永劫の中軸
川谷パルテノン
第1話
「重いって」
「文句言わーん。進む進む。風が気持ち良いねえ」
「しんど」
「深町ィあんたタバコやめな。せやから体力ないんよ」
「吸ってへんから」
「ニオイするもん。全然約束守らんやん」
「ジューハチはもう成人やってテレビで言うとった」
「今さらまた停学になったら私もう愛想つかすで」
「別に。願ったり叶ったりやわ」
「はい、家までまーだまだよッ。漕いで漕いでッ」
沙有里とは生まれた家がたまたま近くて、二人ともひとりっ子で、だから兄弟姉妹のような感じで育ったのだと思う。そのまま高校まで同じ学校に通い、付かず離れずの関係をずっと過ごしてきた。まだ小さな頃にはシンちゃん、サユリちゃんと呼び合っていたのが、いつからか深町と鈴木になって、思春期とはそういうものだと思いつつ、俺はたぶん沙有里のことが好きだった。行きも帰りもどうせ一緒なのだからと、沙有里は俺が漕ぐ自転車の後ろに乗って、それが多感な十代の間では普通で済むはずもなく、好き勝手に噂されたりするのが、口では莫迦莫迦しいだなどと漏らしつつ内心は心地よさみたいなものがあった。それでも幼馴染から一歩進んだような仲になることはなかった。ただ好きだの一言が言えない代わりにそれとなく沙有里の目を惹こうと格好ばかりをつけて、今思えば幼稚な奴だった。おかげで校内で問題を起こした俺は一ヶ月の停学処分になり、両親からは耳が腫れるほど文句も言われた。そんなつもりで育てていないだのなんだの、十代でデキ婚した人らがよく言うよだなんて聞き流していた。俺が学校に行けない間も、沙有里は毎日ウチに来て、通学が不便になっただとか、部活で人間関係が上手くいってないだとか散々愚痴をぶち撒けると満足したように帰っていった。初めは鬱陶しく思っていたけれど、気づくとその時間が楽しみになっていて、たまに来ない日があると気になって、逆に訪ねようかなどと考えてみるのだけれど意気地が無いのか突っ張ってやめた。その頃からどんどんと、沙有里のことが自分の中で大きくなっていくのを感じていたのに、それをどう表していいのかがずっとわからなかった。そんなままで高校の三年間はあっという間に過ぎ去って、春からはようやく違う道に進むことが決まった。沙有里は県外の大学に進学してこの町には残らない。一方で俺は先輩のツテもあって近くで就職が決まっていて、 だからこうして河川敷沿いを一緒に帰るなんてこともこれからなくなる。
「あのさ」
「どしたのシンちゃん。急にあらたまった声出して。え、体調悪い。もしかして無理させてた」
「ちがうわ。てか鈴木、今お前シンちゃんって」
「は、言ってませんけど。捏造やめてね」
「そすか」
「で、何言いかけたの」
「もうええわ。忘れた」
「はあ。昔っからそゆとこあるよねあんたは」
「忘れた忘れた」
沙有里が言うとおり聞き違いだったのかもしれない。俺はどこかで上手くいくような気がして前のめりになっていて、ところがそんなに甘いものではないのだと、この時言えなかった俺は痛いほど思い知った。それから卒業して沙有里が町を離れるまで、二人の間がどうにかなるようなことは結局起きなかった。
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