夜桜の下で

藍瀬 七

夜桜の下で

 ある春の日のこと、私・京崎あやね(きょうざきあやね)は、会社で新人祝いをすることになったため、企画担当を任された。日程から天候、時間や場所、他にも人数の把握といったことをする。普段の仕事と企画担当のため、とても多忙だ。ただ、私以外にも企画部員が2人決まったので、3人で手分けして行うのだった。

「今年入社したのはこの2名だ。まずは、自己紹介を頼むよ」

 気さくな性格の社長は、隣に並ぶ新人の肩をポンと叩いて笑う。新人の名前は、柊恭平(ひいらぎきょうへい)、笠原陸(かさはらりく)というらしい。二人とも20代前半といったところだろうか。この新人のために、居酒屋などではなく、花見をしようということになった。しかも、夜桜を見たいという希望があがって、まさかと思っていたけど乗り気な人が多数いたため、夜桜に決定したのだった。基本会社全員で参加するため、それなりの場所の確保が必要だと考えて、探すのも苦労するなと溜息が出た。3人で手分けしてやるから、まだ何とかなりそうだけど、通常の仕事もこなすのかなどと考えると頭が痛い。すると担当の2人が声を掛けてくれて、少し事が進んだのだ。

 しかし会社で異例の事態が起き……社員は唖然としていた。新人の柊が場所取りに行くと名乗りを挙げた。積極的な行動に出るのは有難いが、祝われる側の人間がしゃしゃり出てどうするんだと思った。私たち企画部が動いてることを気にしたのだろうか、柊は手で頭を搔きながら、

「京崎先輩、お手数おかけしてすみません」

 と、頭を下げてきた。ニコニコと笑いながら話す姿は、早から女性社員の注目の的だ。

「あ、いや。ご協力感謝する。場所の位置は決めておくから、そこにシートを張って置いてもらえる?」

 私は、パソコンでカタカタと場所の位置を指示しながら柊に伝える。

「わかりましたっ。当日もよろしくお願いします。あの、不明な点は確認してもいいですか?」

 少しもじもじと恥ずかしそうにしながら私に聞いてくる。私は構わないよと返事をして、通常の仕事も頑張ってねと伝えた。私が通常の仕事に切り替えようとしていたときだった。気付くと、新人の笠原が社長と何か話し込んでいるようだった。手元の仕事を一段落させた後、社長に何かあったのかと聞いてみると、驚く答えが返ってきた。

「笠原君も、花見の企画部に協力したいと申し出があってな」

 思わず、持っていたペンを落としてしまった。よっぽど顔に出ていたのか社長に心配されてしまった。協力的な所はとても有難いけれど……もはや新人祝いではない気がしてならない。社長も安易に承諾しているようだし、これは気苦労しそうだ。そして定時を過ぎる頃に企画部5人がかりで計画を立てる。私と同僚2人は、社員の都合のいい日を聞き、それを元に日程と場所を決める。笠原君は飲食を買って運ぶ予定だけど、大量になりそうなので、同僚2人にも同行するようお願いした。そして柊は場所の確保。花見予定の時間よりずっと早くに待機してもらう予定だ。そこには私も同行する余地があると考え、2人で場所取りをすることに決まった。

 当日――金曜日の定時を早めて、先に柊と場所取りをしに向かった。大きめのビニールシートを持ち、電車に乗る。私たちの様子が目立つためか、居合わせた女子高校生たちが

「え、超イケメン。写真撮っていいかな」

「だめでしょ、勝手なことしないの」

 などと小声で話す会話が聞こえてくる。確かに柊は女性に人気がありそうな顔立ちをしている。表情もニコニコとしていることが多いし……と、何を考えているんだろう、やめようと思って自分の頬を叩いた。

「京崎先輩、どうしたんですか?」

 心配そうに柊は私のことを見ている。

「なんでもない!……あ、いや、大きな声を出してすまない。」

 大声を出したのは私だと分かっているけれど、とても気まずい空気になった。何か気を紛らわすための話題は無いかと考えていたところに、柊君が私の肩をトントンと軽く叩く。

「京崎先輩、そこに座って下さい。」

 柊は席が一つ分空いた事に気付き、声を掛けてきたらしい。だがすぐに座らないと席が埋まりそうだ。

「私はだいじょう――!?」

 大丈夫、と口を開こうとしたのだが、柊は咄嗟に私の肩を持って座らせてきた。

「え!?」

 プシューと扉の閉まる音がする。唖然とした。まさか強引に座らせてくるなんて思ってもみなかった。ニコニコとしながら

「これで足が楽ですよ」

 とヒールを履いていた私の足を気にかけてくれたのだろうか。目的地までの時間がとても長く感じた。

 やがて目的地に到着して、2人でビニールシートを張る。風が吹いていて、シートも大きいために苦戦する。30分ほど経った頃、同僚と笠原が合流する。その10分ほど後に社員たち全員が集まった。乾杯をした後、皆それぞれ景色を楽しみ、仕事抜きの話もしていた。

「あっちの夜桜も綺麗ですから、ちょっと見に行きませんか?」

 隙をみていたのか、柊が私に声をかけてきた。私はほんのりとお酒が入っていることもあり、すんなり着いて行ってしまった。

「夜桜というよりも、夜桜並木道って感じですね」

 柊は飲酒してもあまり変わらないタイプなのだろうか、と思う程落ち着いて見えた。そして、並木道に降ってくる桜はとても綺麗だった。正直企画は大変だったけど、やって良かったなと思えた程だった。私は桜の花びらを夢中になって観ていた。

「実は、京崎先輩のこと、前から知っていたんです」

 突然の言葉に耳を疑った。

「え……?どういうこと?」

 柊は私が今の会社で書いた記事が目に止まり、それから毎回記事を読むようになったそうだ。

「それが学生の時で、この記事を書いている人と働けたら幸せだろうなって思って、今の会社に決めたんです」

 いつも笑っている目が、真剣な眼差しで私のほうを見ている。私はいつも見ない柊の目に心が揺れ動いた。

「……驚いた。まさか、私の記事をそんなに熱心に読んでる人がいたなんてね」

 ありがとうの気持ちを込めて、笑顔で答えた。

「京崎先輩、キレイなんだから、そんな顔すると困りますね」

 照れくさそうに話す柊を見て、私は何かやらかしてしまったのかと疑問に思ったが、お世辞でも嬉しく感じた。そんな私たちに気付いたのか、笠原がやってきた。

「2人で何してるんですか?」

 私たちの表情を覗き見て、察しがついたのか分からないが

「僕も混ぜてくださいよー」

 とわざわざ間に入ってくる。私は正直少しホッとした。

「せっかくだから記念に写真撮りましょうよ。ここに僕のスマホをセットするんで、待っててくださいよー?」

 手際よくスマホをセットして、私たちの方に駆けてきた。タイマーをセットしたのか、カウントされていくようだった。暗かったためフラッシュが反応して、眩しい光を浴びた。反射的に目をつぶってしまったかもしれない、上手く撮れただろうかと不安になった。笠原はもう1度撮ると言ってまた撮ることになった。今度はちゃんと撮れるといいなと気を引き締めた。

 その後私たちは、連絡先を交換をして、やり取り出来るようになった。あのとき撮った2枚の写真がきちんと送られてきた。やはり1枚目の写真は酷い顔をしていた。だが2枚目の写真は3人ともいい表情で撮れていた。初めは企画部なんて任命されて、うんざりだと思っていたが、今は任されて良かったと思えるようになった。この写真が、これからもずっと思い出になるといいなと思った。

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夜桜の下で 藍瀬 七 @metalchoco23

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