向かっていく。
「ガンショップ白炭ってダサくない? よくあんな名前で内調が許可出したね」
「ガンショップ・サマンサよりは良いじゃん。そもそもサマンサとか意味分からんし」
白炭は眠たそうな顔で笑って言った。
内閣情報調査室から引き抜かれて、王血幇専用窓口担当に任命された、などというわけの分からない連絡をもらったのは、香港へ着いた矢先のこと。上司を半殺しにしてクビにされたという体で、業務停止命令を受けたのを機に故郷の長崎に帰った店主から店をそのままもらい受けて、ガンショップの店主に収まりつつ麗羽との連絡係をやらせてくれと頼まれたのだった。
それから本国での諸々を済ませて戻ってきてみれば、このダサい屋号と代わり映えしない店内である。二週間何をしていたのかと問い詰めたくなる。
「ていうかさぁ、二つ返事でオッケーするなら公安の連中と付き合っとけば良くない? 何であんたらあいつら拒んでたの?」
営業に来たのに店を閉められ、戸締まりをして戻ってきた白炭が訊いてきた。
「だって公安とかキモいじゃん」
「そりゃ分かる」
国家権力とコネができるのは歓迎するし、見返りさえもらえるなら荒事でも何でも引き受けるが、ああも身元を隠して近付いてこられて心を開けという方が無理な話だ。
「その点刑事さんは分かりやすいからね。公安の人間なら、自分の立場をあんなあけっぴろげにしないで近付いてくるもんだよ」
それができない性分なのは、何となく分かる。だからこの刑事は信用できるのだ。
「あたしもう刑事じゃないから、その呼び方止めな」
パイプ椅子に座った白炭が言った。
「あれ、ほんとにクビになったの?」
「潜入捜査官扱いで警察庁警備局付になってる」
潜入先に素性がバレている潜入捜査官なんて、世界中で彼女だけではないだろうか。
「じゃあ店主さん?」
「普通に名前で呼びなよ。白炭さんでも穂乃香さんでも、お好きなように」
さん付け前提の提案に少し考えて、
「じゃあスミーで」
「あんたも大概ダサいじゃん」
不評は承知の上だが、こういうのは続けていれば向こうも慣れて何も言わなくなる。学習性無気力のようなものだ。
「まぁ良いや。よろしく頼むよ、古賀」
白炭は板ガムを一枚差し出した。
「末長くご贔屓に、スミー」
受け取った板ガムを口に入れて噛むと、甘い風味が広がった。
狂犬と殺人蜂 その辺からの物体ワイ @object_y
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます