第10話 エピローグ ~友なる竜の背に共に~
国王は相変わらず跪いているビアンカとコーレに立つように命じた。
「セラスティア殿下、まずは礼を言わせていただきたい。この国の未来たる我が子達を護りお救いいただいたこと、幾重にも感謝する。御礼のしようもない。この国そのものを望まれても断れぬほどだが、そうするわけにもいかぬ。さて、どうすればよろしいかな?」
「いいえ」
何を望むか問われたが、セラスティア王女、すなわちビアンカは慎ましやかに首を小さく横に振った。
「私自身、今朝はホルツコーレ殿下にこの身を襲撃から救い出され、つい先程は窮地を魔法で守られた身。二度の救命を思えば、お礼の言葉は私が述べるべきと存じます。どうか、お気遣いはなさいませんようにお願い申し上げます」
「そうか。そう言って下さるとは、真に有難い。では相見互いということで。しかしながら、御恩は国の恩として深く胸に刻ませていただく」
「御意」
「それにしても、お国の武術師範からの『双剣無敵、豪胆無比』の言付けは、話半分どころか言葉及ばずだったようですな」
「畏れ入ります」
「では、本日の席の本来の目的に立ち返るとしよう」
国王はそう言って周囲を見渡し、転がり散らかった茶席の卓と腰掛の残骸を遠い眼で眺めてから続けた。
「とは言っても、もう茶の席という心持ちではなかろうから、単刀直入に問わせていただこう。セラスティア殿下、貴女は伴侶としてどのような者をお望みかな?」
ビアンカは赤らめた顔を、横に立つコーレに向けた。コーレもまたビアンカに向く。互いの眼を見つめ合いながら答えた。
「はい、なろうことならば、私を空へと
「うむ」
国王は大きく頷いて、今度はコーレに尋ねた。
「ではホルツコーレ、そなたはどうだ?」
コーレもまた、力強く声を出す。
「陛下、なろうことならば、わが友なる竜の背に共に乗り、共に空を翔け、共に国の姿を見詰めてその将来を語り合い、いざの時には共に守り合える乙女を望みます」
互いの目を見て微笑み合う二人を国王は満足そうに眺めた。
「ならば良し。では、これからのことだ。セラスティア殿下とホルツコーレを交えて種々相談せねばならんが、ここは今日の二人を語ってもらうという雰囲気ではないな。城内に場を移すか。準備を」
国王が近衛兵の一人に命じようとしたが、それをマクシミリアン師が引き止めた。
「畏れながら陛下。それよりも、今すぐなさるべきことがございましょう」
「む? 導師、何ですかな?」
「執務室に早急に戻られ、今後について宰相閣下との打ち合わせを行われるべきかと」
「だが、二人の今日の事をとっくりと聞き取らねば」
国王は進言を退けようとしたが、王太子夫妻も続いて口々に言上する。
「いいえ、それよりもこの度の悪謀の調査、内相領への派兵の御命状の作成を早急に」
「うむ。それも急がねばならんな。だがそれはそれ、これはこれだ」
「それにブラウズベルグ王国への返書もお急ぎになられませんと」
「お前達、笑顔が怖いぞ。二人の話はお前達もじっくりと聞きたかろうに」
国王は何とかいなそうとしたが、そうはできなかった。
夫妻も師匠も笑顔のままで「いいえ」と国王に詰め寄って声を揃えた。
「この場は」「これから後は」「若い二人に任せましょう」
国王はそれでも抵抗しようとしたが、多勢に無勢、王太子夫妻とマクシミリアン師に両手を引かれ背中を押される勢いで連れ出された。クラウス子爵も満面の笑顔に目を潤ませてセラスティア王女に向かって何度も丁寧にお辞儀をしてから近衛兵と共に後を追い、庭園に残されたのはホルツコーレ王子とセラスティア王女、そして静かに空を回るグラウだけである。
二人は顔を見合わせると、照れ臭そうに笑い合っては目を逸らすことを繰り返した。
何度目かにコーレが遠慮がちに両手を差し出すと、ビアンカがその手に自分の掌をそっと預ける。
互いに顔を向けて目と目が合うと、また微笑んで視線を外す。
しばし言葉もなく目を合わせては外すことを繰り返した後に、コーレがやっと言葉を口にした。
「セラスティア殿下、ひとつお願いがあるのですが」
「何でしょうか」
「これからも、『ビアンカ』と呼ばせてもらっていいかな? もう口に馴染んでしまって、『王女殿下』と呼ぶと妙な感じがするので」
「はい、構いません。私も『コーレ』とお呼びさせていただいても?」
「もちろんだ、ビアンカ」
「コーレさん、嬉しいです」
そしてまた笑い合った後に、ビアンカがおずおずと言い出した。
「あの、私もお願いがひとつございます。よろしければ、王太子妃殿下がお着けになられていた腕の飾り紐を、私にいただけませんでしょうか」
「じゃあ、次の空の旅はその買い物にするか?」
コーレが答えた時だった。グラウが上空から大きな羽音と共に降りて来て、二人の頭上で羽ばたきながら呻り声を上げた。
『いいや、断る。その店、この城から目と鼻の先だろうが。今から手をつないで歩いて行けよ。二人きりでな』
二人がまた顔を見合せて笑い、そして手を振って見送る中、グラウは空高くへ舞い上がり、高く聳える峰々へと帰って行った。
数日後、この国の王城を飛び立つ灰色の竜の姿が目撃された。
その背ではお揃いの飾り紐を腕に着けた白い服の乙女と黒い服の青年が、同じ紐を片側に残る角に巻いた竜と共に楽しそうに語り合いながら、乙女の生国であるブラウズベルグ王国の方へと国王からの返書を携えて飛んで行ったという。
青い空の中を、白い雲の間を、高々と、悠々と飛んで行ったという。
友なる竜の背に共に 花時雨 @hanashigure
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます