第25話 転生じぃちゃんには敵わない


「ユリアス、何も怖いことはありませんよ。リラックスして私たちに身を任せておけば大丈夫ですからね」


「そうだぞ。別に俺たちはお前を傷つけたい訳じゃない。身体から入る恋もあると言うではないか」


 いやいや、そんなものはない!


 右にアルフレッド殿下、左にダミアン。二人に見下ろされる形で、固定されていては何を言われても信じられる筈がない。両足は二人の重みで動かすことは出来ないし、両手も頭上でひとまとめに縛られている。こんな扱いを受けて、何を信じろと言うのだ。


 確かに、二人を置き去りに逃げ出そうとした私も悪いと思う。しかし、その仕打ちがコレでは割に合わない。


 身動きが取れない状況で、肉食獣人二人に見下ろされている状況が、否応なしに恐怖心を煽る。


 どう頑張っても逃げ出すことは不可能だと、絶望感だけが増していった。


「それにしても、ユリアスの身体は真っ白で綺麗だ」


「本当ですね。どこもかしこもすべすべで、触ると手に吸いつくほどのきめ細やかさだ」


「ひぃ……やぁぁ……」


 首筋をなぞられ、変な声が漏れる。


「しかも今は、うっすらピンク色に上気して、色っぽい。今まで無事だったのが奇跡だな」


「本当に。軍の変態どもの餌食にならずに済んでよかった。やっぱり、あの場所に野放しにしておくのは、不安ですね」


「そうだな。今は、森での過酷訓練と俺達の威嚇で何とか防げているが、今後は王子としての仕事も増える。四六時中、監視しておくことも出来ないな」


「だったら、ノアール家の別邸が最適ですよ。あそこならユリアスの好奇心を満たしつつ、囲えますから」


「しかし、それだとお前に極端に有利にならないか? あまり賛成は出来ない」


 本人そっちのけで交わされる会話の不穏さが、更なる恐怖を煽る。このままでは、二人に監禁されてしまう。求婚を断った結末が監禁エンドだなんて洒落にならない。


 ここで怯えている場合ではない。どうにか逃げ出さなければ……


 意識がこちらから逸れている今がチャンスなんじゃないか。


 逃げ出そうと身体を大きくひねってみたが、結果は最悪な方向へと進んだだけだった。


「あぁ、すまないユリアス。お前を無視していた訳ではないんだ」


「態勢がきつかったですか? 逃げないと約束するなら、手を解きますが……。まさか、意識が逸れているうちに逃げようだなんて思っていませんよね?」


 これ以上、状況を悪化させるのは怖すぎる。


 ここは、ひとまず様子を見るしかないのか……


 そんな悠長な事を言っている場合ではないと、ヒシヒシと感じるが、笑みを浮かべて紡がれる脅しに、コクコクとうなづくことしかできなかった。


「じゃあ、再開しましょうか」


「ちょっ……やめ……」


 シャツの前をはだけられ、スラックスもあっという間に脱がされてしまう。


「うっ……これは、強烈過ぎやしないか? 下着と靴下に、肌けた白シャツ姿とは……しばし、堪能させてくれ」


「これだからムッツリすけべはタチが悪い。どうせ、殿下はユリアスを裸にむいて、白衣一枚羽織らせた姿でも妄想して、一人楽しんでいたんでしょうよ。よっぽど、私の方が紳士的ですね」


「何を言うか! お前だって、ユリアスを裸にして、縛ってみたいとほざいていたくせに!」


「縛りは、ある意味芸術です。殿下の変態的な趣味と一緒にしないでもらいたい」


 先ほどから交わされる会話の異常さに二人とも気づいていないのか?


 その対象が、二人の下で震えている自分だなんて、勘弁してほしい。まだまだ親離れ出来ない子供だと思っていた過去の自分を殴り倒してやりたい。そして、今すぐに王宮から逃げだせと忠告してやりたい。


 そう自分を叱責している間にも、辛うじて穿いていた下着と靴下は取り払われ、無惨にもベッドの下へと投げられてしまった。


「ユリアス、何も怖い事はありませんからね。痛い事なんてしません。時間をかけて慣らせば、初めてでも気持ちよくなれますから」


「あぁ、絶対に傷つけない。だから、泣かないでくれ」


「……ひっく……ひっ……うぅ……」


 勢いよく服を脱ぎ捨てた二人のギラついた瞳が自分を見下ろしている。


「「大切にします。誰よりも大切に……」」


 その時、私の心の奥底に眠っていた淡い想いが音を立てて崩れ落ちた。


 二人は、私の知っているアルフレッド殿下とダミアンではない。


『ポチ』も、『タマ』も、もういない……


 見上げた先の二人が、急に見知らぬ男に思えて、涙が止まらなくなる。


「怖い……怖い……助けて……。ポチ、タマぁぁ!! 助けてぇぇ!!!!」


「「ユリアス!!」」


 錯乱した私は自分が何を口走っているかも理解できていなかった。


「もぉ、やだぁぁ! みんな嫌いだ。大っ嫌いだ!!!!」


「ユリアス!! すまなかった。もう、しないから落ち着け!」


「嫌だぁ!!!! 殿下もダミアンも大っ嫌いだ!」


 恐怖心が最高潮に達した私は、錯乱状態のまま暴れ出す。そんな状態の私を背後から羽交締めするダミアンと、腕を抑えて正面から説得にかかる殿下。ただ、何を言われても、私の耳には届かない。


「――ちっ、仕方ない……ユリアス! こっちを向け!」


 グイッと腕をひかれ、我に返った時には口を塞がれていた。あまりの衝撃に、全てが停止する。


 わずかに空いた唇の隙間から、ヌッと舌を入れられ、口腔内を縦横無尽に動き回る口淫に、呼吸すら奪われる。段々と、意識が朦朧としてくる。思考すら奪われ、身体の力が抜けた時、やっと殿下の唇は離れていった。


「ユリアス、すまなかった。お前の気持ちを無視して、事を進めようとするなど最低だな」


「ふぅ……うぅ……ふぇぇ……」


「流石にやり過ぎました。これでは強姦魔と一緒だ。私は、ユリアスの心が欲しかっただけなのに」


「そうだな。ユリアスが、性行為に慣れていないのはわかっていたはずなのに、頭に血がのぼったというか、断られたことが思いのほか堪えた。もう、俺の事、嫌いになってしまったよな?」


「もう、私の顔も見たくないほど、嫌いですか?」


 涙で滲む視界では、二人が今どんな顔をしているかもわからない。それが悔しくて、縛られた手を顔に持っていき、乱暴に涙を拭う。


「くそっ……くそっ……」


 何度も、何度も顔を拭うが、次から次から溢れ出す涙は止まってくれない。


「そんなに擦ったら、顔に傷がつきます。今、解きますから」


 そう言って掴まれた手にキスが落ち、流れ続ける涙を優しくダミアンに拭われると不思議なことに、涙が止まり、やっと二人の顔を見ることが出来た。


 苦しげに歪められた二人の顔を見て、胸がキュッと痛む。


 泣きそうな顔をして……


 そんな顔を見てしまうと、何も言えなくなった。


 同意もなく人を襲うなど、強姦魔と一緒だと詰ってやりたい。いっそのこと、金輪際顔も見たくないと言ってやれば、気がすむのかもしれない。ただ、二人との関係を断ち切る言葉だけは言えないと心が訴えていた。


「殿下も、ダミアンも、嫌いだ……」


「それだけの事をしてしまった自覚はある。謝って済む問題ではない事もわかっている」


「嫌われて当然ですね」


 ひどい事をされても、嫌いになれない。


「二人とも嫌いだ……」


「嫌われても、ユリアスを想う気持ちは変わらない。嫌われても嫌われても、ずっと愛している」


「私も、ユリアスに嫌われても、想いは変わりません。愛しているんです」


 膝を抱えて、顔を伏せる。色々な感情が、心の中を渦巻き、自分でもどうして良いのかわからない。


 どうしても二人を嫌いになれない。


「嫌い……嫌い……。でも、嫌いになれない」


「えっ? 嫌いになれない……」


「そうだよ!! あんな事されたのに、殿下もダミアンも嫌いになれないんだよ!! いっその事、一生顔も見たくないと言ってやりたい。だけど、言えない。二人と離れるのが、嫌なんだよ!!!!」


 ヤケクソ混じりに叫んだ言葉が、部屋に響き、消えていく。


 二人を失うのが怖い……。これこそが、心の叫びだった。


「ユリアス……。では、許して……」


「許す訳ないだろう! お前ら二人とも、徹底的に教育し直してやる」


 その後、仁王立ちしたウサギ獣人に、肉食獣人二人が数時間に渡り説教されるというカオスな状況が繰り広げられたとか、なんとか。





 今日も変わらず、軍の医務室には、ユリアスに構われたいがために擦り傷を作った肉食獣人達が並ぶ。それを、再教育という名の威嚇を繰り広げるアルフレッド殿下とダミアンの組み合わせは、軍の名物になりつつあった。


「性懲りもなくユリアスに群がりやがって」


「全くです。ユリアスも、あんな奴らさっさと追い返してください」


「そうは言っても、一応怪我をしている訳で」


「そんな事言っているから変態共がつけあがるんです。そろそろユリアスも自分の容姿に自覚を持ってください」


「いやぁ、爺さんをどうにかしようなど、誰も思わないだろう」


「まだ、そんな事言っているのですか? これは、やはり自覚させた方が良いみたいですね」


「それ以上、言ったら嫌いになるからな!」


「うっ……」


 殿下とダミアンの恋の暴走事件以降、二人との関係がどう変わったかというと、何も変わっていない。相変わらず殿下は医務室に入り浸っているし、そんな殿下を叱責しつつ連れ出すダミアンの関係性も変わっていない。


 何も変わらない日常の中、変わった事もある。


 アルフレッド殿下とダミアンに対する気持ちが着実に変わってきているのを実感している。簡単に言うと、ひとりの男として、二人を見ている時がある。ふとした瞬間に見せる、仕草、振る舞いにドキッとさせられるのだ。


 これが、恋なのかと言われるとよくわからない。ただ、家族愛ではないことは理解している。


「ユリアスもひどい人ですね。私達が、あなたに嫌われるのを何よりも恐れていると知っているのに」


「……そういう雰囲気にしようとする、お前達が悪い」


「そう思うと言うことは、少しは自覚が出てきたんじゃないか。少しは、俺の愛に応える気になったか」


「愛!?」


「そうです。私からの愛にも」


「そんな訳あるかぁ!! お前ら二人ともさっさと出ていけ!」


 真っ赤になった私の叫びを背に、殿下とダミアンが医務室を出ていく。クスクスと笑いながら、扉から出ていく二人の背を見送りながら考える。


 ポチを失いポッカリと空いた心の穴は、殿下とダミアンが埋めてくれた。


 今後、アルスター王国へ降りてきた『時の神』がどんな罠を仕掛けてくるかはわからない。アルフレッド殿下と共に生きるのであれば、それは避けられない運命なのだろう。しかし、どんな困難だろうと越えてみせる。


 今度こそ、アルフレッド殿下もダミアンも、誰も奪わせはしない。

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