あなたは初対面の他人に何を問いかけるか?

加賀倉 創作【書く精】

あなたは初対面の他人に何を問いかけるか?

——新たなる出会い。


 それは人間社会に身を置く中で、多かれ少なかれ、誰もが経験するもの。


 昨今は、インターネットがほとんどインフラ化し、各種マッチングアプリ等、他人と繋がる手段が多様化したことも加勢して、知らない誰かと会う機会は、増えたことだろう。


 文面や音声のみで遠隔で対話するという新たな選択肢が一般化したことにより、所謂いわゆる「コミュ障」という直接人と会って話すことを苦手だと自称する方も、日々、初対面の連続であろう。


(ちなみに私自身はコミュ障ではないと、勝手に思い込んでいるが、典型的ネット弁慶であるという自負はあることを自白しておく)


 この「初対面」というイベント……


 「どんなお仕事されてるんですか?」で始まることが多い、と感じるのは、私だけだろうか。


 その問いはおそらく、特に意図もなく、悪気もなく、発されているのだろうが……


 なんだか、違和感を覚えずにはいられないのである。


 違和感を覚えるというのは、「なぜ数多あまたある人間の属性決定要素の中で、こうも『仕事』ばかりが選ばれるのか」という点に、である。


(その傾向が、私の思い込みの中だけのものであるならば、ここまでの余計なサーバー容量の圧迫を謝罪したいが、世の人の多くが、その事実を受け入れ、容易にイメージできることだろう。)


 この、「どんなお仕事されてるんですか?」という質問。


 なるほど合コンなど、経済力や世間体を完全には無視できない出会いの場で、優先的にされるのは、まだ理解できる。


 だが、この先ひょっとすると(形はどうであれ)一生続くかもしれない人間関係を築く上で、初めの質問に「仕事」ばかりがくるのは、真に人と交流することを意味するのだろうか?


 私としては、初対面の人と話す時、むしろ次のようなことが、気になる。



 この人は——


 何を知っていて、

 何ができて、

 どんな考えを持っていて、

 この先どうなりたいのか。


 そして


 他人に何を期待していて、

 他人に何を与える人なのだろうか。



 …………。


 今、私の両耳の鼓膜を、「それを端的に表すのが『仕事』でしょうに!」という声が、激しく震わせた気がするが、ここで少し立ち止まって、ぜひ、あれこれ考えを巡らしていただきたい。本当に、最初の質問は「仕事」についてでいいだろうか?





——しばしの思考時間——





 立ち止まってくださり、ありがとうございます。


 ちなみに、全ての日本人が誇るべき最高法規『日本国憲法』には、の義務が明記されている。


 しかし、人間は本来、規範ルールの奴隷ではない。


 自由な動物である。


 よくある二元論で、「仕事とプライベート」というのがあるが、理想を言えば、誰もが「プライベート」な人生を生きたいはず。


 ここで、「どんなお仕事されてるんですか?」という質問の、代替案を示したい。


「普段、何されてるんですか?」


 …………。


 代替案を示してみたものの、私の予想では十中八九、質問された側は、これでも自分の生業なりわい、つまり「仕事」について話すだろう。


(「全力で、『趣味』に生きています」だとか、それに類する回答をされた方がいらっしゃいましたら、仲間になれそうです)


 何も、初対面で「仕事」について語るのを、全否定したいわけではない。


 もちろん「仕事」自体が、真に本人がやりたくてやっていることである場合も往々にしてあるわけで、その場合、仕事だろうがプライベートだろうが、生きたいように生きているわけだから、素晴らしいことであるし、羨ましくもあり、自然だろう。


 それに自身の「仕事」に対し、一部、辛さや、うんざりする気持ちを抱きつつも、ちゃんと誇りやもあるという人が数多くいることを、無視はしない。


 だが……


「自分は『仕事』に生きており、『仕事』は私のしたいことの大部分を占めている」と、自信を持って答えられる人が、世にどれほどいるだろうか。


(ここで私は「仕事」を否定したいわけではない。「人が人生において本当にしたいこと」と「仕事」の、乖離かいりの可能性について話したいのだ)


 もう一度、問いたい。


 問:「普段、何されてるんですか?」

 答:「〇〇の仕事です」


 普段何をしているのか、という回答者にとって自由度のある質問に対して、多くの場合「仕事」について答えてしまうのは、おそらく回答者が普段、その好き嫌いはともかく、労働によって人生の大半の時間を意に反して占有されてしまっているか、あるいは誤解を恐れずもっと強い言葉で言えば、(場合によっては)労働社会の奴隷になっている証拠だろう。


 もちろん労働は悪ではない。


 極度に資本主義経済化し、山のいただきと河口とが途方もなく遠ざかってしまったこの世界においては、労働は、人が生き延びるために、ほとんどの場合に、必須の活動である。


(ちなみに、私は社会主義の信奉者ではない。事実、あれは、不完全であり、不完全だからこそ完成しなかった。)


 社会の完全な枠組みなど存在しないだろうが、少なくとも誰しもが……


 本能に背き、本当の心を殺し、暗澹あんたんたる鶏舎に押し込まれ、得体の知れない粗悪な飼料をむさぼることを強要され、おびただしい数の抗生物質を打たれ、時に自分のためでなくどこかの玉座で偉ぶる他人のためにモノやコトを生産し、挙げ句の果てにブヨブヨの肉塊と化し、焼かれたり、食い物にされる大量飼育用の肉鶏ブロイラーのようになるのは、嫌だろう。


 そうなることを阻止するための、小さな一歩として私は……



「どんなお仕事されてるんですか?」



 この問いを、初対面の他人に、第一声で投げかけることを、拒絶したい。


 これはあくまで「私」が拒絶するのであって、他人にこの拒絶を強要するわけではない。


 ただ、この何気ない質問の本質について、一人でも多くの仲間に、考えていただけると、とても嬉しい。 

 

 

 最後に……



 少しでも多くの罪なき人々が、

 悪夢から目を覚まし、

 幸福を掴むことを、

 私は強く願う。


   〈了〉

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