第22話:激闘 はぐれ魔物

「す、すごい……!」


「どの道、やり過ぎじゃないのか?」


 驚くステラを下ろし、レインは変に陥没する地面を見て表情を険しくすると、やり過ぎた自覚はあったグランは苦笑してしまう。

 

「ま、まぁ……改良の余地ありってやつだ。それに、こんな風に地面が沈んだのはアースワイバーンの穴のせいだろ? だから、その点は少し勘弁してくれ」


「まぁ、これに関しては何も言わん。――だが、まだ残ってはいる」


「!……そうだった、まだ大物がいたな」


 そう言って視線を向けた先には、こちらを無垢な瞳で見ているグラウンドワイバーンがいた。


 ポツンと虚しい雰囲気で鎮座しているが、レイン達の視線に気付くと、プルプルと身体を痙攣させた時だった。


『グルラァァァ!!』


「うおっ!? なんだ気持ちわりぃ!?」


 身体中から、先程、吸収したアースワイバーンを一斉に生やしたのだ。


 触手の様に動くアースワイバーン達だが、生やしたアースワイバーンを出来るだけ長く伸ばしている事から、遠距離戦を仕掛けようとしているのが分かった。


「グランの技を見て学習したか……」


「ったく利口なのは良いが……寂しいな、そんなに距離とられたらなショックだぜ」


 レインは冷静に、グランも軽口を言うが瞳は真剣そのもので、グラウンドワイバーンと周囲の状況を観察していた。


 アースワイバーンは全滅し、駒が消えたグラウンドワイバーンは言わば手負いの獣。


 言うなれば、勝負は佳境に入り、アースワイバーンが全滅した以上、ステラに関しても無理が可能となっていた。


「王女はここに――いくぞグラン」


「おう! とっとと駆除して、晩飯の下準備だぜ!」


 二人は駆け出し、両者の武器がグラウンドワイバーンと激突する。


 しかし、その場に残されたステラは、その光景を見て、佇むだけの自分に疑問を抱いていた。


「……このままで良いのでしょうか」


 ステラは悩む。身を守る為になら戦う事を許されたが、それだけで良いのだろうかと。


 自分は和平の為だけの存在なのは、王族である以上、理解はしている。


 けれども、グラウンドブリッジで暗殺されそうになり、ヴィクセルに守られ、今はレインとグランの両名に守られている。


――また、何もしないでいるのですか私は……?


 ただ守られている存在が和平を結べるのか、本当に誰かを救えるのか?

 言われた事だけを守っている自分を見て、誰が安心できる?


「……周りが傷付く中、私だけが、こんな立っているだけなんて」


 ステラは周囲の戦いの痕を見ながら、更に自分の無力さを痛感してしまった。

 地面は抉れ、沈み、血で染まっている。

 

――ここまで荒れた原因は私のせい。

 

 自分を守らなければ、レインは事態をもっと早く治めていた。

 それだけの能力を間違いなく<黒狼のレイン>は、持っている筈だと確信もあった。


「……今、必要なのはお飾りの姫じゃない。――戦う姫が必要なのです、戦いなさいステラ」


 和平の為にと、アスカリアに足を踏み入れた時に覚悟は既にしていた。


 それを思い出すと、ステラが深く呼吸を整え、一歩前に踏み出した先には、戦う二人の姿があった。


「油断してた訳じゃねが、流石にここまでやるか!?」


「予想はしていたが、やはり鉱石やアースワイバーン以外にも


 現在、グラウンドワイバーンの尾は既に斬られ、身体も鉱石ごと傷をつけられていたが、それでも最後の粘りを見せていた。


 身体から生やしたのはアースワイバーンだけではなく、巨大な蛇や牙の生やした魚等、吸収していた生物全てだった。


 言うなれば、グラウンドワイバーンは己の全存在を賭け、最後の抵抗を行っているのだ。


「ハンターフィッシュはともかく、バーサクスネークは【第二級魔物】だぞ? はぐれ魔物が、そんな奴も食えんのか!?」


「それ以前の問題でもある、バーサクスネーク・ハンターフィッシュ。この魔物は本来ならば、こんな地域に存在しない魔物だ」


 レインは嫌な予感を抱いてしまった。

 それは小さな種ほどの予感だが、やがて芽を出す事が確信もあった。


 何故なら、ハンターフィッシュは海にしか生息せず、この辺りは海から遠い事も確認済み。



 更に、バーサクスネークも同じ理由だった。生息地が、明らかに首都周辺の土地ではないのだ。


「おいおいレイン……まさか、このはぐれ魔物は……!」


「まだ分からん、遠くから来たアースワイバーンがはぐれ化し、その周辺で食した可能性もある」


 アースワイバーンはアスカリア全土に渡って存在する魔物であり、ルナセリアの土が嫌いだから向こうには生息しないと、学者が発表したのも記憶に新しい。


 また最近では、全体的に数も減り始めたとの情報もあるが、今はそんな事を思い出している場合ではなかった。


『グルラァァァァ!!』


『シャァァァ!!』


『キュウ~クルルル!』


『……パク……パク……』


 グラウンドワイバーンが攻勢に出始めた。

 血を流し、追い詰められた事で一気に興奮してしまったのが原因だった。


 ハンターフィッシュだけが口をパクパクさせているが、それでも本体は涎を流しながら吸収魔物と共に牙を向けている。


「……グラン、態勢を崩せ。次で終わらせる」


「任せろ……調べたかったが、どうやら生け捕りは無理だな」


 二人は無駄な事を考えるのをやめ、魔力をそれぞれの得物に込めながら構えた時だった。


――!?


 二人の背後を押す様に、強烈な魔力の風が吹き荒れた。

 それは突風の様に激しく、だが心地よさと優しさもあり、木や葉を揺らすが自然に負担を与えない風だった。


 例えるならば癒しだ。自然が喜んでいる様に、包み込む魔力が優しい温かさを運んでいるのだ。

 

「この魔力は一体……!」


 それでも強力な魔力であるのは違いない。

 その事に二人も気付いており、グラウンドワイバーンも途方もない魔力に身動きが出来なかった。


――まさか。


 けれども、二人はその魔力の持ち主を知っていた。背後にいるのは一人だけだからだ。


――ステラ・セレ・ルナセリア。魔法大国の王女。


 レイン達の後ろで立っていたステラは、髪やドレスをなびかせ、全体から蒼の魔力を放出させていた。


 それはまるで、水が彼女の周りで踊っている様で、幻想的に見える彼女の姿は、人ではない別の存在と錯覚しそうになる程だ。

 

 なにより、その姿は先程まで落ち込んでいた王女とは思えなかった。


「なんて魔力量だ……!」


「これが、魔法大国ルナセリア王族の力か……!?」


 忘れていた、嘗めていたとも言える。

 落ち込み続け、護衛対象なのに迷いながら、何かをしようとする彼女をレインが理解をしていなかったからだ。


 暗殺もステラに非がある訳でもなく、助かった後も一々己の顔色を伺う素振りをするが、それも意味なんてない。


 彼女は護衛対象。コミュニケーションなんて必要なく、ただ命を賭けて守るだけなのだからと、レインが表面上の付き合いしかしなかったのも悪い。


 けれども、何がしたいのかも分からず、意味のない事ばかりしていたステラが、今その姿を変えた。


「禁じられし六精霊の遊戯――」


「「!?」」


 ステラは、詠唱と共に魔力量が更に増加させた。

 凄まじい力を感じ取った事で、二人はすぐに横へと飛んだ瞬間、それをステラは目の前に具現させた。

 

――例えるならば、それは火・水・雷・風・光・闇の六つの矢だ。


 それぞれが自然で牙を剥く時の轟音を響かせ、魔力の恐ろしさに動けないグラウンドワイバーンへと放たれた。


精霊戯矢エレメントダーツ!!」


 属性の矢が、一斉にグラウンドワイバーンの身体を射抜いて行く。


 バーサクスネークは焼き尽くし、アースワイバーンを抉り、ハンターフィッシュを木っ端みじんにした。


 そして最後に、そのままグラウンドワイバーンを雷で包み、光と闇が合わさった爆発が、その下半身を吹き飛ばした。


『グルラァ!?――!!』


 けれども、そこは害獣魔物の代名詞。

 下半身が無くなっても動きは鈍らず、寧ろ身体が軽くなって更に俊敏に動く。


 そんな姿はステラも予想外だったが、もう一度魔術を撃とうとするも、グラウンドワイバーンが危険性を無視しなかった。


『グルラァ!!』


 標的をステラへと決め、上半身に全ての鉱石を集中させ、角の状に形成して突撃を始めた。 


 確実にステラを殺すつもりでの攻撃であり、野生の殺意が込められた一撃がステラへと迫る。


――だが、その攻撃は絶対に通る事はなかった。


 影狼とグランソンが、その殺意の角を受け止めたからだ。

 護衛がいる、アスカリアを守護する二人の守護獣が、月の姫を守っているのだ。


「――グラン!」


「おう!」


 二人に角を弾かれ、態勢が崩れたグラウンドワイバーンは全身に鉱石を再度纏い、最大限の鎧を作り上げる。


 絶対強固の鎧、砕けぬ鎧。

 絶対に生き残ると確信している慢心の鎧。それに剛牛が挑んだ。


「剛牛の名――ここに示さん!」


 グランソンを下から上へと振るい、グランは魔力を濃く込めた剛の一撃でかち上げた。 


「剛角天!!」


『グカッ!??』


 剛牛の角が、獲物に一撃与えて天へと吹き飛ばす。

 この一撃により、グラウンドワイバーンの鉱石の鎧は砕け散り、白目を向きながら天へと舞ったが、そこは狼の縄張りだ。


「魔狼閃・狼牙二日月ろうがふつかづき――」


 グラウンドワイバーンよりも高い位置にいたレインの黒い魔力、それが影狼を包み、研ぎ澄まされた刃が反射した姿は細い月――二日月へと姿を変えた。


 その結果、レインとグラウンドワイバーンが交差し、レインが直地して影狼を鞘へと戻すと同時――


「――既月きさく


 グラウンドワイバーンの身体は正面から真っ二つに裂け、その動きを完全に止めた。

 これにより、森での戦いが終わり、ようやくレインとグランは向き合うことが出来た。


「……無事で良かったぜレイン、姫さん」


「お前が簡単に死ぬとは思っていない、絶対に生きていると確信はあった」


「そうですねぇ……本当に良かったぁ……」


 レインとグランは川に流された事による話だが、ステラにとっては全部だ。

 今の戦いも命がけ、暗殺・川・変異魔物。


 それが全く経験も縁もなかったのに一気に体験してしまい、とうとうステラが限界を迎えてしまう。 


「……!」


 ステラは腰が抜けた様に座り込んでしまい、二人はすぐに駆け寄ってグランが回復薬を取り出す。


「おいおい姫さん大丈夫か!? 無理もねぇ……色々あった中で、あんな魔法を使ってんだからな」


「怪我や体調はいかがか?」


「す、すいません……身体や怪我は大丈夫なんですが……気が抜けたら力が入らなくて……!」


 例えるならば、操っていた糸が切れた。

 そんな気分で、身体が重くて足に力が入らない。


 回復薬を飲み、多少は楽になったがステラは立ち上がる事ができなかった。

 そんな様子を見てレインとグランは、周囲を見渡しながら相談を始める。


「移動した方が良いかもな、ここじゃ姫さんも休むに休めねぇだろ?」


「ならば、俺と王女が最初に流れ着いた湖に向かう……そこならば休める筈だ」


「遠いのか?」


「いや、思ったよりは遠くはない。多少の高低差があるぐらいだ」


「なら問題はねぇな、少し待っててくれ」


 最初の拠点が、さほど遠くないと分かるとグランの動きは速かった。

 

 何とか難をギリギリ回避できた自分のキャンプに行き、そこで物資を乗せていた中サイズの荷車を引っ張り出し始めた。


 そして台車の上を整理し、持っていく物資の隣にクッションを作り、そこを叩きながらグランはステラを指差した。


「よし、ここに姫さん寝かして、その拠点に行くか」


「……その方が余裕はあるか」


「えっ……あの、ちょっとですね……!?」


 レインも背負いながら行くよりはマシと判断し、何やら変な方向に話が進んでいる事にステラは気付くがもう遅い。

 

 姫への無礼はなんのその。

 

 こんな血塗れの場所で放置する方が何倍も危険であり、正しいと判断したレインは、ステラを担ぐと荷車の簡易ベッドへと寝かせた。


「……持っていく物は、これで全部か?」


「あぁ、元々そんなに物資もなかったからな。必要で無理に持っていく物はこれぐらいだ」


 二人の会話を聞きながら寝かされているステラは、まるで自分も、その荷物の一部の様で謎の恥ずかしさを抱いてしまった。


 動けない以上は荷物と同じ立場だが、人前で、しかも二人は自分の為に動いているというのに、自分が何もしない事に申し訳なさで一杯だ。


「うぅ……申し訳ございません。王女なのに、こんな……」


「気にすんなって姫さん、まずは休む事が大切だ。そうだよなレイン?」


「……そうだな」


 気を使ってくれるグランに、レインも賛同はするが表情に気持ちが込められてない。 


 けれども、それでも文句一つなく、態度も礼儀正しくしている事もあってステラも気にはしなかった。

 

 やがて一通り荷物を纏めるとグランは荷車を掴み、ゆっくりと進み始めた。


「よし、じゃあ行くか」


「一人で大丈夫なのか?」


「任せとけって! こんなもの、ゴーレムの相手をするよりも楽だぜ」


 そう言ってグランは、本来ならば大人が三人ぐらいは必要な荷車を一人で楽々と引き始めた。


 その間、グランが荷車を担当してくれるのもあって、レインは案内と周囲の警戒に集中しながら進んでいると、やがてステラも不思議と心地よい気分を抱いていた。


――安心する……風が心地よく、そして暖かい。


 自然豊かな場所の風、葉の音や川のせせらぎ、木々が作ってくれる日影もまた、ステラを安心させてくれた。


 周囲にレインとグランがいるのも安心できる理由だが、今はもう、ステラは目蓋が重くて仕方なかった。

 溶けるように身体に力が入らず、荷車でも今は最高のベッドだ。


――今は……今だけは、休んでも良いんですよね。


 今だけは甘える事にしよう。


 やがて気絶した様にステラは静かに眠りにつき、彼女の寝息が聞こえてくると、二人は極力邪魔にならない様に慎重に進んで行った。


――けれどこの時、レインもグランも気付いていなかった。


『……シュルル』


 魔法陣の様な、妙な模様をした小さな蜥蜴の存在を。

 その蜥蜴は木に纏わりながら、その瞳でずっと三人を見ている。

 模様と同じく、魔法陣が刻まれた、その瞳で。



――そして暫くレイン達を見ていると、やがて蜥蜴の周りが禍々しく輝き、一瞬だけ強く光った後にはもう蜥蜴の姿はなかった。


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ロストハーツ~月の姫と黒狼の魔剣~ 四季山 紅葉 @zero4649

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