第3話 エリカ

君が転校してきたのは、それから数日のことだった。

僕たちのクラスは、三年一組。転校生の彼女は三組で過ごすことになった。転校してきて数週間が経っても、クラスが違うということで僕たちにはなかなか彼女と関われる機会が生まれなかった。

そして、僕たちは彼女の姿を見たこともない。

というのも、この高校は生徒数が多い事もあり、仮にどこかですれ違ったり、見ていたりしても、それが転校生だというのは簡単には気付けない。

将大が三組に人たちに転校生の事を聞いても、

「休み時間は教室にいる日が少なく、どこで何をしているのか分からない」「転校してきたばかりでまだ学校に慣れていないのか、学校に来ない日もまちまち」……だそうだ。

クラスが違うのに、これは泣きっ面に蜂だ。

どうしたら彼女と会えるのか……試行錯誤を繰り返し、悪戦苦闘をしている中、転機は突然訪れた――



とある日の昼休みのこと――

昼休みに、まるで動物園かのように騒いでいる二年生教室の横を僕は歩いている。

……僕は今、珍しく"一人"で生徒会室に向かっている。生徒会室に集まる時なんていつも生徒会のみんなで活動する時だけだ。でも、今日は僕一人。

というのも今朝、生徒会担当の先生であるひいらぎ先生に「昼休み大事な話があるから生徒会室に来て」と呼び出されたのだ。

僕は顔を少し上に向けて考え込んだ。

大事な話ってなんだろう。体育祭の事だとしても今はまだ早すぎるし、この時期に取り組むものなんてものもないしな……。

僕が考え込みながら歩いているともう生徒会前に着いていた。

僕はドアの窓から生徒会室の中に柊先生がいることを確認してから、ドアをゆっくりと開けた。

木の匂いと、古臭い紙の匂いがほのかに漂っている。教室の真ん中には、長細い机が2つ。その上に沢山の資料などがある。

前を見ると、ドアから一番離れた席に一人の女性が座っていた。

サラッとした長い髪をひとつに束ね、丸型の眼鏡をかけている。落ち着いていて大人気があるこの女性が柊先生である。

「あっ!涼風くん。待ってたわよ。さっ座って」

彼女はスッとした手を隣の椅子の方に向け、ここに座るよう合図をした。

僕はその椅子の方まで行き、腰を下ろした。

「……それで先生大事な話ってなんでしょうか。僕一人なんて珍しいですよね。」

彼女は少し曇った表情を見せ、口を開いた。

「……この間ウチの学校に転校してきた、花一 琴波はないち ことはさんのことなんだけど……」

僕は思い出した。そうだ花一 琴波だ。

会ったことはないけれど、名前だけは将大達から聞いていたので知っている。

……転校生のことについてか。僕は転校して早々ということもあり色々な推測ができた。そして逆にどのような話なのか予想するのが難しかった。

「実はね、彼女転校して数日後から……"いじめ"を受けているらしいの……」

僕は思わず目を見開いた。

僕のいくつかの予想全てを裏切った話だった。

転校生早々からいじめだと……?

彼女の姿は分からなくても、想像しただけで可哀想になってくる。

「この間三組のある人から、昼休み体育館裏で罵倒され、暴力を振るわれている琴波さんを見たって聞いて……」

……どうしてなのだろう。彼女の性格になにか問題でもあったのか?はたまた容姿か?

僕は色々な原因を予想していた。

「彼女は震え怯えてしまって何も出来なかったらしいのだけれど、琴波さんを助けたいという思いで私に相談してくれたのよ。……それで、涼風くん。あなたの公約に"いじめ防止対策活動の推進"があったでしょう?」

僕は黒板に張り付いている、生徒会の公約が書かれた紙に視線を移した。

あぁ……。そういえばそうだった。僕はそんな公約を演説の場で言っていた記憶がある。

生徒会公約の例をネットで調べ、良さそうなやつを選んで決めた公約がこんな所で絡んでくるなんて。

「そこでね……。生徒会長であるあなたに、一度琴波さんとお話をしてもらいたいの。」

「?お話……ですか?」

「そうなの。こういう問題は当たり前に教師が対処しなくてはいけないのだけれど、彼女はまだウチの学校に来たばかりで先生との関係性もないし、私も別のクラスの子だから彼女との関わりがないの。そこで、同い年で話しやすくて尚且つ、いじめに関する公約を掲げた生徒会長である君に彼女と関わってもらって、"彼女がいじめられた理由と解決策"そして無事解決することが出来たら、"公約達成に向けてこの出来事を生徒朝会で取り上げる"この2つをして欲しいと思ったの……」

……確かに。言い方はあれかもしれないが、そうしたら適当に決めてしまった公約を達成することができるし一石二鳥だ。少しばかり大変になるかもしれないが、断る理由は僕にはなかった。

「こんなこと生徒であるあなたに頼んでしまって本当に申し訳ないのだけれど……お願いします!!学校全体のために……何より琴波さんのために……力を貸してください。」

柊先生は潤み声でそう頼むと、深く頭を下げた。

「柊先生!?顔を上げてください!同じ生徒のためなら僕はなんだってします。だから顔を……」

そう言って僕は慌てて柊先生の顔を覗き込んだ。

それから柊先生はゆっくりと顔を上げた。

「ありがとう……。涼風くん。」

「いえいえ……僕は生徒会長としての責務を全うするだけです。」

それから数分時が経ち、柊先生が落ち着いてきた頃――

「それでは早速なんだけれども、明日の昼休み琴波さんと話をして貰いたいの。関わっていくには

、まずお互いを知るのことが大切。他愛のない世間話で良いから、彼女に話しかけてあげて。」

「先生……僕友達から、彼女はよく昼休みどこかに行っているみたいで……それに学校に来る日もまちまちらしいのですが……」

「あら……本当に。じゃあ昼休み、教室にいる日で良いからお願いします。」

「わかりました。明日から三組行ってみます。」

「本当にありがとう……」

話が終わると、僕は生徒会室を後にした――

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