第2話
梅雨も明けて夏に差し掛かる頃、沙有里から連絡がきた。大学の夏休みは長いらしく、それにあわせて帰省するというので久しぶりに会わないかと。仕事を始めてから、これが結構な体力仕事でバタバタしているうちにひと月ふた月とすぐに過ぎた。だから沙有里が町を出ても、振り返る余裕もなかったのが、突然の連絡と共に一気に蘇ってきた。早く会いたいと思うと自然と顔が綻んで、仕事仲間からあることないこと勘繰られたりしながら舞い上がるような気分の毎日だった。
それほど月日がたったわけでもないのに、沙有里はなんだか見違えるように垢抜けていた。都会のスピードはこの田舎町では想像できないくらいに速い。
「久しぶり」
「おう」
「なんよ。素っ気ない」
「別に、いつもどおりやけど」
「タバコ、やめたん。ニオイせえへん」
「まあな。仕事疲れるし」
「よそよそしいな」
「なにが」
「まあええわ。シンちゃんさ、祭一緒に行かへん。私、この休みこっちにおるつもりやから」
「お前、今ははっきり言うたよな」
「え、ああ。シンちゃん」
「なんやねん。都会ってそんな感じなんか」
沙有里は一瞬黙って次の瞬間には噴き出して笑った。「シンちゃんも私のことさゆりって呼んでよ」
祭の間はずっと落ち着かなくて、言葉が上手く出てこなくて、沙有里が何か言っても頭に入ってこない。それが機嫌を損ねてしまったのか二人して無言のまま、屋台が並ぶ河川敷沿いを歩いた。
「ちょっと前はこのへん二人で帰ってたよな。シンちゃんが重いーとかしんどーとか文句言いながら毎日送ってくれて」
「そやったかな」
「シンちゃんさ、もしかしてあんまり楽しくない」
「そんなことないよ」
「声でか。なんや、なんかずっと元気ないから無理に誘ってもたかなってちょっと反省した」
「そんなことないって」
「怒らんでよ」
「怒ってへんから」
「もう帰る。今日はほんまごめんな」
「待てって」
行こうとする沙有里の手を無理に引っ張ったせいでバランスを失った体が転けそうになる。なんとか庇わねばと受け止めようとするけれどそのまま俺も転んでしまう。
「ごめん」
「こっちこそごめん」
「これ事故やけどさ、私ら今もしかしてチューしてもた」
「そんなわけ」言いきれない。まだ感触が残っていた。「怪我ないか。送るわ」
久しぶりに二人で自転車に乗った。途中でパトカーに乗った警察から注意されたけれど二人ともテンションがおかしくなっていて、俺は必死でペダルを漕ぎ、沙有里は「逃げろー」と大笑いしていた。「バイバイ」「ほなまたな」
その日の夜は眠れなかった。仕事に差し支えると思っても意識がすぐに唇に行ってしまう。
「沙有里、あのあと普通やったな。都会に染まるとそんな簡単に割り切れるもんなんか。なんやねん。ウ、ウ、ウォォオオオ」
「コラァぼけぇ。あんた何時やおもてんねん。うるさせんと早よ寝えッ」
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