第4話 彼岸花
君と出会ったのはそれから更に数日が経った頃だった。
僕はあの約束した日から毎日のように三組の教室を訪れ、彼女がいるかを確認している。
「なぁ〜、零。お前最近昼休みどこ行ってんだよー。昨日一緒にサッカーしようってお前に言ったじゃんかよ〜。」
「いやだから……誘ってきた直後に断ったよね……?」
たまに将大や美玲に疑われる事もあるが、広める訳にはいかないので、そこは上手く誤魔化している。
今日も今日とて、僕は昼休み三組の教室を訪れた。
ドアの向こうでちょうど誰かと話している"例の女子"が見えたので僕はそっちへ近づいて行った。
「あの、姫宮さん。」
僕の声に反応した彼女は、前にいた友達との話を止めてこっちを振り返った。
「あっ!零くんじゃん」
綺麗に編まれた三つ編み。満面の笑みで明るいオーラを放っている彼女の名前は、姫宮
彼女は花一さんと同じ三年三組の生徒であり、僕が最初に三組を訪れた時、花一さんのことを聞いたのも彼女だった。
『居たら教えたげるからさ、また来てよっ』
そう彼女に言われてから僕は毎回彼女のもとへ行き、花一さんがいるかどうかを確認している。
「それで今日は……」
僕はいつものように彼女に花一さんのことを聞いた。
「聞いて!!それがね、今日はなんと教室にいるんだよっ!やったね」
僕は驚いた。ついに……ついに花一さんと会えるのか。喜びと同時に初めてであることに少し緊張する。
「ほんとに?」
僕は少し興奮気味で言った。
「ほんとほんと。見て見てあそこ。」
彼女は教室の出入口とは反対側の壁側の席を指さした。
僕は指された方を目で追って見ると、
教室の端の席にちょこんと座り、なにかの本を読んでいるボブヘアーの女子を見つけた。
「あれが…花一さん?」
「そうそう!ほら早く行きな」
姫宮さんが軽く僕の背中を小突いた。
僕はそろりそろりゆっくりと彼女の席の方へ向かった。近づく事に増す興味と心拍数。
僕はゴクッと唾を飲み込んだ。
そしてついに彼女の席の横まで行った。彼女は、本に夢中になっているのか隣に僕が来ても全く気付いていない様子だった。
僕は緊張しながらも先生のお願いを思い出し、勇気を出して声をかけた。
「あのー、花一さん……だよね?」
呼ばれたことに驚いたのか、彼女は肩をビクッとさせ素早く僕の方を見た。
彼女の顔を見た途端、僕は思わず息を飲んだ。
……美しい。
そう。彼女はとても綺麗な顔立ちをしていた。
幼いようなボブヘアーとは打って代わり、
筋が通った鼻筋、大きくて横にも広い瞳、それに似合う長いまつ毛、薄くて綺麗な唇。
何をとっても彼女の顔は間違いなく、人を釘付けにする容姿であった。
……なるほど。もしかしたら、この彼女の容姿に嫉妬し、いじめを行っていた可能性も……
「あ……あたしのこと、呼びました?」
彼女は少しテンパっている。
無理もない。別のクラスの知らない奴に昼休みいきなり声を掛けられたんだから。
だからこそ、ここで僕が彼女との関係性を築かなくてはいけない。
「うん。呼んだ。あのー……用事があるとかでは無いんだけど、花一さんって転校生でしょ?だから、どんな人なのかなぁ〜って気になっちゃってさ。」
正直なところ、僕は人と話すのが得意な方では無い。僕の友達はほとんどがみんな僕よりもお喋りで、いつも向こうから話してくる。その影響で僕から誰かに話しかけるなんて滅多になかった。
でもこれは必要なこと!僕は、少しぎこちないかもだけど、精一杯感じの良い話し方を意識して、彼女に話しかけた。
「あっ……そうなんですか。えと……あのその、お……お名前って、」
「あ!ごめん。そうだよね、名前言ってなかった。」
僕が慌てて言うと、それを聞いた彼女は少し安堵したような様子だった。
「僕は、涼風 零って言うんだ。よろしくねっ、花一 琴波さん。」
「なんで私の名前……」
「それゃあ転校生だからね。降谷高校に転校生が来るなんて、少なくともここ三年間ではなかったから、みんな知ってると思う。」
「……そう、なんですか。」
彼女は少し悲しそうな顔をした。……あまり人に注目されたくないのだろうか。それもそうか。転校して少ししたらいじめを受けられてしまったんだから。
僕も少し悲しかった。
「……あっ。そうだ。僕の友達も花一さんに会いたがってたんだよ!良かったら今度会ってくれないかな?」
これで次回への機会を作ろう。僕はそう考えて言った。
「今度……ですか。」
「?うん。」
「……ごめんなさい。遠慮しておきます。私、あまり沢山の人と関わりたくないから。」
花一さんは申し訳なさそうに、眉を下げてそう言った。
花一さんは明るい性格ではないように感じた。いじめの影響もあるだろうが、なにかをずっと怖がっているような……そんな雰囲気を僕は感じた。
先生との関係性が作れないのも訳無い。
同じ"生徒"という間柄でもこんなに閉じてるんだ。自分より上の人と喋れないのも、良くない想像だけれど無理もないだろう。
しょうがない。次回からも一人で来るか。
「そうなんだ。ごめ…」
「おーい!!零!」
突然後ろからものすごく大きな声で僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
びっくりした僕は後ろを振り返る。
すると出入口の方に、将大と美玲が息を切らして立っていた。
ゲッ…すごーくタイミングの悪い時に来た。
「も〜。零。あんた一人抜け駆けして転校生に会ってたの?」
「さっきたまたまここを通りかかったらお前が転校生と話しててな。せっかくだから美玲も呼んできたんだぜっ。」
まずいことになった。僕は、へぇーそうなんだと軽く返すと、後ろに座っている花一さんの方を見た。
彼女はさっきよりも苦い表情を浮かべている。
本当に申し訳ない。
僕は花一さんにヒソヒソ声で、
「ほんとごめん!少しだけで良いからあの人たちとも話してくれないかな、」と言った。
花一さんは少し考えたあと、妥協してくれたのかうんうんと頷いてくれた。
「あっ初めまして〜」
気付けば自分の横に美玲と将大が来ていた。
「転校生の花一 琴波さんだよなっ。俺一組の獅子王 将大って言うんだ。よろしくなっ」
「私は杠 美玲っていうの!よろしくね琴波」
「は……初めまして。よろ、しく」
彼女がすごく頑張っているのが全身から見て取れる。僕は更に申し訳なく思った。
ふと美玲がグッと顔を近づけて、花一さんの顔を凝視した。
「あぁ〜、やっぱり。友達から聞いてたんだけど琴波の顔ってすっっっごい綺麗だね!!女優さんみたい。」
「そ、そんなことないです……」と言った花一さんの表情は褒められているのに少し暗いように感じた。
――それから五分ぐらいだろうか。気付けば俺以外の二人が花一さんと話していた。
さすがはお話上手。呆気なく負けてしまった。
僕は、花一さんと二人が話しているのを聞いているだけだった。
「あの、将大さんって……」
彼女が初めて自分から話を振った。
?……でも、将大と名を口にした花一さんが見ている先は僕の方だった。
「おいおーい。将大は俺だぞ。」
将大は花一さんに軽く笑いかけた。
花一は、ハッとした。
「ふふっ。一気に三人を相手にしたから名前間違えちゃったんだね。大丈夫だよ。これから慣れてこ」
美玲が優しく声を掛けた。
僕は、なんだ間違えてしまっただけかと思ったが、花一さんはやけにその事を気にしている顔をしていた。
「あっ……ご、ごめんなさい。美玲さん。」
僕の方を見てそう謝った。
「美玲はうちだよー。」
美玲さんが「もう〜」と言って微笑んだ。
?将大と俺なら同じ男子で名前を間違うならよくあることだと思うけど、美玲と俺は髪型も顔も似ても似つかない。
「琴波。もしかして名前覚えるの苦手?」
美玲が軽く微笑んで、優しくいじった。
「まぁ、転校生してから一ヶ月ぐらいしか経ってないんだ。無理もないなっ」
それもそうかと僕は納得した。
意外と抜けていてオドオドしている彼女が少し可愛かった。
僕はふと彼女の顔を見た。
……!?
……彼女はさっきよりも辛そうな表情で、冷や汗もかいていた。苦しそうで、悲しいそうで……
僕は咄嗟に慰めようと彼女の近くへ行こうとした。
その時だった――
「もう……無理」
彼女が、か細い声でそう言うと次に
「ごめんない!!!」
今までで一番大きかった彼女の声が教室に響き渡った。
と同時に彼女は席を立ち、全速力で教室から走って出ていってしまった。
僕は出ていく瞬間に、彼女の目から大きな涙がこぼれ落ちたのが見えた。
一瞬の出来事に、将大と美玲は唖然としている。
僕は反射的に花一さんを追いかけた。
……僕のせいだ。僕のせいで……。彼女に無理をさせてしまったから……
僕は自分の失態を心の中で悔やみ、戒め、花一さんに申し訳ない気持ちが溢れた。
花一さんは廊下の端の方まで行くと、階段を駆け下りていった。
息が上がる。花一さんは相当必死なのか結構な速さで走っても追いつけない。
花一さんは僕の足音に気付いたのか、後ろを振り返った。
「来ないでください!私は……私は!もう」
「……ダメだ!頼むから逃げないでくれ!」
僕は構わず彼女を追いかける。
君の事情なんて僕は分からない。君がどうしてあんなに気にしたのか、君がどうして誰かに嫌われているのか、僕には分からないんだ。
だから!!知りたいんだっ!!!
少し先にいる彼女が突然足を止めた。
チャンス!これなら……
――彼女は廊下の窓を開けた
生ぬるい、春らしい風が彼女の頬に伝わる
彼女は足をかけ窓へ登ろうとした。
嫌な予感がする。鼓動がさっきとは比べ物にならいほど素早さを増す。目は無意識に大きく開く。
だめだよ……だめだ!
僕は全速力で走る。
少し強い風に彼女の髪は靡く。
そして窓へと登った彼女は勢いよく……外へと飛び出した――
「花一さん!!」
間一髪で間に合った僕は窓から身を乗り出し、片手で窓の隙を、もう片手で花一さんの腕を力強く握った。
花一さんは目に涙を溜め込んで、僕の方を見た。
「やめてよ……。あたしはだめな人間なの!!ほっといて……このまま、一人にさせてよ!!!!」
「嫌だ!!僕は花一さんの手を絶対に離さない。僕はまだ花一さんのこと……よく知らないんだ。君に興味を持ったから、僕は君を知りたい!一人になんてさせない。僕が必ず傍にいる!」
僕は喉が枯れるほどの大きな声を出し、渾身の力を捻り出し花一さんの腕を引っ張った……
と同時に、花一さんが腕を左右に大きく揺らし暴れだした。
その揺れに体勢を崩した僕は、窓の隙間を掴んでいた指を滑らし……
手を離してしまった――
勿忘草 あした ハレ @tacookey
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