旅の初めに祝電を-2


 列車は状況確認後、ひとまず最寄り駅まで運行することとなった。駆けつけた軍の調査官から乗客全員が簡易的な聴取を受け、アルベリスとアンナリーゼは当事者として一時的に足止めをされることとなった。


「この様子だと日が暮れそうですわね」

 アンナリーゼはそう言いながら、【彼方の瞳フラク】の頭を指でくすぐった。待合室の片隅でなんとか無事だった荷物を足元に置き、退屈を紛らわせているところだった。

「そうだね」

 アルベリスは暗澹たる気持ちで呟いてから、同じように羽毛の間に指を埋めた。旅の途中から列車の上空に【彼方の瞳フラク】を飛ばし、怪しい人物がいないか確認をしてもらっていた。襲撃にいち早く気づけたのも、アンナリーゼのおかげだった。

 事件については、現場を訪れた関係者も微妙に扱いかねている節があり、いつまで引き留められるのかははっきりしない。その要因についてはいくつか考えられるものの、影響が最も大きいのは襲撃者の身元確認が取れないことだろうとアルベリスは予想していた。

「彼らはどこから来たのでしょうね」

 他愛ない様子でアンナリーゼが言った。アルベリスは「さあね」と応じてから、

「少なくとも黒装束じゃない。やり口がまるで違うし、もっと別の意志を感じる。身元も徹底して隠してそうだし」

「それで言うと、最後に出てきたあの方は?」

「まぁ……心当たりは、ある」確証はないけどと補足して、「たぶんカイネハイトの諜報屋。あそこは護衛とか暗殺とかもやってるから、それだと思う」

「あなたを守ると?」

「というより監視の意味が強いはず。姉にも全員ついてるんじゃないかな……」

 宙を見つめて息を吐く。可能性として考えられるのは、交流会での一件を受けてアルベリスもまた監視対象に入ったということ。安全はある程度確保されるが、そのぶん自由はきき辛くなる。〝姉と同じ〟ということも含めて、あまり嬉しいものではなかった。


 ただ待つだけの時間ほど虚しいものはない。先ほどの戦闘を踏まえて魔術の改良でもしようかと思い始めたところで、駅長室から出てきた軍服の男性がアルベリスを呼んだ。

「ユーティライエさん。サラヴィス中佐から通信です」

 その姓と階級の組み合わせには覚えがあった。「ちょっと言ってくる」アンナリーゼに断って席を立ち、導かれるままに駅長室の扉を潜った。受信機を受け取り耳に当てる。

「代わりました。お久しぶりです。ホルヴァートさん」


『――アルベリス。無事で何よりだ。災難だったな』


 聞こえたのは壮年を思わせる落ち着いた男性の声。ホルヴァート・サラヴィス。ぞく五家が一つ、サラヴィス家現当主の弟。若き日の母――エレオノーラ・ユーティライエとは特に親しかったと言い、母が当主になって以降は、ぞくの集まりがある度にその娘を、アルベリスたちを気にかけてくれていた。

『君の声も随分と懐かしい。母君の葬儀には、行くことができずすまなかった』

「いえ、お忙しいのは承知しております。お心遣いに感謝を」

 母に対する彼の複雑な心境は想像ができた。ホルヴァートはそれを聞くと小さく笑う気配をみせて『すっかり成長したな。強くもなったようだ』と言った。

『本題に入ろう。先の襲撃の調査についてはこちらで受け持つことになった。現場指揮官には、君とベルフェロイツ嬢を解放して良いと既に伝えてある。客車の損壊も気にしなくていい』

「……かなり込み入った話のようですね」

『そうなるな。上も色々と動いているようだ』

 詳細を語るつもりはないようだった。アルベリスは追及を早々に諦めて、別の疑問を口にした。

「私にも、カイネハイトが?」

 ホルヴァートは沈黙を挟んでから、『聡いのは君も同じか』と呟いた。それから『彼らのことは気にしなくていい』と言って話を繋ぐ。

『列車からして、行き先はユーエンだろう。相手はキレムだろうが、君なら問題あるまい。であれば、彼らも無用な介入はしないはずだ』

「……わかりました。ありがとうございます」

『ああ、旅の幸運を祈る』

 最後にそう言って、ホルヴァートは通信を切った。アルベリスも受信機を下ろし、待合室へと戻る。


「いかがでしたか?」

「解放されるみたい。とりあえず行こう」

彼方の瞳フラク】をしまったアンナリーゼを促し、荷物を持って乗降場へと向かった。止めるものは誰もなく、空いていた客室へと身を落ち着ける。他の乗客はとうに乗り込んでいた。発車を知らせる警笛が鳴る。

「ところで」荷物を整理しながらアルベリスはふとあることを思い出した。「襲われる前に言ってた〝黒針ベルザイクの逸話〟は?」

「ああ、あれですか」アンナリーゼはすっかり忘れていたというふうに言ってから、いかにも適当に、「逃げたはずの妹が戻ってきて、姉妹で仲良く魔物を殺しましたとさ。めでたしめでたし」

「……本気で言ってる?」

 懐疑の目を向けると、アンナリーゼは悪びれもせずに肩を竦めて、

「まさか。恐怖譚にしようかと思いましたが、話の腰を折られてしまいました。でも、別に構いませんわよね? こちらの方が今回に私たちには相応しいですし――話の筋など、望むままに変えてしまえば良いのですから」

 アルベリスは思わず笑う。そんな横暴がまかり通っていいのだろうか。物事の筋とは、運命にも似て決定的でなければならないのでは、と。


「あなたは作家にはならない方が良いと思うよ」

「なぜです」

 不満げなアンナリーゼをよそに、アルベリスは再び動き出した景色へと視線を向けた。今は草木が多く見られるが、次第に荒野へ変わるだろう。

 まだ日は高い。次の停車駅は――排律法令都市、ユーエン。

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世界の光を殺すまで〜悪役令嬢と七人の姉〜 伊島糸雨 @shiu_itoh

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