閑話 『彼、もしくは彼女は、、』






 ヴィーグナ全域が結晶化してから半日ほどの時が流れた。






 それは、港町ヴィーグナの連絡用術式魔法からの定期連絡が途絶えたことによって、『ホムンクルス』の隊員へ報告が挙がってきたことで始まった。


「我が王にご報告が・・・・。」


 ここは王都「ウィシュレス」の中心に位置するブライドール城の玉座の間。

 『ホムンクルス』第一部隊隊長 グロス・ダズフォーネが、エイヴァロン国王 グローリア・アルカナム三世に港町ヴィーグナの壊滅を報告する。


「・・・ほう、『黒蛇』が出たか・・・。して、あの怪物の所在は?」


 微塵も動じる様子の無いグローリアはグロスに報告を続ける様子で促す。

 だが、対したグロスはなにやら言い淀んだ表情で、おもむろに口を開いた。


「そ、それが・・・ヤツの所在は今だ掴めず、忽然と姿を消したものと思われます。」


「何?」


 それは予期していなかったとでも言いたげにグローリアは眉の形をひそめた。

 一度『黒蛇』が災厄を振りまき始めたのなら続く二次被害への対処や補填を行わなければならない、より詳細に聞き出そうとグロスに聞こうとしたが、それは次の言葉で霧散した。


「・・・ヴィーグナ近隣の村や町などから被害報告が一切挙がっておらぬのです。」


 自身も釈然としない様子で、目の前のこの国の王にこのような報告をしてしまったグロスは脇からの冷や汗が止まらなかった。

 グロスは傷の付いた精悍な顔を硬くさせてグローリアの顔を見た。

するとそこには、、


「・・・とうとう器を選んだのだな、、原罪の怪物めが、、、。」


 息をのんだ。

 グローリアの言葉に熱は無く、平坦なようで先ほどと何も変わらないように聞こえる。

 第三者からはそう聞こえただろう。

 だが、グロスは違った。

 グローリアの眼を見てしまったのだ。

 それは、、、


「・・・ふむ。調査隊の編成は後日、追って伝えよう。」


「し、、、しかし事態は一刻を争います!」


「いや、そうでもないさ、私の推測が正しければ中途半端な調査は時間の無駄だ。」


「で、ですが、、、。」


「くどい。」


 グロスの全身はまるで、石などの柔なものでは無く、固定化の術式を練り込んだ鋼のように硬直した。


 この国の王族の血を引いた者にしか発現しない六芒星の紋様が浮ぶ特殊な瞳。

 それは『魔眼』と言われる術式が身体ではなく眼に刻まれたものの一種。

 術式魔法の完成形とも言われるそれは、王家の過去何百年から優れた術式魔法との掛け合わせを続けて先々代国王 グローリア・アルカナム一世の代で完成した魔法の極致。

 

 その眼で見られてしまったグロスはもう、何も言えなかった。


「しょ、承知しました。」


「下がれ。」


「、、はっ!」


 グロスにグローリアの心中を推し量ることはできない。

 今は一刻も早く現場へ行き、まだ命の途絶えていない、助けを求める人々がいるのでは無いかと、気が気では無かったのだ。

 それでも、正義感の強い彼のような男でも『魔眼』で見つめられてしまったら首を縦に振るしか無い。

 それほどまでに、美しくも恐ろしいモノだと知っていたから。






「・・・・。」


 グロスが退出して誰もいなくなった玉座の間を見る。

 いや、


「レコ、いるのだろう。あの方に報告しろ。」


 すると、最初から存在していたとばかりにグローリアの前にその人物は姿を現した。


「あら~~、バレてたね~~。グロ~リアくんさっすがだね~~。」


 王を前にして、このような態度。

 だが誰も、当の本人でさえ気にした様子は無く、いつものようにめんどくさそうに言葉を紡いだ。


「世辞はいい。早く行け。」


「はいはい~~。わかったよ~~。」


 手をひらひらと振って、再び忽然とその姿は虚空へと消えた。


「それにしても、、、、この国の人間で『黒蛇』の器になろう者が現れるとはな。」


 忌々しそうに呟く。

 グローリアはこの国の平穏が幕を引いたのを感じ、ただその事実に魔物に対する怒りを覚えた。




――――――――




 王都「ウィシュレス」の街角。

 大通りから少し外れた小道に薬屋の看板を立てた小さな建物が一つ。

 そこには、気弱そうな女性と嬉しそうな老婆が立っていた。


「で、では、お身体を大事にしてくださいね・・。」


「いつもありがとうねぇ、あなたのとこのお薬、本当によく効くのよぉ。」


「そ、、そんな、、光栄です。で、では、お大事に・・。」


「本当にありがとうねぇ。」


 そう言って感謝の念を伝えて手を振る老婆を、女性はたどたどしい仕草で手を振り見送った。


「ふふっ、、よかった。」


 彼女は嬉しそうに口角を上げて、自身の店の中へと戻っていった。





 その女性は店内の掃き掃除をしている。

 この国では怪我をする者が少なく、この店に立ち寄るのは持病を持った老人が多い。

 そのことに不満は無く、誰かの役に立てるならと女性はこの仕事に誇りを持っていた。


カランっ


 扉に備え付けの来客を知らせる鈴が鳴る。

 今日は客が多いなと思ったが、誰かの役に立つことが嬉しい彼女はすぐさま客の出迎えに入り口へと向かった。


「い、いらっしゃいませ、、。本日はどのようなご用件でしょうか、、。」


 客に向かってお辞儀をし、どのような薬を処方するべきかの判断をするためにまずは相手に症状を尋ねる。

 そんないつもの光景だ。

 だが、今回の客は、、


「やぁやぁ~~。今日はとある報告に参りました~~。」


 と、胡散臭い態度で入ってきた男は、グローリアに用事を頼まれていたレコであった。


「・・・・・。」


 女性の表情に変化はない。

 ただそれは、いつもと違って無言で扉を閉めた。


バタンッ


 扉を閉め切り、ゆっくりと振り返る。

 女性は先ほどの老婆との接し方とは訳が違う無愛想な態度で言葉を口にする。


「報告、、、ですか、、。なんでしょうか?」


「ん~~。怖いな~~。ボクもさっきのおばあちゃんみたいに丁重に扱って欲しいものだよ~~。」


 ふざけた態度を取る男。

 だが、彼女は耳に入らなかったとでも言いたげに先ほどと同じく言葉を吐いた。


「報告とはなんでしょうか?」


「あはは~~怒らせちゃった~~、ごめんよ~~~。実はね~~、黒蛇が器を見つけたかもしれないんだよねぇ~~。」


「・・・・・。」


 女性は一瞬、目を丸くして再びもとの様子に戻り、口にする。


「そうですか、わかりました。それ以上用がないならお引き取りを・・。」


「待ってまって~~。せっかちだよ~~。部隊の編成について頼まれてるの。グロ~リアくんに~~。」


 あまりにも冷たい反応だが、レコは慣れたように対応する。

 グローリアの名前を出しておけば、話を最後まで聞いてくれるのは知っていたからだ。


「部隊の編成なんて、わたしが知るよしも無いじゃないですか・・。」


「またまた~~。ちゃんと教えて~~。次は、、、、、、、、誰がいらないの?」


 


 辺りは一瞬静寂に飲まれる。

 唾を飲み込んだだけだ響き渡りそうなその空間は一変、レコのその言葉を聞いたのが原因か、空気中の魔力が運動能力でも身につけたかのように、暴れ狂っているのを第三者から見れば確認できただろう。

 これは誰の仕業か、言うまでも無く一人だ。



「・・・・・『ホムンクルス』を調査隊に?」



 殺気は無い。

 ただそこには冷たさが、意思を持たない無機質な取捨選択を感じさせる圧があった。

 それでも、レコはいつものように自分のペースを崩さずに返答した。


「ん~~そうなるねぇ~~。新人の子と特別強い子を何人かは選んでおきたいなぁ~~。」


「・・・そうですか、、私から言うことはありません。お好きにどうぞ。」


 すると、先ほどまでの威圧感が嘘のように霧散した。

 レコは確認のため、もう一度彼女に向かって言葉を紡ぐ。


「いいの~~?今回の件は~~多分いろんな人が死んじゃうから~~、慎重にならないと~~。」


 念を押すように、最終確認と言わんばかりに彼女に問う。

 そして彼女は当然のように、、、


「はい。別に、術式持ちの子が何人死のうが構いません。彼らは・・・私が望む人間ではありませんので・・・。」


 そう言って、話は終わりだと言わんばかりにレコに背を向け、奥の部屋に下がってしまった。


「あらら~~。やっぱり冷たいよね~~。・・・・・ウィシュレスさま・・・。」


 レコはすでに目の前から消えた、この国の王都と同じ名前を持つ、女性の名前を呼んだ。

 彼はわかりきったことであるとばかりに切り替え、了承の意をグローリアに伝えるために薬屋を後にした。






バタンっ


 扉を閉め、外に出てきたレコは空を見上げる。

 時刻は十二時を過ぎた頃合い、眼に突き刺さる光を遮りながら彼は呟く。


「ほ~~んと、生きづらいよね~~。キミもそう思うだろ?ラースくん・・・。」


 今は学院を辞めてしまった、一人の生徒の名前を呼ぶ。

 その顔はどこか、親が子を想うような憂いを帯びていた。

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Alter Ego 〜人は『魔法』を、彼らは『異能』を〜 七星 ケムリ @ritomasushi0610

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