第26話 エピローグ


 遠くから聴こえてくるワルツの音に耳を傾け、奥底から湧き上がる喜びのまま、笑みをこぼす。神にとって、魂の喜怒哀楽ほど愉快な娯楽はない。


「本当におもしろい。確か、あのウサギ獣人の名はユリアスと言ったか?」


 マリアが、時の狭間で小細工をした魂か……


 今は地上へと降りているため、時の狭間で起こったことに関しては何も干渉できないが、何が起こったかは感じ取ることが出来る。どうやら、あのウサギ獣人の魂が、時の狭間に飛んだらしい。そして、そのことにマリアが気づかないはずがないのだ。


 勝ち気な目をして、我に啖呵を切った女の事を思い出し、笑みが深まる。


 マリア……。我の花嫁……だった、女と言うべきか。


 神の花嫁となることを拒否し、ただの器に過ぎぬ男に嫁いだ女。それだけではなく、我の神使となってなお、歯向かう。


 飽きぬ女よの。ただ、そろそろあの女で遊ぶのも飽きてきた。


「――殿下。レオンハルト様の婚約披露、無事に済みましてございます」


 ノックの音と共に入ってきた猫獣人の女を認め、軽く頷く。


「よろしかったのでしょうか? アルフレッド殿下ですら出席されましたのに、第二王子である貴方様が出席されないとなると禍根を残すのでは」


「大丈夫だよ、エミリア。アルスター王国の第二王子は病弱だろう。誰も気にしないさ」


 手を前で組み俯くエミリアの側へと歩み寄り、耳元で囁いてやる。


「エミリア……。君と我は共犯者であろう。大切な第二王子の命を望んだのは其方よ。我に指図するでない」


「申し訳ありません」


 つまらぬ……


 その場へと跪き、頭を下げる彼女を見て、興味をなくす。


 マリアのように、我に歯向かう気概のある者はいないのかのぉ。悠久の時を生きる我は、神の中でも最上位に位置する神の一人である。そのため、天上界であろうと我に歯向かう同族はいない。だからこそ、マリアの存在は貴重なのだ。あの者が、我を憎めば憎むほど、憎しみという快楽を我に与えてくれる。


 しかし、我の目を盗み、あの男に前世の記憶を残していたとは、実におもしろい。そして、あのウサギ獣人もまた、我に歯向かうのか……


 欲しい……欲しい……


 あのウサギ獣人をマリアの子から奪ったらどうなるだろうか?


 考えるだけで、笑いが止まらない。


 天上界での日々にも飽きてきた。我が居ようと居まいと、時の番人の仕事に支障はなかろう。下々の者がつつがなく、事を進めるであろうしな。それよりも、感情の起伏を直に味わえる地上は、なんて面白いのだ。


「殿下……。いいえ、神よ。貴方様の望みが叶った暁には、殿下の命は本当に助かるのでございましょうか?」


「我は時の神よ。全ての魂の番人であることを忘れるな。生も死も、思いのままよのぉ」


 魂の生死は、神であろうと変えることは出来ぬ。そんな事も知らぬ愚かな女よ。


 神の器にされた魂は、すでにこの世にはないと言うのにな……


「ありがとうございます。ありがとうございます……」


 エミリアが、涙を流し床に平伏する。歓喜に打ち震える彼女の心が、我の感情を揺さぶる。


 この者に真実を伝えた時に発せられる絶望は、どんな感情を我に与えてくれるのだろうか?


 「エミリアよ。計画を進めようではないか。絶望と言う名の楽しい計画を――」

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転生じぃちゃん、助けた子犬に喰われる!? 湊未来 @minatomirai15

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