第20話 転移

 凄まじい冷気が部屋一体を支配する。

 もはや呼吸することすら許されない地獄の中、自身を拘束する氷の檻を腕力のみで無理やりこじ開けた。


「はぁはぁはぁはぁ———————ッ!」


 窒息、もしくは急激な体温低下によって意識を失いかけそうになるも間一髪のところで解放される。ユイの死が目的ではなく拉致にある以上、戦闘不能にする手段に出るのは間違いない。おおよそ手加減をしているのだろうが、それでも彼女の攻撃は人を殺めてしまう危うさが持っている。


 魔法発動における予備動作がない状態でこれとなると、詠唱ありの魔法など想像したくもない。これが正統なる勇者一行の末裔の力なのだと身をもって思い知らされた。


「クレアさんも堀北君も今ので戦闘不能にできたのですがやはり別格。それでこそミシェル様が待ち望んだ私の伴侶です」


 正面で不敵な笑みを浮かべるサナにこれ以上ない警戒心を抱くと、次の攻撃に備え体制を整える。不意打ち様にまたアレを食らえばそこでゲームオーバーだろう。


「別格と言うなら君の方でしょ。無詠唱魔術なんて聞いたことないんだけど」


 少なくともそんな特殊能力を持っていたのは異世界にいた頃に出会った彼らくらいだろう。それこそアスティや魔王ハデス、ミシェルやヒナなんかは当たり前に使っていた。つまり目の前にいる彼女は、あの英雄たちに並ぶ素質を有しているということ。


 知りたくもない絶望的な証明がユイの中で立証された。


「威力は詠唱時に比べて落ちますが、奇襲するならこれ以上ない最善手だと自負しております」


 ボクも異世界では無詠唱魔術の使い手だった。けれど彼女ほどごく自然に、違和感を見せずに発動することはできないだろう。


 オーディンに引き続いてやってくるボスラッシュに、今すぐにでもリセットボタンを押したくなる。願わくば魔法が使えて強くてイージーな世界線に戻してほしい。魔法が使えればこの詰みにも光が見えるだろうと微かな希望に縋るよう、ユイは魔力を宿らせるべく手のひらの中心に力を込める。


 魔法を発動する上での基本的な動作を行うと不思議な、そして懐かしい気分に陥る。かつて初めて異世界で魔法を使った忘れられない感動的な感覚に近かった。

 今も手に残る暖かい温もり。静電気のようにパチパチと弾ける魔力。一度は失いかけたと絶望していた魔法の存在にユイは強い感動と自信を覗かせると、魔術師として、最強の自負を思い出す。


「戻って……きた?」


 手中に宿る熱を魔法へ具現化すべく、迫り来る氷壁に向けて解き放つ。

 

 魔法名はエル・ウィンド。無数の風のつぶてがサナの繰り出した氷を木っ端微塵に破壊すると、甲高い音を立てて崩れ落ちる。規模はともかくその圧倒的な攻撃力に衝撃の声を漏らしたのは、自分ではなく他でもない彼女だった。


「今のは風魔法エル・ウィンド。確か貴方は魔法が使えないはずでは?しかもその魔法は———————」


 彼女が驚いたのは魔法を発動した事実にではなく、自らの攻撃を無効化した風刃そのものにあった。既視感のある風魔法、その威力も速度も全てが八神斗真のの扱っていたそれに酷似していた。

 何故魔力の宿らないこの体に彼の術式と魔力が刻まれているのか自分でもわからないが、僅かでも彼女の攻撃が途切れたこの絶好機を逃すわけにはいかない。

 

 彼女の背後に設置された複数の魔法陣、そのどれかがクレアの話していたエーデルガルトに繋がっている。最悪どこでもいい、目の前に立ちはだかる災厄に比べてしまえばどんな悪環境でも些細なことだ。


 把握できていない残存している魔力をありったけ解放すると、未だ次の攻撃を発動していないサナに向けて再び風の刃を繰り出した。

 風魔法は氷魔法に比べて圧倒的に火力差で押し切られる可能性が高いが、一度で量産できる手数ではこちらに大きな分があるため突破する道があるとしたらそこだろう。


「一か八かの大勝負ってことね」


 覚悟を決めるとさらに風刃を生み出す速度を上げていく。小さな範囲攻撃ではあるが、それらがまとまり一体となった攻撃となればいくら彼女でもそれら全てを一斉に捌く手段は限られる。サナが攻撃を掃討し、ボクごと凍り付かせるためには最大出力を持ってして大規模な氷魔法を発動させることしかない。

 自身の視界を覆い尽くすほどの大氷壁を作ったその時、彼女を出し抜く隙を作れるはずだ。


「行くよサナさん。これが今のボクにできる最大の攻撃だッ!!」


 敢えて発言することで相手に大魔法を発動させるよう鎌をかける。それに彼女が乗ってくれるかは不安だったが、流石に煩わしいと思っていたのか予定よりも数段早く彼女は先ほどよりも規模の大きい氷を目の前に顕現させた。

 

「貴方に敬意を評してこれを送ります。現段階の私が用意できる最高の攻撃です」

 

 期待通りの展開に持ち込めたが。問題はここからだった。先ほどまでストッパーとなっていた風魔法を解除し、魔法陣に向け全速力で駆け出すため迫り来る氷壁に対応する術が無くなってしまう。


 一度でも逃げ遅れれば一貫の終わりの状況の中、妖しく光る魔法陣目指して少年はただひたすらに腕を振り続けた。

 

 


 


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異世界から現実に帰還したら無双している勇者一行の子孫達に溺愛された件 タルタルハムスター @kiiita

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