第3話
「今度さ、仕事でそっちに用事あって、よかったら会わへん」
「ほんまに」
もちろん嘘だ。初めて有給を取った。同僚からは少し疎まれたが仕方ない。
「シンちゃんから会いに来てくれるなんて嬉しいな。案内するで。どこ行きたい。何食べたい」
「待てって。俺はなんちゅうかその、お前と会えたらええから」
「何それ。アハハ、まあでもあのシンちゃんにしては上出来か」
「なんやねん馬鹿にしてんのか」
「ごめんって。ほな楽しみにしてるね」
「おう」
人の多さに圧倒される。沙有里も最初はそうだったのだろうか。夏と冬にはいつも帰省していた沙有里から今年は帰れないのだと聞いた。俺たちはもう二十一で、これまでも一年に二回だけは必ず顔を合わせてきた。いまだに友達以上にはなれていなかったけれど俺にとってはもうその二回が何より大切な時間で、取りこぼすわけにはいかず、気づけば新幹線の切符を取っていた。もし沙有里がこっちで仕事を見つけてしまったら、もうあの町には戻って来ないんじゃないか。不安だった。いつまでも続いててほしかった。だからようやく決めた。ここにいる間に自分の気持ちを打ち明けようと。
沙有里は会うたびに大人びて、当然と言えば当然だけれど、もう高校生だった面影はない。反対に俺は何も変われていない。都会の雑踏に怖気付いた田舎者丸出しで、傍目からみればまるで釣り合いのとれない二人だった。昼間に再会して半日近くを過ごす中でタイミングを見計らった。
「一日早いねえ。もう暗くなっちゃった」
「せやな」
「相変わらずだね、シンちゃん」
「なにが」
「ううん、なんでもない」
「すっかりこっちの言葉やな」
「そうかな。そうかも」
「あのさ」
喉元まで出かかっている。そこから吐き出せない。詰まって息が切れそうだ。言え。ひと言だ。出てくれ。
「あのさ」
「もうええよ。無理せんで」
「え」
「シンちゃん」
「なんや」
「ホテル行こっか」
言葉を失った。同時に力が抜けていくのを感じた。ただ流されるように沙有里に引かれて、俺は部屋の中でベッドに座っていた。俺が何も話さないので沙有里が口を開く。
「私ね、シンちゃんのことずっと好きやったよ。子供のときから、高校卒業してもずっと。でも今日まで言えんかった。なんでかわかる」
何も答えられなかった。沙有里の顔さえ見れなかった。
「言ってほしかった。シンちゃんから。待ってた。だからずっと言えんかった。じゃあなんで今日それ言ったかわかる」
聞けなかった。怖くなっていた。それが何かわからないまま崩れていく音だけが聞こえた。
「私ね、もう他に好きな人がおる。遅かったんよ。もう。その人で三人目かな。もちろんやることもやってる。私、もうシンちゃんが知ってるシンちゃんのこと好きやった私じゃないんよ」
「もうやめてくれ」
「私のこと軽蔑した? 見損なった?」
「もう言うな」
「シンちゃんが自分から会いにきてくれたのほんまに嬉しかった。だからね、今日だけはええよ。好きにして」
ずっと思い描いてきたことがバラバラになって嗚咽が止まらなかった。俺はすぐそばで囁きかける声を突き飛ばしてしまった。我にかえると沙有里が床に倒れていて、自分が取り返しのつかないことをしてしまったのだと自覚した。
「沙有里、ちが、これは ごめん、違うんや」
「あんたほんまもんの意気地なしやな。一生そうやって生きていけや」
「俺かってお前のこと ずっと 俺のほうが」
「帰るわ」
昔みたいに手を引いてやれない。体が自分のものでないようで、ぴくりとも動かなかった。「俺らもう会われへんのかな」遠ざかる彼女に俺はそう言った。
「あんたが会いたないんやろ」
最後に扉が閉まる音がして、その先は何も聞こえなくなった。
───
「今日も送ってくれてありがとう。深町さあ、その。深町がさっき言いかけたやつやけど、あれもしかして告白やったりして」
「そんなわけないやろボケェ。なんで俺がお前に。アホなこと言うな」
「そうやんな。そっか。ですよねえ。じゃあまた明日ね」
「ほな」
「タバコやめろよー」
「うるさ」
永劫の中軸 川谷パルテノン @pefnk
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