勿忘草

あした ハレ

第1話 チョコレートコスモス

高校を卒業してから何回目の冬だろう。君は今、どこで、何しているんだろう。……彼氏は出来たのかな。

雪が降り、肌寒い季節が来ると、僕はいつもあの日のことを思い出してしまう。胸がキュッと締め付けられ、苦しくて、走ったわけでもないのに、息が荒くなってしまう。

そして、いつも大抵こう呟くんだ。

「あの日、あの瞬間、自分の過ちを正せたらな……」って。

瞳を細め、大きなため息が冷たい空気の中白く染まり、首に巻いているマフラーをキュッと口元に寄せる。

もう何年も前のことなのに、流したくない涙が溢れてくる。会いたい……会いたい。会ってまたあの頃みたいに、君でしか見れない笑顔をずっと見ていたい。悔やんでも悔やみきれない。悔しさが残り続けるのが悔しい。

仕事の帰り道、目を伏せてボーッとしていたら、ふと視界の右斜め上がパッと明るくなった。

何事かと思って、思わず光を感じた方に視線を移す。すると、少し遠くの方にある公園がクリスマス仕様のライトアップで照らされていた。

綺麗だなぁ……。思わずそう思った。しかし、それと同時に、確かあの時も…綺麗なライトアップがされていたな、とも思った。

夜が近づき、寒さが増してきた事もあって、手袋を着けた手をコートのポケットに突っ込み、コートに付いているフードを被った。

……ダメだな、僕。いくら忘れようとしても、結局いつも頭の隅にあるのは君のことばかりなんだ。

ほんとに…何してんだろ……。俺

ライトアップされた道を横目に歩きながら、僕は自分の家へと足を動かしていった。

俯きながらコンビニで今日の夕飯用のおかず何を買おうか考えて、さっき考えていたことを頭から消そうとしていた。その時――

「やっほ……」

ふと後ろから聞き覚えのある、忘れてはいけない“あの声”が聞こえた。

僕は咄嗟に勢いよく後ろを振り返り、声のした方へ視線を移した。

……僕は思わず目を見開き、息を飲んだ――

そこには、クリーム色のコートを着こなし、マルっとした白いニット帽を被った女性が立っていた。

(彼女だ……。彼女が、いる)

数年ぶりでもわかる。そのコーヒーのような黒茶色の美しい髪。幼げなボブヘアーだけど、美人な顔立ちで大人っぽい雰囲気の容姿。

大人っぽくなっても、高校時代の彼女の面影をしっかり感じられた。

(懐かしい…。)

僕は衝撃のあまり、言葉を発することも儘ならない。意識と反して溢れ出てくる涙に気付かぬまま立ち尽くしていた。

「ふふ。久しぶりだねっ。」

彼女がこっちに歩いて近づきながら言った。

僕はようやく頬を伝って流れていた涙に気付き、慌てて拭った。

「な……なんで。……なんでここに居るの?」

落ち着かない心のまま、僕は口開いた。

「実家に親戚が遊びに来るって親から聞いてさぁ〜。だから、少しの間だけど帰ってきちゃった。」

「そう…なんだ。本当に久しぶりだね」

平気なフリを見して置かなきゃ。彼女に変な心配かけるわけにはいかないから。

「ねぇ、"零くん"。これから予定とかあるかな?」

「?いや、もう家帰るだけだけど。」

「そかそか。晩御飯まだだよね?せっかく会えたんだし、どっかお店行って食べようよ。色々話したいし。」

僕は、特に用事なんてものはないし、明日は仕事が休みなので行くことにした。何より嬉しかったし、僕だって色々と彼女と話したいことがあるから……



「お肉は、お好きですかね、?」

彼女はテーブル席に座り、上着を脱ぎながら話した。

「安心して。一週間に一度は爆食いしたいほど好きだから。」

彼女は僕の発言が面白かったのか、手を口に抑えて必死に笑いを堪えている。

そういうツボが浅いところも変わってないな…

「焼肉なんて久しぶりだ。最近はずっとコンビニのもの食べてたから。」

「零く〜ん……ちゃんと自炊もして健康的な暮らしをしないとダメ。」

彼女は、ビシッとこっちに指を指すや否や、まるでリスが木の実を溜め込んだかのように頬をムスーっと膨らませた。

「は、はい……」

それから僕たちは他愛もない会話をしながら焼いた肉を食べていった――


「あたしね…零くんに会えたの本当に嬉しかった。零くん、成人式の後の同窓会だって参加してなかったから」

あぁ、そうだ……僕は同窓会に参加しなかった。理由は色々あったけど……一番は君に会うか迷ってたから。君に恋人が出来たのか分からないのがすごく不安で怖かったし、何より僕が君に見せられる顔なんて……

「高校生の頃のこと、覚えてる?文化祭とか体育祭とか、全部ちゃんと覚えてるんだっ。あの頃は本当に楽しくて、私が一番変わった時期だと思う。思うっていうか、実際そう。私がこうやって楽しく生きれてるのも高校生の時、零くんやあの人たちがいたからだと思ってる……。」

……やめてくれ。その話をする度に僕はあの時の事が脳裏によぎるんだ。思い出したくないのに、鮮明に覚えているあの出来事。

確かに僕は、君の人生を良い方向に変えるような事をしてあげることは出来たのかもしれない。

でも、その築き上げたものを壊したのも僕なんだ……

「ね!あれ覚えてる?あたしが修学旅行の時さ――」

彼女は覚えていないのかな……それとも気にしないようにわざと触れていないのかな。そうしてくれているなら、僕がわざわざあの話を引っ張ることなんてしなくても……

いや、だからこそだ。こんな過去を引き摺ってちゃダメなんだ。今君と偶然会えたこの時間が、禊(みそぎ)の潮時なのかもしれない。

意識と反して、鮮明に色づいてゆく過去。

僕は彼女の話を聞きながら、

思い出に耽った――

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