最終話
「ん……痛たた。ん、あぁ朝か」
優人は二日酔いで頭痛と胸やけがひどかった。ふと横を見ると、綾佳が気持ち良さそうに寝ていた。優人はそれをみて、少し二日酔いの症状が和らいだ気がした。
「シャワーでも浴びるか」
そう言って優人は浴室へと向かった。
「今日は綾佳とどんなことしようかな? 水族館とか動物園とか、綾佳と一緒ならどこでもいいな」
優人は本来の目的である、自分が生きているのか死んでいるのかという疑問の解決など頭の片隅にもなく、綾佳と過ごす日々にすごく満足していた。
浴室から出ると綾佳がお粥を作っていた。
「あっ、おはよう優人。今お粥作ってるけど食べる?」
綾佳がそう言ってきた。
「食べる! ってか綾佳は二日酔いじゃないの?」
優人は、昨日自分と同じぐらいの量のお酒を飲んだ綾佳の心配をした。
「ちょっとだけ頭痛がするぐらいかな」
「お粥作るの変わるから、綾佳もシャワー浴びてきたら」
そう言って優人は綾佳と変わった。
「ありがとう。じゃあシャワー浴びてくるね」
綾佳は浴室へ行った。
10分後、綾佳がシャワーを浴び終えてこっちにきた。
「今ちょうどお粥できたよ。食べよ」
「先に優人に……髪乾かしてほしいな」
ドライヤーを持って、恥ずかしそうにそう言った。
「分かった……じゃあ、あっちいこ」
そういって2人は机のほうに行って、綾佳は机の前に座り、その後ろに優人が座ってドライヤーのスイッチを入れた。髪を乾かしている間はお互いの声は聞こえなかった。
「綾佳の髪、すごい綺麗だな」
綾佳の黒髪に見とれながら髪を乾かしていた。
「彼氏に髪を乾かしてもらうの、憧れてたんだよね。しかも初恋相手の優人に乾かしてもらえて嬉しいな」
綾佳はすごく嬉しそうに、髪に当たる風を感じてた。
「はい、終わったよ」
「ありがとう。これ憧れてたの。だから嬉しい」
2人は少し恥ずかしそうに会話した。
「お粥食べよっか」
「じゃあ、取ってくるね」
そう言って優人はお粥を取りに行った。そして、お粥を机の上に置いた。
『いただきます』
そう言って、ほんのり温かいお粥を食べ始めた。
「今日の綾佳の予定は?」
「何もないの。だから、少し私の話を聞いてほしいの」
さっきまでとは一変して、部屋中に緊張感が走った。
「うん。聞くよ」
優人はこれから綾佳に何を話されるのか、皆目見当もつかなかった。心臓がバクバクと音が鳴っている。
「あのね……優人の…………両親に……会いに行かない?」
それを聞いて優人は核心を突かれた気がした。
もう一度両親の前に姿を見せる。そのために、生きているのか死んでいるのかという疑問を解決するために色んな所へ行って、もがいてもがいて綾佳に見つけてもらえた。それで綾佳に見つけてもらえて、一緒に過ごして、知らないうちにこのままでいいという思考が、本来の目的を見失わせていたんだ。
優人は覚悟を決めて綾佳に言った。
「行こう。僕の両親に会いに。じゃないと何も変わらない」
綾佳は優人からそう言われてホッとした。
「ありがとう。そう言ってくれて。でも嫌だったらちゃんと嫌って言ってね。優人の気持ちを優先するから」
綾佳は優人に嫌な思いをさせたくないと思った。
「綾佳と過ごす時間が楽しかったんだ。だから見えないっていう現実から逃げちゃってた。けど、今綾佳の言葉を聞いて向き合わないと何も始まらないと思ったんだ」
優人は嫌で逃げたくなるような現実と向き合うことを決めた。
「本当に優人は強いね。私も見習わなきゃ」
こうして2人は優人の実家へ、両親に会いに行くことにした。
「綾佳、準備できた?」
「できたよ。それじゃあ行こっか」
そうして2人は103号室を出た。
「優人、あの……彼氏の実家に手ぶらで行くのは嫌だから、ちょっとだけ寄り道して、手土産買っていい?」
綾佳は優人の両親に対して、失礼なことをしたくないと思った。
「うん、いいよ。綾佳に任せるよ。多分2人共、見えるのは綾佳だけだから」
優人は両親と向き合うという緊張で、あまり会話が耳に入ってこなかった。
そして手土産を買って電車に乗った。電車内は平日の昼前と言うこともあって、それほど混雑はしていなかった。
「あのさ綾佳、話しておきたいことがあるんだ」
優人が重い口を開いて、綾佳に話しかけた。
「うん。聞くよ」
綾佳も優人の雰囲気を感じ取り、真剣な表情になった。
「おそらく僕はまだ両親には見えないと思う。だから綾佳1人で会うことになる。そのときに綾佳が、高校の同級生ですって言うか、彼女ですって言うか綾佳に決めておいてほしいんだ。多分両親に、僕のこと見えるって言っても証明できないから」
「分かった。けど私はたとえ証明できなかったとしても……優人の……彼女ですって言う。絶対に……絶対に言うよ……」
綾佳は泣きながら優人に言った。
「ありがとう。綾佳が彼女でよかった」
もらい泣きしそうになりながら、優人は綾佳を抱きしめた。
「あと、もし両親が僕のこと見えてたら、そのときは僕の彼女ですって、胸を張って紹介するね」
優人は雰囲気を明るくしようと思い、笑顔でそう口にした。すると綾佳もつられて笑った。
「そうだね。そうなるって信じる」
そして2人は優人の実家の最寄り駅で降りた。
「ここが優人の地元かー。初めてきたけど海も山も近くていいね」
初めての土地、彼氏の地元に来て、綾佳はテンションが上がっていた。
「全然よくないよ。海とか山はあっても」
優人は綾佳とは逆に少しテンションが下がっていた。
「じゃあ、優人は私の家に来たとき嬉しくなかったの?」
「それは嬉しかったけどさ……今は状況が違うじゃん」
そう言われて綾佳はハッとした。
「そうだね。ごめんね」
「けど、綾佳が嬉しくなってるのを見て、僕も少しだけ嬉しかったし、勇気ももらえた。じゃあ、行こっか」
そう言って、優人は左手を差し出した。それに応じるように綾佳は右手を出そうとした瞬間、優人が信号のほうへと駆け出した。綾佳は少し遅れて優人を追いかけた。
「待って、優人。どこに行……」
そう言おうとした瞬間に、優人はトラックに轢かれた。
優人は綾佳と手をつなごうとした瞬間に、風船を追いかけて赤信号の道路へ飛び出そうとしている小さな少女の姿が見えた。助けないと。と思った瞬間に体が動いていた。そして少女とトラックがぶつかる寸前で、優人が少女を押して助けた。少女は何とか優人のおかげで助かった。
遠くから追いかけてくる綾佳の声がかすかに聞こえる。優人は一命は取り留めたものの、体は血だらけで意識はあったが力が全く入らなかったため、このまま死ぬのかなと思うと同時に、疑問が解決した。生きていたことを確認できた。
死ぬというのは生きていた何よりの証明だったから。
「優人、優人ねぇ。しっかりしてよ。ねえ……死なないでよ…………」
綾佳は泣きながら優人に呼びかけた。優人は遠のいていく意識の中で、綾佳の声だけがはっきり聞こえた。
「そうだ……救急車呼ばなきゃ」
そう言ってスマホを取り出す綾佳の手を、何とか力を振り絞り止めた。綾佳は優人に止められて、トラックの運転手のほうを見た。
トラックの運転手は、少女のほうへ行って少女を心配していた。そこで分かった。こんな状態でも優人の姿は見えていなかったと。
「あ……や……か、いま……まで…………あり……が……と」
優人はそう言い残して、綾佳を1人残して先に空へと旅だった。
「優人ー優人ー」
綾佳が冷たくなっていく優人の手を握っていると、トラックの運転手がこっちに向かってきた。
「お姉さん、そんなに号泣して叫んでどうかしたのかい」
「あなたの……あなたのせいで、あなたが私の……彼氏を轢いて…………優人が……彼氏が死んだんです……」
トラックの運転手は、綾佳の言っている意味を理解できなかった。
「確かに、何かがトラックに当たった感触はあったんだけど、あの女の子も擦り傷ぐらいだったし。誰も轢いてないよ?」
「そうですね。もういいです」
そう言って綾佳は、周りの目も気にせず泣いて泣いて泣き疲れるまで泣いた。通り過ぎていく人は全員、綾佳を見ていた。
泣きすぎて涙も出なくなった綾佳は、優人の遺体のほうに目をやったが、そこには何もなかった。
「優人は生きてたよ。私がそれを証明できる唯一の存在だから……。そして今も……これからも……私の記憶の中で優人は生き続けてるよ」
空に向かって叫んだ。空にいる優人に届くように。
少し落ち着いた綾佳は、優人と一緒に行くはずだった優人の実家に、まるで手をつないでいるかのように右手を広げて向かった。
「確かここだよね」
優人の実家についた綾佳はインターフォンを鳴らした。少しすると、優人の母らしき人が出てきた。
「あのー、どちら様ですか」
「私、二宮綾佳って言います。優人の高校の同級生で、彼女です」
綾佳は優人に電車で言った通り、彼女だと言った。
「優人に彼女なんていたかしら? まぁ立ち話も何だし上がって」
息子である優人の行方が分かってないにもかかわらず、普通に話す母親に綾佳は違和感を抱いていた。
家に入ると、母親以外に誰もいなかった。
「これ、お口に合うとよいのですが……」
そう言って、母親に手土産を渡した。
「まぁ、そんなに気を遣わなくっていいのに。では、遠慮なく頂戴します」
やはり母親の態度が普通であることに違和感を持った綾佳は、優人のことを尋ねようとした。
「あの、優人のこ」
「あぁ、そうそう。優人は来てないの?」
話を遮りそう言った母親に、綾佳はビックリした。優人からは、両親も自分のことが見えなくなったと聞いていたからだ。
「優人からは両親に自分の存在が見えなくなって、見える人を探して色々な場所に行ったって聞いたんですが」
綾佳は優人から聞いたことを話した。
「そうよ」
そう言われて綾佳は訳が分からなくなった。
「『そうよ』ってどういう意味ですか」
「そのままの意味よ。実際に優人は誰からも、存在を視認されることはなかった。もちろん”夫も“」
綾佳はすぐに理解した。母親には優人が見えていたことを。
「どうして優人を……家を出て行く優人を止めなかったんですか?」
綾佳は優人のことを考えると涙が出そうになった。
「もうあの子の面倒を見れないと思ってたの。ずっと。そしたら、日曜日に夫が『優人がいなくなった』って朝から大騒ぎしてて。だからちょうどいいと思ったの。だから私も見えないふりをしたの」
綾佳は心の底から湧き出てくる怒りの感情を抑えた。
「じゃあ、優人が……優人がいなくなって泣いていたのも演技だったんですか?」
「えぇそうよ。演技するのも大変だったんだから。悲しんでいないとおかしいでしょ。”母親として”」
母親は笑って綾佳に言った。綾佳はさすがに優人が亡くなったことを知れば、こんな母親でも悲しむだろうと思った。
「優人が出て行ったあの日の夜、私が優人を見つけました。それで……私の家でずっと優人と一緒に暮らしてました。そして今日、家の……最寄り駅の…………信号で……少女の身代わりになって…………トラックに轢かれて…………優人が……亡くなり……ました……」
綾佳はさっきのことを思い出して、また涙が出てきた。すると母親が両手で顔を隠した。綾佳は亡くなったことを知り、泣いたのだろうと思った。
「……ふふっ。そうなの。優人死んじゃったの? 良かった」
泣いていたわけではなく笑いを隠していた母親に、綾佳は我慢の限界だった。そして綾佳は、母親に向かって叫んだ。
「なんで……なんで笑えるんですか……実の息子が…………死んだというのに」
「あの子のことを聞かれると、返事に困ってたの。引きこもりです、なんて言えるわけないし。でも死んじゃったんならこれからは、亡くなりましたって言えるわね。ちゃんと悲しい表情を作れるようにしないと」
母親とは思えない言動に綾佳は、怒りを通り越して悲しくなった。
「優人は……優人は、もう一回両親の前に姿を見せるって……言って……たのに」
「そんなことされたらこっちが困っちゃうわ。あっそうだ、優人の死体はどうなったの? 死体でも他の人には見えていないの? 騒ぎになってない?」
これ以上話しても無駄だと思った綾佳は、母親の親とは思えない質問を無視して、逆に母親に質問した。
「あのー、台所って……どこですか?」
母親は、なぜそんな質問をされたのか分からなかったが、綾佳を台所へと案内した。
「ここが台所だ」
母親が台所まで案内して、後ろにいた綾佳のほうを振り返ると、綾佳は言い終える前に母親の心臓を包丁で刺していた。そして包丁を引き抜いた。
「あの世で優人に謝って下さい。絶対に。じゃないと優人が……報われないです」
刺された母親は死に際に綾佳に向かってこう言った。
「こんなことして……ただで済まないわよ――」
そう言われた綾佳はニッコリと笑った。
「大丈夫ですよ。――――」
母親は「大丈夫ですよ」までしか綾佳の言葉を聞き取れず、優人のもとへと旅立った。奇しくも優人の母親を殺したのは、優人の彼女である綾佳だった。
「もうあれ以上、あの人の話は聞いてられなかった。仕方ないよね。刺されたって」
母親を刺した綾佳は、血のついたナイフを丁寧に洗った。綾佳は母親の亡骸に向かってこう言った。
「もう一回言いますね。ちゃんと優人に謝って下さい……。謝るところ、私も見に行きますから。もし謝らなかったらその時は、これ以上言わなくても分かってますよね」
綾佳は優人の家をあとにした。綾佳はあの場所へと向かった。そう、優人が轢かれたあの場所へ。
綾佳は優人が轢かれた信号の前に着いた。
「本当に優人を見つけてからの5日間、色んなことがあったよね。けど私が1番驚いたのは、高校生のときから両思いだったってことかな。あのときから付き合ってたら……こんな結末になんて……ならなかったのかな……。でも、この5日間本当に楽しかったし、疑似新婚生活みたいなことできて嬉しかったな」
綾佳は優人との思い出を1人振り返っていた。
「あっ、1番楽しかったのは。これはそっちに行ってから話してあげるね。見つけてもらえないかもって。大丈夫だよ。あの日みたいにまた見つけて呼んであげるよ。『水瀬優人くん』って」
歩行者信号は赤。横からトラックが走ってきた。
「今度は5日間なんかじゃなくて、ずっと一緒にいようね」
綾佳も、優人のもとへと旅だった。
見えない優人を見つけた綾佳との5日間は他人には見えなかった。でも確かにそこに存在した。
「見えない僕を見つけた君との5日間」 日向隆人 @hinataryuto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます