第7話 惨事

『元はと言えば蘇芳が私じゃなくてあの女を愛するからよ』


 瑠璃の言葉が蘇芳の頭の中で何度も木霊する。


(ああ、そうだ。私が浅黄を愛さなければ浅黄は死ぬ事はなかった…)


 蘇芳は動かなくなった瑠璃から陰茎を抜いた。


 蜜口からコポリと白濁が溢れる。


 瑠璃を油断させるために体を繋いだだけで、最後までするつもりはなかった。


 それなのに、瑠璃の首を締めた時、思い切り締め付けられて思わず吐精してしまった。


 おまけに瑠璃の首を締める時に妖力を使い過ぎたせいか体がふらつく。


 ふらふらと起き上がり、瑠璃のはだけた着物を軽く前で合わせる。


 カッと見開かれたままの瑠璃の瞼を閉じさせるとゆっくりと立ち上がった。


(さて、父上に何と報告しようか…)


 瑠璃の部屋を出たところで青藍に出くわしたが、何故かやけに慌てている。


「どうした?」


「あっ、蘇芳様。先程旦那様の所に山伏の方々が来られたのですが、どうも様子がおかしいんです」


「山伏?」


 いくら山伏と言え、こんな所に来るなどあまりにも不自然だった。


(都で噂されていた討伐隊か?)


 先日、京の都へ行った時に微かに聞こえた噂を思い出した。


 ただの噂話と聞き流していたがどうやら違ったようだ。


「青藍は女子供を連れて隠れ家へ行き結界を張れ! 私は父上の加勢に行く!」


「わかりました。お気を付けて」


 忌々しい人間共め!


 この里は守り抜いてみせる。


 蘇芳は鬼の姿に戻り酒宴が行われている広間に向かった。


 だが、そこは既に仲間たちの死体で埋め尽くされていた。


(なんて事だ!私が人間の女に現を抜かしていたばかりにこんな事に…)


 だが、肝心の酒呑童子の姿がなかった。それに山伏達も。


 蘇芳は急いで父親の居室へ向かった。


 大きく襖が開け放たれ、そこには正体を現した父上の首を斬りつける頼光達の姿があった。


 父上の首は斬り落とされ、宙を舞って頼光の兜に喰らいついていたが、やがて力尽きた。


「父上!」


 蘇芳は頼光達に襲いかかったが、妖力を使い果たした後で思うように力が出なかった。


 多勢に無勢では敵うはずもなく一瞬で蘇芳の首も斬り落とされた。


 首を切り落とされた瞬間、蘇芳は何処かホッとしていた。


(…ああ、これで浅黄の元に逝ける)



 ******


 女子供を避難させたところで、青藍は瑠璃の姿がないのに気づいた。


 思い返せば、先程蘇芳に会ったのは瑠璃の部屋の前だったと気付く。


 なのに蘇芳は瑠璃の事には何も触れなかった。


 青藍は結界を張って皆を隠すと屋敷に戻った。


 瑠璃の部屋に入ると瑠璃は着物の前を合わせただけの姿で倒れていた。


(一体何があったんだ?)


 青藍が慌てて瑠璃の身体を抱き起こすと首に赤黒い跡が見えた。


(蘇芳様が首を締めた?)


「瑠璃! 瑠璃!」 


 何度も呼びかけて体を揺すると、ピクリと瞼が動いた。


「ごほっ、ごほっ!」


 何度か咳き込んだ後、ようやく瑠璃は呼吸が出来るようになった。


「大丈夫か? 何があったんだ?」


「…蘇芳に…首を締められたの」


「蘇芳様が? どうして?」


「…それよりもきな臭いわ。何かあったの?」


 青藍は山伏達が来た事と、彼等がどうやら討伐隊らしい事を告げる。


「討伐隊ですって!? すぐに行かなきゃ!」


 瑠璃はふらつきながらも立ち上がると青藍と二人で広間へと向かった。



 ******


(ああ、ほんと酷い目に合ったわ。…それにしても蘇芳ったら、私が首を締められた位で死ぬと思ってたのかしら?)


 一時的に仮死状態に陥っただけで、青藍によって瑠璃はすぐに息を吹き返した。


 だが、今は自分の事よりも父様達が心配だった。


 瑠璃は青藍を伴って広間へと向かったが,そこはもう見るも無惨な死体の山だった。


「紫紺! 何でこんな事に!」


 青藍が仲の良かった紫紺の無残な姿を見つけて叫んでいる。


(父様と蘇芳がいないわ…)


 瑠璃が急いで父親の部屋に向かうと、そこに蘇芳がいた。


「すお…」


 声を掛けようとして瑠璃は何かがおかしいことに気付いた。


(蘇芳の首が床の上にある?)


「ひっ!」 


 瑠璃は目を見開いたまま、蘇芳の首を見つめた。


 蘇芳は首と胴体が分かれていた。


 父親の胴体にも首がなかった。おまけに斬り落とされたはずの首がない。


 おそらく酒呑童子の首は討伐の証にと持ち帰られたのだろう。


 屋敷にも火を放たれたらしく、あちこちで火の手が上がっている。


「蘇芳! 何でこんな事に…」


 瑠璃はそっと蘇芳の首を抱きかかえ、頬を撫でる。


 ピクリと瞼が動いた気がした。


(…まだ、間に合うかもしれない…)


 瑠璃は蘇芳の首と胴体を引っ付けるとその境目に妖力を流しだした。


「瑠璃、何をやってるんだ? 早く逃げないと、火が…」


 青藍が焦ったように促すが、それにも構わずに瑠璃は妖力を流し続けた。


「反魂の術よ」


「反魂の術? でもあれは滅多に成功しないって。それに術者にも命の保証はないって聞いたぞ」


「それでも構わないわ。蘇芳がいなければ生きていたって意味ないもの」


 瑠璃は必死に妖力を流し込んだ。


(お願い! 還って来て!)


 火の手が間近に迫ってくる中,蘇芳の首と胴体が徐々に引っ付いていく。


 首と胴体が完全に引っ付いてところで、瑠璃は蘇芳の唇に自分の唇を押し当てて息を吹き込みながら妖力を流し込んだ。


 ピクリと蘇芳の瞼が動いた。


「蘇芳! 私がわかる?」 


 瑠璃の問いかけに蘇芳は目を開けたが、焦点が合っていない。


「瑠璃! 火が回ってきた。早く外に出よう!」


 瑠璃は青藍と二人で蘇芳を支えながら、屋敷の外に出た。


 屋敷から数歩離れた所で、火は瞬く間に屋敷を覆い尽くした。


 そのまま山道を上がり、桜の木の下に座らせて蘇芳の様子を見る。


 蘇芳は相変わらず目の焦点が合わずぼうっとしたままだった。


 命は助かったものの正気を失くしてしまったのだろう。


 だが、瑠璃にとってはそんな事はどうでも良かった。


「蘇芳。それでもこうして生きてくれているだけで十分だわ」


「じゃあ、皆の所に行くか」 


「そうね。これから生活していく所を探さないとね」


 さぁっと風が吹いて、桜吹雪が舞い散る。


 蘇芳の妖力によってこの桜の木は花が途絶える事はない。


「ねえ、蘇芳。あなたはこの桜吹雪が大好きなのよ。覚えてる?」


 そう告げると、瑠璃の言葉がわかったのか蘇芳は桜の木を見上げ、うっすらと微笑んだ。


 歩きだした三人の背中に桜吹雪はただ降り注ぐだけだった。

 


        ー完ー

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桜散る春に〜大江山伝説異聞〜 伽羅 @kyaranoa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ