第2話 ジンチョウゲ

自分でも分からなかった…。 気付かぬうちに、あんな大切な事を忘れていたなんて――

…いや、"覚えることができない"か…。


 

ある雨の日。あたりは薄暗く、空気は肌を劈くような冷たい冷気を含んでいた。氷のように凍てつく小雨がザーザーと降っている。薄暗闇の中、蛍光灯の明かりが目立つ街中で――


…「っ!おい!!危ないぞ!!!」

プィーーー!!

車のクラクションが街に響き渡る

 キキーッ!!ゴン!!!

… 

!!おい!人が引かれたぞ!?

 きゃぁぁぁぁ !!

  救急車!!だ、誰か救急車を呼んで!!

 

――車の前で倒れ込んでいる少女に、容赦なく雨が降りかかっている…一瞬の出来事で、周りは混沌に落ち、唖然と立ち尽くしている人も入れば、パニックになっている人たちもいる。


 

…、っ…。う、

「っ!!あ、 あなた!!目を覚ましたわ!!「ほ、ほんとうか!! 」

40代ぐらいの女性と男性の声がぼんやりと聞こえてきた。

うっ…

少女はぼーっとした顔でゆっくりと体を起こした。周りは辺り1面が、白い部屋。自分はフカッとしたベッドの上。

そう、気付くと病院にいた。

「ほんとに…。ほんとに無事で良かったよ。。」

女性は少女にゆっくりと近づき、少女の体を優しく包んだ。

少女はなにか少し不思議そうな顔を浮かべていた。

「もう!…。お母さんとお父さんさん心配したんだから!…。急に連絡が入ってきて心臓止まるかと思ったよ…」

「お母さん…お父さん…」

少女は小さな声でそう言って、顔を下に向けた。

…少女は少し間を置いて、少し震えた声で小さく言った…


「…おばさんたち…誰?」



雪解けが進み、身を優しく包み込むかのように暖かい陽の光。春休みを終え、少しずつだが麗らかな春の訪れを告げる音がする――

僕の名前は、涼風 すずかぜ れい

今年高校三年生であり、ここ降谷ふるや高校の生徒会長でもある。

数ヶ月前、2年生の中で生徒会長に立候補するものが現れずに仕方なく…という形で立候補した。

出来の悪い公約だったし、演説だって緊張でボロボロだった。だけど、二年生ってこともあったのか当選をしてしまった。

僕は、選挙に向けて頑張ってきて良かったと嬉しい反面、これから忙しい地獄の日々が始まるのか…と複雑な気持ちになった。

でもっ!やると決め、生徒会長になったからには手を抜く訳にはいかない!

昔から"やるからには全力で"をモットーに生きてきた。大変なことだって乗り越えてやるさ。

「おっ。ようよう久しぶりー!!」

意気込んでグッと手をグーにして胸元に当て、校門の辺りから校舎を眺めていると、背中を手で押されながら一人の男子から声をかけられた。

僕は驚いて、相手の顔を見る。

「な、なんだ。しょうかよ。」

スポーティーなショートヘアーに、バシッと決まった短いツーブロック。目はキリッとしていて、高身長で筋肉質。

近くにいるだけで圧を感じるほど漢らしいこの男の名前は、獅子王 将大ししおう しょうだい

小学校からずっと一緒である旧友の仲だ。

勉強はー……あれだが、昔からずっとスポーツが得意で、その恵まれた体からよく喧嘩をしていた。

怖そうではあるが、友達思いのとても優しい奴でずっと仲が良い。

「今日から三年!またおんなじクラスだな」

将は眩しい笑顔を見せた。

「そうだな。今年も全力で楽しもうぜ。」

僕も笑顔で返し、二人で校舎に向かった。

玄関先まで来ると今度は横から、「オーーイッ」とこっちに向かってくる女子が見えた。

陽の光に照らされ明るく煌めき、ポニーテールがゆらゆらと靡く艶やかな黒髪。

パッチリとした二重で、すっとした顔立ちのこの女子の名前は、杠 美玲ゆずりは みれい

彼女とは高校一年の頃に仲良くなった。

まぁー、正確に言うと将大が美玲と仲良くなって僕にも流れてきたという感じだ。

といっても決して僕とは仲があまり良くないという訳でない。むしろ女子の中では一番仲が良い。

彼女はとてもよく喋る。そして思ったことをすぐ口にする性格の人だ。たまに正直すぎてやらかすこともあるけれど……そこがなんか話しやすくて、すぐに打ち解けていった。

「はぁ……はぁ……。今年は……おんなじクラスになれて良かったぁ」

美玲は息を切らしながら膝に手をついた。

「別に走ってこなくても良かったのによ〜」

将大はやれやれとニヤけていた。落ち着きがないそういう所が美玲らしい、そう感じているのだろう。

校舎内に入り、自分たちの教室に向かっている最中――

「……あっ、そういえば聞いた?うちの学校にさ、転校生来るんだって!」

ブフッ!!

突然の事で吹き出してしまった。転校生?僕たちの学校に?……いや、でも美玲の情報だ。どうせまた嘘とかで……

「あぁー、俺も友達から聞いたぜ。俺らと同じ学年で、しかも女子なんだろ?」

……えー。そうなの?僕今初めて聞いたんだけど……。なんで生徒会長なのにこんな大事なこと知らないんだろ。

「初めて聞いた。」

美玲は僕の言葉を聞くや否や、目を見開いた。

「うっっそ、マジで!?かなーり有名な話だよ。なんでもその転校生は少し変わってるみたいで……」

「変わってる、?」

「詳しいことは全然分からないんだけど、そうらしいの。」

「なるほどなー。"訳あり"って感じか〜」

ふと、将大が廊下の時計を確認した。

「ヤベッ!!あと五分でホームルーム始まる!急げーっ!」

将大が走り出す。

「あっ!!待ってよー!」

走り出した将大に追いつこうと慌てて後を追う美玲。

「零!早くしないと遅れちゃうよーー!」

その言葉に続き、僕も教室へと向かっていった。

――そんないつもと変わらない僕たちの日常がまた始まった。今年もいつもと変わらず、"普通"の高校生活を送るのだろう……

そう思っていた。

君と会うまでは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る